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電光のエルフライド 外伝  作者: 暗室経路
-戦場のエルフライド- 出立前夜編
9/18

プロローグ

△1985/7/30 火

視点:三人称


 黒亜皇国軍カイハナ基地。正門前。

 そこでは傷ついた猛獣の群れが闘争心を捨てない重武装のまま、手負いの獣となって佇んでいた。

 実戦で使用したであろう、弾痕のついた車両群。

 首都決戦に敗北した主流派の兵士達だった。中には右目を被弾し、血を流している者もいたが、血が滲んだ包帯を巻いたまま、ギラついた目で正門を睨んでいた。

 彼らが休息もとらずにそうしているのは、この戦争で勝利した穏健派の英雄である〝ミシマ〟がやってくるという真偽不明な情報があったからだ。

  

「おい、本当にミシマが来るのか?」

「知らねぇ、本当に来るなら大したモンだ。だがよ……」 

 

 中には銃の安全装置を外しながら、物騒な言葉を吐く兵士もいた。

 統率者は入れ替わったが、主流派の兵士達はまだ一戦交える覚悟があるほど好戦的だった。


 隊舎の壁際には、月光部隊の面々もいた。

 中には担架に乗せられ、昏睡状態に陥った子供らの姿もあった。


「セリ曹長」


 一人の子供が腕を組むセンター分けの少女に話しかける。

 それは、〝異色の令嬢〟の異名を持つアブラヤ・セリだった。

 セリは首都決戦当時から


「曹長はつけるな。セリでいい……それより、準備はできたか?」

「……うん。既に何人かエルフライド内で待機している。武装も最低限は完了したよ」

「おう……兵士連中は気が立ってる。もう主流派もおしまいだ。やばそうになったら私の合図でずらかるぞ」


 セリが囁くようにそう口にして、月光の子どもたちの顔に浮かぶのは悲壮感に満ちた表情だった。

 所属していた派閥の起こした戦争は破れ、秩序は崩壊しつつある。行くアテは無い。英雄となる目的も喪失した。

 その事実が、軍服を着るには幼すぎる彼ら、彼女らに重くのしかかっていたのだ。


 そんな時だった。


「敵襲ー!」


 名もなき兵士が発した言葉。カイハナ基地に緊張が走る。

 ライフルを持った兵士がバタバタと走り回り、正門方向へと走っていく。

 どうやら、正門前に〝何者かが〟襲来したようだった。


「……穏健派かな?」

「だろうな。未だ武装解除もせずチンタラやってるからだ……まだ銃声は聞こえてない、睨みあってる最中だろうな。こりゃ、この場でもう一戦あるかもだぜ」

「どうする?」

「……空を警戒させておけ。電光が来てたら勝てない。向こうは十一階層と九階層が一名ずつ。逃げるだけならいけるだろうが——」

「ミゾレは?」


 セリは芝生にぺちゃんと座り、虚空を見つめてブツブツ呟いているカンバシ・ミゾレへと視線を移していた。

 そして、諦めたように息を吐く。


「ミゾレはもうダメだ。逃げるときは私が連れて——」


 セリはそこで言葉を切った。理由は、切らざるを得なかったからだ。

 正門前で響いていた怒号が唐突に止んだ。

 セリたち月光のメンバーが何事かと視線を向ければ、そこには何と——。


 穏健派を現す赤いテープを腕に巻いた、幹部と思しき兵士が正門方面から一名。手に拡声器を一つだけ持って、銃を突きつけられながら基地内に入ってきていた。

 穏健派の幹部と思しき兵士は、恐れるでもなく落ち着いた様子で。

 ゆっくりと主流派の幹部へと近づいて行った。


「今の主流派の最高指揮者は誰だ?」

「拡声器なんか持ちやがって……売国奴どもが仲間を引き連れてきて、優雅に勝利宣言か? あぁ?」


 主流派幹部は怒りに駆られたように拳銃を抜き放った。


「舐めるなよ、まだこっちのが人数も上だ」


 こめかみに突きつけられた拳銃。指はトリガーガード内に収納されていた。いつでも引き金を引ける態勢だ。

 穏健派幹部は顔をしかめる様子もなく、


「……話をしに来ただけだ。それに、俺たちはお前らに勝ったなんて、思っていない」


 勝ったと思っていない。その返答に、主流派幹部は眉根を寄せていた。

 

「……ミシマはどこだ?」


 その問いに、穏健派幹部は自身の時計を見つめ——続けて空へと視線を向けた。


「来たようだ」


 穏健派幹部のそんな仕草に釣られ、その場にいた主流派の兵士たちの視線は上空へと向けられた。

 カオスな状況に相応しい暗雲とした雲が立ち込める上空。そこにあったのは——

 グリーン色の落下傘で降下してくる、一機のエルフライドだった。


 そのエルフライドの腹には、棺桶のような箱が据え付けられていた。








 一機の、無装飾のエルフライドが、落下傘によって悠々とカイハナ基地に降り立った。

 エルフライドは地に降り立つと、ゆっくりその場で膝をついた。

 主流派の兵士たちが遠巻きにそれを眺める中、穏健派の幹部がエルフライドに近づいていき、腹部分に据え付けられた棺桶のような箱のロックを解除する。

 

 すると、キイッと。音を立ててドアが内部から開放された。

 ——運命の悪戯か、それとも神の気まぐれか。

 そのタイミングで、雲の切れ間から——陽光が照りだし、エルフライド周辺をスポットライトのように照らし出した。


 誰もが息を呑んだ。軍服の男は、多くの主流派の兵士にとって、初めて姿を現した存在だった。

 少年のような体躯、その顔に張り付けた、言葉で表せられない壮絶な表情。

 何より、その人物は誰もが感知しえるほどの、不思議なオーラを纏っていた。


「ミシマ大尉」 


 穏健派幹部が手元にあった拡声器を手渡す。


「気が利くな」 

 

 少年のような男——黒亜皇国陸軍大尉、ミシマ・アサヒは受け取った拡声器を持ちあげ。


『出てきていいぞ』


 そう言葉を放った。

 途端に、エルフライドのコックピットがガシュッと解放される。

 影となった暗闇のコックピット内。そこからぴょこっと姿を現したのは——誰もが予想だにしない人物だった。


「ニャハハッ! 完・全・復・活!」


 大半の兵士が誰だ? と、顔をしかめる中、

 月光部隊の面々——特に子どもたちは、顎を外すような勢いで口を開き、呆けていた。

 

「セノ・タネコ、見参!」 


 その少女は、かつて月光部隊で絶対的なリーダーであったセノ・タネコであった。

 ニャハハと陽気に笑う彼女に、ミシマが拡声器を差し出す。

 セノ・タネコはそれを受け取り、主流派兵士たちに向かって言葉を発した。


『私はミシマ大尉につくことにしたのだ! 久々っちだね、月光の子たち、そこんとこよろしゅう!』


 月光のメンバーたちはそれぞれ顔を見合わせ、相談を始める。

 そんな中、担架に寝かされていた子どもの一人。

 癖ッ毛、ショートヘアがトレードマークの、ミズグチ・カレンがゆっくりと瞼を開けた。


「……どういう状況?」


 それを受け、セリは腕を組んだままセノ・タネコを瞳の光彩に映していた。


「セノが復活して……ミシマにつくんだとよ」


 それに対し、ミズグチ・カレンはぼんやりとした表情で一言。


「あっ、そう」

「それだけかよ」

「……他にどうしろってのよ?」


 暫くの沈黙の後、セリは続けた。


「……どうする?」 


 それに対し、カレンは自嘲気に笑った。 

 

「おバカちゃんたちはどうせ、セノにつくんでしょ?」

「だろうな。セノが現れた途端、〝希望が見えた〟みたいなツラしてやがる」

「……そう」

「だから、どうする? セノにつくイコール、またバカみたいな大人どもの戦争に付き合わされるぜ?」 

「主人が代わるだけでしょ。今までと変わらないわ」

「敵が善良である保証がどこにある?」


 それを聞いたカレンは、暫く黙った。

 その言葉の意味の成すところを理解していたからだ。

 敵が善良で、健全であるなら誰もが喜んで武器を置いて、付き従うだろう。


 しかし、敵が実際にそうであるかは分からない。分かるはずもない。

 だから軍隊は——人間は武器を持つのだ。

 

 カレンはそれを知り過ぎていた。

 だから彼女は——現実逃避するような問いを口に吐いていた。


「それ、誰の言葉?」

「家訓……〝だった〟」

「だった?」

「今は私の言葉だ」

 

 再び暫くの沈黙。その最中——ミシマの拡声器を通した、演説が始まった。


「アンタはどっち?」


 カレンが聞いても、セリは答えなかった。

 カレンは体を起こして、視線をセリに映す。

 セリはカレンの視線に気が付かないまま、呆然とした表情でミシマの演説に聞き入っていた。


「バカみたい」 


 カレンは再び担架に寝転んで、目を瞑った。

 数分後、主流派の怒号のような大歓声で、彼女は再び目を覚ますことになる。



 





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