②−3 アキ(1)
お母さんには話した、好きな人がいるってこと。綾瀬さん? と聞かれて、ぼくは首を縦に振った。
「綾瀬さんは知ってるの? ユウちゃんのこと」
「ぼくは男の子だって、信じてると思うよ。ホントのことをぼくは、まだ話してない」
「そう」
責めるような顔を、お母さんはしない。ぼくが嘘ついてるって分かっていても。どっちかと言えば心配そうな顔してる。
「行ってきます」
男の子のスニーカーをはいたぼくは、玄関から出た。
ああ今日は登校日だったんだなと分かったのは、白いセーラー服の集団を見たからだ、無人駅のホームを下りたところで。すぐ隣は欧立学園メアリ初等科。
お兄ちゃんも朝出ていったけど、毎日塾だから、今日もそうかと思ったんだ。
会社に出かけるお父さんと、恐らく登校したお兄ちゃん。二人を見送った後、わたしはお母さんと一緒に家の掃除をして、晩ごはん用に煮物を一つ作ったんだ。夕方もう一度煮れば、ちょうどの味になるように。
それをちょっとだけお弁当に詰めて、ごはんと他のおかず(昨夜の残り)も入れて、今持って綾瀬さんちに向かってる。
夏休みが終わっても、わたしの生活は何も変わらない。普通の学校に朝から通うことはない。
(いつまで……)
中学受験ができるよう勉強をがんばっても、受けるところはないかもしれない。
もし綾瀬さんがわたしの体を受け入れてくれたら、十六ぐらいでお嫁に行く――なんてことは、奇蹟と言っていい。
「皆ヶ崎くん?」
不意に後ろからの声。知らない女の子の。
振り返ると、階段の踊り場には、藍色の大きなリボンが胸元にあるメアリ初等科の生徒がいた。
髪は長く、目はキリッとして、なぜだか見覚えがあるような顔立ち。初対面のはずなのに。
「そうだけど。きみは誰?」
今は雄二だから、声を低くする。三枚目だけど人嫌いじゃない、受け入れオッケーな笑顔。
「ある意味きみの同類だ。なるほど、言われなければ信じてしまうね、男だと」
通りにあるみどりの公衆電話で、綾瀬さんに連絡した。少し遅れると。
(テレカ持っててよかった。百円玉はおつりが出ないし)
さっきの女の子は自販機で、ジュースか何かを買ったようだった。缶を二つ持って歩いてくる。
ぼくらはアパートを囲む塀の内側、自転車置き場の屋根の下に入った。
「炭酸は飲めるか?」
差し出されたのはオレンジジュース。もう一本のは、果汁が多いアップルジュースだ。
「うん、ありがと」
喉は渇いてなかったけど、真夏の昼が近い時間帯、外で話すなら何か冷たいものはほしい。早速いただくことにした。
「で、なんで知ってんの? ぼくのこと」
「あざみの小で、男子の振りして通ってた三年女子のことを知らない子はいないよ。学年が違っても噂は流れていく」
「……」
お兄ちゃんはそんな話全然しなかった。暑中見舞いをくれた八芝さんだって。
(うかつだったな)
何年か先に話そうと思ってた。それより前に、他の人から伝わっちゃうのか。こんなはずじゃなかったんだけど。
「安心しろ。私から隆夫に言うことはないし、自由科の生徒だって、もし仮にあざみの小に知り合いがいたとしても、野暮な真似はしないだろう――自分の居場所を失いたくはないだろうからね」
確かに、自由科の子たちの間では暗黙の了解というのがあって、誰かをいじめたり悪く言ったりはしない。そういうの、一番嫌う子たちが集まってるから。
「綾瀬さんとはどういうご関係?」
彼の下の名前を知ってる。しかも呼び捨て。きょうだいがいるとか、家族の話はまだしたことがない。
「私は隆夫の従妹だ。まあ私にとっては、あいつは弟のようなものだが」
精神年齢――必ずしも実年齢と一致するとは限らない。体と心の性別が違う人がいるように。
「きみも、ひょっとして隆夫より年上?」
「それはないと……。経験値は綾瀬さんの方が確実に上ですし」
実際に検査してみないと分からない。滅多なことは言いたくなかった。
「それよりも」
ぽくは話を元に戻した。
「ぼくのことはいつか自分で話すので、あなたからは言わないでいただけますか?」
ご親戚とあらぱ、小学生どうしでも、相手を立てる言葉遣いにしないと。
「アキだ、小六」
名字は同じだろうか。
「さっきも言った通り、私から隆夫に話すことはない。きみたちの邪魔はしないよ」
「邪魔?」
この人どこまで知ってるんだろう。綾瀬さんが話した?
「付き合ってるんだろ。調査済だ」
「調査って」
ずいぶん大仰な言葉が出てきた。子どもらしくない。
「うちには優秀な諜報部がいるからね」
「スパイごっこか、ハッ」
ばかばかしくって笑ってしまった。
「もしかして隆夫が何者か知らない? DONBURIレストラン、社長令嬢の皆ヶ崎ユウミさん」




