エピローグ
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視点:三人称視点
そこからタネコはモルガンとともに。
深層領域内で、ミシマ・アサヒの地上での行動を監視していた。
その間、ミシマ・アサヒはタネコにとっても不可解な行動を続けていた。
穏健派幹部から電光中隊の指揮官としての役職を得るなり、電光の司令官をタガキ・タケミチに、指揮官をその甥であるいタガキ・フミヤにするような暴挙に出ていた。
その行動を見ていたタネコは当然、意図が分からずに困惑していた。
「……コイツ、どういうつもり?」
「関連する記録は削除されていたが、膨大な記憶を繋ぎ合わせれば答えは見えてくる」
モルガンは呆れたように息を吐くと、続きを話した。
「ミシマ・アサヒはタガキ・フミヤと一度出会っているのだろうな」
その答えに、タネコは納得がいっていなかった。
「どういうこと? そんな記憶は、ミシマ・アサヒに存在しなかった」
「興味深いことに、私と同等の存在が関わっている可能性がある」
タネコはそれを聞いて、眉を寄せていた。
「それって——サラ・スワンティのこと?」
サラ・スワンティ。深層領域で十二階層を越えた、二人目の人間。
彼女はモルガンと袂を分かち、それを信仰する者はゾルクセスでも異教徒として、断罪されていた。
「そうだな。それと——」
モルガンはニヤケながら、タネコにとって衝撃的な事実を告げた。
「タガキ・フミヤも、人類で三人目の十二階層の住人だ。奴なら、記録に残さずにミシマ・アサヒと接触可能だろうな」
「……じゃあ、深層領域のタガキ・フミヤが操って」
「違うな。タガキ・フミヤはそんなことを望まない。というより、選択肢にすら入れないだろう」
「じゃあ、何故……ミシマ・アサヒはタガキ・フミヤを指揮官にしたの?」
「それはあまり重要では無い」
「はあ?」
「問題はミシマ・アサヒがタガキ・フミヤを指揮官に据え、起こることだ」
モルガンの意味深な言葉に、タネコは困惑していた。
「何を言っているの?」
「お前の望む展開がこれから見られるぞ」
モルガンはタネコに対し、これから望む展開が見られると言った。
しかしそれは、タネコにとって。
辛く、苦しい道のりだった。何故なら——。
ミシマ・アサヒはタネコが欲してやまなかった存在。
電光中隊で本物の絆で結ばれた、〝家族〟を手に入れたからだ。
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「許せない、許せない、許せない、許せない!!」
タネコはかつてないほど、強烈な怒りを覚えていた。
ミシマ・アサヒ——シトネ・キリが手に入れた、電光中隊という、ささやかな幸せ。家族。
タネコからすれば、それは、かつて自分が作ろうとした家族をいきなりかっさらわれ、それがもたらす幸せを見せつけられているような気分だった。
「殺す、殺す、殺す……」
最早憎悪を隠し切れないタネコに対し、モルガンは薄ら笑いを浮かべながら。
悪魔のような一言を発した。
「因みに、今なら、お前は体に戻れるぞ」
モルガンの言葉に、タネコが勢いよく振り返った。
「なぜ早く言わない! 早く私を体に戻して! コイツを踏みつぶしてやる」
それに対し、モルガンは愉快そうに笑っていた。
「笑わせるな。十一階層のシトネに、お前に何ができる?」
「それなら地上で殺す。ナイフでめった刺しにしてやる」
「アイツは曲がりなりにも戦闘一族の娘だ。戦闘センスもずば抜けている」
「じゃあどうしろって言うのよ!!」
モルガンは一拍おいて、
「家族全員に裏切られ、〝悪魔〟と罵られ、果てはなぶり殺される」
そんな言葉を漏らした。タネコはそれに対し、ピクリと反応する。
「そんな最期を迎えるとしたら、お前はどうする?」
「……地獄に行っても、戻ってくるだろうね」
「そんな結末がミシマ・アサヒに訪れるとしたら?」
それを聞いたタネコは、その場で静止していた。
答えはもちろん、決まっていた。決まり切っていたのだ。
「どうやったらその未来が訪れる?」
ふっと、笑ったモルガン。
「さすれば、セノ・タネコよ」
モルガンはタネコに対し、ゆっくりと手をかざした。
「本物の〝悪魔〟となれ」
モルガンがそう口にした、その瞬間。
タネコの記憶を持った〝悪意の記憶の塊〟が、タネコの体が分離した。
△
セノ・タネコは呆然としていた。
気が付けば実家の中。彼女の眉間に寄せられた皺は消え、幼き日の無邪気なままのタネコの姿になっていた。
「あれ? ……どこですか、ここ?」
彼女は記憶も曖昧になっていた。自身から欠落した何かを感じつつも、ぼんやりとした頭がそれを掻き消す。
「誰かいませんか? 誰か……サキ?」
タネコが名前を呼ぶと、誰かが肩に触れる感触がした。
タネコは途端に、顔を輝かせると振り返る。
「サ——……え?」
タネコの目の前。そこに居たのは、軍服を着た自分と同じ姿。
「わたし……ですか?」
「ニャハハッ、そうだよ」
「なんで、私と同じ顔なんですか?」
「良い質問だ。それはねぇ、この世の全てに復讐するためなのだ!」
軍服のタネコはぼんやりとしたタネコに殴りかかっていた。
驚いたぼんやりとしたタネコは、泣きながら実家の中で逃げまどう。
軍服のタネコは笑いながら暴力を振るい続けた。
執拗に追い、追い詰め、確かな痛みを与える。
次第に泣きつかれたタネコに対し、目の覚めるような一撃。
「私は世界の全てが憎いんだ。私を追い詰めたヤツ、そして何もしなかったヤツ、私を置いてこの世を去ったヤツ、そして——」
ぼんやりとしたタネコは自身の体が何度も治癒し、やっと鈍くなった痛みを冴えさせることに絶望していた。
「全てを憎んでいる自分自身のことも」
軍服のタネコは、震えるタネコを立たせると、そのまま玄関まで連れていき、
「いってらっしゃい。暫くは地上の体を任せたよ」
「——え?」
軍服のタネコは、玄関を開けると、漆黒の空間に叩き落とすように。
震えるタネコを蹴り飛ばした。
短い悲鳴をあげたタネコはそのまま漆黒の空間に呑まれ、消え失せた。
それを満足げに眺めていた軍服のタネコは、廊下へと振り返り。
唐突に指を鳴らした。
すると、廊下の隙間から何故か。
薄黄色の液体が滲みは始める。
それは瞬くまに、廊下中に満ちた。
タネコは懐からジッポライターを取り出すと、
「ゲームを始めよう」
それを廊下へと投げ捨てた。すぐさま、タネコの実家は地獄の業火の様相へと変わった。
それと同時に、軍服のタネコの存在もその場から消え失せていた。