①−9 隆夫
「綾瀬さんはぼくのこと好き?」
期待している表情。オレは皆ヶ崎くんにそう聞かれて、自分の気持ちに確信が持てなかった。
「……好き、だと思う」
きみに重ねている礼央の面影を。
「またデートしよう」
皆ヶ崎くんは、笑顔だった。
中学二年の春から、欧立市で暮らしている。屋敷にはずっと帰らなかった、オレはもう父の後を継がないと決めたから。
だけど年末年始の休みには帰ってきなさいと母に言われ、約八か月ぶりに家の門をくぐった。
父は仕事で出かけていたけど、五条も母もオレを歓迎してくれた。遠慮せず帰ってきていいのかな、と思ったぐらいだ。
自室は出ていったときのままだった。掃除はしてくれているらしく、机の上に埃などは落ちていない。ベッドも整えてくれてある。
礼央は、まだ学校だろうか。今の時期、こちらの公立は冬休みに入っているのか、知らなかった。
ノックの音がして――
「隆夫くん、入っていい?」
礼央の声だった。
扉は外向きに開かれる。現れたのは黒い学ランを着た中学一年生。心なしか、以前より男っぽくなった気がした。
「礼央」
入ってきた彼を、挨拶もせずいきなり抱きしめる。それぐらいオレは渇望していた。ずっと礼央に会いたかった。
オレは唇を近付ける。
「だめ」
「えっ……?」
礼央は、オレから離れた。数歩分の距離。
「好きな人ができたんだ。だから隆夫くんとはもう」
「どういうこと」
「説明しなきゃいけない?」
そう言われて、物理的だけじゃなく精神的にも、オレと礼央の間には距離があるんだと悟った。
「隆夫くんが会長さんになるなら、ぼくのことは遊び相手にでもしてくれたらいいと思ってた。結婚できないのは分かっていたしね。でも、きみはもう後継ぎでも何でもないでしょう。ぼくが隆夫くんと付き合うメリットって何?」
その後、礼央が話したことをオレは覚えていない。放心状態だったからだ。
(付き合うメリット……)
確かに、礼央にとって今のオレは、何の用もなさない存在かもしれない。アパートにも一緒に来てくれなかった。
この数か月、オレが一方的に礼央を好きだっただけで、礼央はとうの昔にオレのことなど忘れてしまっていたのか。
その夜、父や母と三人で夕食をとった。けれどオレは、何を食べたか何を話したか覚えていない。
滞在の予定は年明けまでだったが、オレはそれより早く欧立市に戻った。屋敷にはいられなかった。
あれから三年後の今、皆ヶ崎くんという八つ下の男の子と知り合い、仲良くさせてもらっている。
オレには春香ちゃんほか、少しぐらいなら話す小学生の友人はいるけど、彼は他の誰とも違っていた。オレの中で特別だった。
ときどき、女の子に見える表情をする。微笑んだ顔が誰かを思い出させる。
オレを好きだと言ってくれる、皆ヶ崎くんに礼央の代わりを求めるなんて間違っている。
好きになるなら、ちゃんと彼という一人の人間を見なければならない。
「綾瀬さんはぼくのこと好き?」
「……好き、だと思う」
「またデートしよう」
彼はオレを、受け入れてくれている。




