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電光のエルフライド 外伝  作者: 暗室経路
-元凶のエルフライド- セノ・タネコ編
6/18

第五話 全てを奪いし者

△——/—/— —

視点:三人称視点



 タネコはパイロットの中でも特別な存在だ。他のパイロットと違い、宿舎も幹部級の扱い。相部屋でなく、広めの個室が用意されていた。


「私の部屋で一緒に暮らさない?」


 タネコはベツガイに、そんな提案をした。

 理由は、自身を嫌う者が多数いる相部屋に住むベツガイを、他のパイロット達から守るためだ。

 アブラヤ・セリの演説で、今後はベツガイに対しても差別なく、纏まりそうな雰囲気だったが。

 人間というものは、そう、あまり単純ではない。一度脱走しようとしたベツガイは現状で、月光の人間から最も目をつけられた人物だった。


 ベツガイもそのことを感じていたのか、タネコの提案に願っても無かったように頷いた。 


「お引越しの荷物を運ぶの手伝うよ」


 タネコがそう口にすると、ベツガイは恐縮そうにうなずいた。

 気分よさげに廊下を歩くタネコを見た兵士たちは、全員が彼女に敬礼をした。

 彼女の存在は、最早月光内外にとっても、既に大きなモノだった。

 

「やあやあ、お邪魔するね」


 タネコがベツガイの部屋に入ると、そこには異様な空間が広がっていた。


「……何これ?」

「か、カンバシ軍曹の私物です」

 

 ベツガイはタネコの見出した優秀なパイロットの一人、カンバシ・ミゾレと相部屋だった。

 タネコの記憶では、相部屋は別の者の部屋だった筈だった。

 軍の規則では部屋を勝手に変更することはご法度である。タネコは怪訝に思いながらも、平静を装った。


「敬語じゃなくていいよ、サキ」

「……そ、そうですか」

「それにしても、ファンシーな部屋だねえ」

 

 部屋は、ピンク基調のインテリアが幅を利かしていた。

 恐らく、ベツガイのベッドであろう二段目のベッドは、軍が用意した無機質なモノであったが。

 ミゾレの領域と思しき一段目はぬいぐるみが占領し、もはや部屋の主のようにふるまっていた。


「……ところでさ——」


 タネコが何かを言いかけた時。

 二段ベッドの最下段——つまりはベッド下から、お化けのように顔だけひょこっと。


「サキ、遅い」


 さしもの、セノ・タネコもそれには呆気にとられていた。

 ベッド下から顔だけ覗かせたのは、カンバシ・ミゾレだった。

 ミゾレは最上級パイロットのタネコに気付いたものの、気にも留めるでもなく、ベッド下からのそのそ這い出てくる。

 格好は、部屋と同じくファンシーなデザインのパジャマだった。


「ご、ごめんなさい。カンバシ軍曹」

「何していたの? 待ちくたびれたよ」

 

 まるで、ベツガイの脱走騒動を知らないような発言だ。

 それを聞いたタネコは、部屋のラックにかけられたミゾレの軍服に目を通した。

 すると、軍服は綺麗にアイロンがけされており、今夜着用された痕跡は残っていなかった。


「……もしかして、緊急招集の時。アナタは顔を出していなかったの?」

 

 タネコの問いに対し、ミゾレは首を捻っていた。


「緊急招集?」 


 つまり、ミゾレはベツガイ脱走事件の緊急招集の時、姿を現していなかったことになる。


「おかしいよ。招集時、点呼が行われたはずだ」


 タネコが疑問を呈すと、何故かベツガイの方が顔を青くしていた。


「……実は、カンバシ軍曹はこの時間眠っていることが多くて……」

「は?」

「……カンバシ軍曹の正式な補佐の方が働きかけて、いつも点呼は他の者が数合わせをしているんです」

 

 衝撃の事実だった。点呼時はいつもミゾレは不在で、他の者が進んで数合わせをしていたのだという。


「重大な規律違反だね。これは流石に——」


 あきれ顔のタネコはミゾレを見やる。

 とぼけたように首を傾げるミゾレの手には、ほつれた気味の悪いウサギだかクマだかのぬいぐるみが握られていた。

 ミゾレはふと、思い立ったようにベツガイの袖を引っ張る。

 

「お腹減った」

「あっ、ごめんなさい。すぐに——」

「人形遊びしたい」

「えっと、先にお食事にしましょう——」

「お茶淹れて」

「と、とりあえず食事のあとにしましょう」


 矢継ぎ早に飛び出す要求に、それを淡々と受けとめるベツガイ。

 それを見たタネコは、思わず怪訝な表情を浮かべていた。


「ちょっと待って。え? どういう状況?」


 タネコがベツガイに問うと、ベツガイは困ったように答えた。


「実は……私は、同部屋のカンバシ軍曹の補佐をやっていたんです」


 タネコは意味が分からないと首を捻っていた。

 ベツガイはパイロットからも除け者にされ、補佐すら行えなかったはずだ。

 何故なら、それもタネコが仕組んだことだったからだ。


 しかし、実際はミゾレの補佐から仕事を押し付けられ、実質的に補佐の役割を担っていた。

 ベツガイの様子を見るに、その〝恩恵〟も享受していたらしい。彼女は味方のいない〝完全孤立〟の状態では無かったのだ。


 これではベツガイを家族とする〝計画〟に軌道修正が生じる。そう考えたタネコは、必死に冷静さを保ちながらミゾレを睨みつけていた。

 ミゾレは気にすることなく、ベツガイの袖を尚も引っ張っていた。

 

「サキぃ、遊んでぇ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいね——」

「辞めなよ」


 困惑するベツガイの袖を引っ張るミゾレを、タネコは振り払っていた。

 

「倉庫に来なかったアナタは知らないかもしれないけど、補佐なんて役職は無くなったよ。サキがアンタの世話をする義理は無いね」


 タネコがそう口にすると、ミゾレは目をぱちくりさせた。


「補佐って何?」


 ミゾレの問い返しに、絶句するタネコ。

 それは紛れもなく、ミゾレの実直な感想だった。

 話を聞いてみれば、ミゾレは補佐などという役職は知らなかったようで、身の回りの世話をしてくれるベツガイのことも、単なる好意からの行動だと思っていたようだ。


「カンバシ・ミゾレは成績優秀者だった筈だよ? なのに……普段はこんなとぼけた感じなの?」

「カンバシ軍曹は……他は優秀なんですけど、身の回りの世話だけは苦手みたいで」


 ベツガイが説明する間にも、パジャマ姿のミゾレは床に座り込んで一人、人形遊びを始めた。


「いつも……こんな感じなの?」

「え、ええ……」

「どうして普段はマトモそうに見えるの?」

「……どうやら、彼女は、〝与えられた命令〟だけは、忠実に遂行できるみたいです」


 タネコの経験上でも、ミゾレは類を見ないほどの変人だった。

 それと同時に、興味を持った。〝与えられた命令〟を確実にこなす能力。軍人としては、理想的だ。

 タネコは、今後ミゾレを何らかの用途で使えないか、考えていた。


「ミゾレ」

「なあに?」

「アナタ、何のために月光にいるの?」

「命令されたから」

「命令されたらなんでもやるの?」

「私にできることなら」


 どうやら、カンバシ・ミゾレも、何らかの心の闇を抱えているようだった。

 彼女がこんなにも歪んでいるのは、何かしら要因があるはずだ。

 いずれ探らなければならない。そう思考をめぐらせたタネコは、とりあえずベツガイに向きなおった。


「お引越しの準備をしようか」

「え、ええ……」

  

 とにかく今はベツガイをミゾレから引き離すことが優先だ。つまり、引っ越しが優先。

 タネコはベツガイを急かすように、タネコの部屋への引っ越しの準備を進めさせた。

 それをぼんやりと眺めていたミゾレは、再び口を開いていた。

 

「サキ、何処かへ行くの?」

「え?」 

「行かないで。アナタがいないと私、何も出来ない」


 その言葉に、タネコは反応を示す。


「サキは他の補佐の者からいじめられていたんだよ」


 タネコが言うと、ミゾレはキョトンとしていた。


「え? いじめ?」

「知っていたんじゃないの? それでいて、アナタは見て見ぬフリをし、サキを便利な道具として使っていた」


 タネコの詰問に、ベツガイが慌てたように間に入ってきた。


「違うんです! カンバシ軍曹は……そのようなことに加担していません。私に特権を分けてくれたり、よくしてくださいました!」


 ミゾレは、ベツガイへの嫌がらせは認知はしていなかった。それらは全て、ミゾレのいない間に隠れるように行われていたのだ。

 しかし——例え、認知していなかったとしても、耐えかねてベツガイがエルフライドに乗って月光から逃げようとしたのは事実だ。

 カンバシ・ミゾレは、ベツガイ・サキの抱える苦しみを一つも理解していなかった。


「だから、アナタのもとへサキは置いておけない。今後は私が守るわ」


 タネコが説教するようにそのことを説明すれば——室内に、少女の絶叫のような泣き声が響いた。

 発声源は、もちろんミゾレだった。ぬいぐるみを抱きしめながら、地面にへたりこみ、庇護欲を煽るような瞳でベツガイを見やる。

 ベツガイは過ちに気付いた母のように、走り寄ってミゾレを抱きしめていた。


「いがないで、さぎぃ……うぇーん!」


 クールな印象の普段とは、あまりにもかけ離れた、幼子のような泣きわめき。

 タネコが呆然としている間に、二人は強く抱きしめあっていた。


「ごめんなさい……私、もうどこにも行きませんから」


 共依存状態——これは、マズイ。タネコは一人、そんな感想を浮かべていた。

 タネコがベツガイを追い込む策を弄している内に、孤独だと思われていたベツガイは、既にミゾレと歪な絆で結ばれていたのだ。

 これを無理やり引き離せば、ベツガイはタネコに少なからず不信感を抱くであろう。


「セノ曹長……私——」


 言わせない。タネコは咄嗟に次の案を提示していた。


「じゃあいっそのコト、ミゾレも部屋に呼ぼうか」

「え?」

「そうしたらお世話も両立できるでしょう? 私も手伝うから、サキの負担も減るだろうしね」


 タネコの提案に、顔を輝かせるベツガイ。


「あ、ありがとうがざいます!」

「でもその代わり、条件がある」

「——え?」

「私には敬語じゃなく、ため口を使うこと。階級は違うけど、同期なんだからね」


 タネコが茶目っ気たっぷりにウィンクしながら言うと。ベツガイは戸惑いながらも嬉しそうに。


「わかった……」


 雫を垂らしながら、コクリッと頷いた。


「上出来♪」


 ——その日の深夜。タネコは早速クロダの許可を得て、エルフライド倉庫に行き、エルフライドに搭乗。深層領域にて、カンバシ・ミゾレの記憶を探っていた。

 記憶の牢獄は、今まで深層領域を体感した信者たちの膨大な記憶によって、複数のセクションに分かれて構成されている。

 そのため、記憶の牢獄を探るのにはとてつもない集中力と記憶力。精神力を有する。

 例えるなら、砂漠の中で一粒の砂粒を見つけ出すくらいの難易度だった。

 それを可能に出来たのは、タネコが途轍もない才能と天才性を秘めていたからだ。


 とは言っても、天才タネコでも、個人のモノを狙い撃ちし、探し出すのはかなりの時間を有する。

 実際、タネコがカンバシ・ミゾレの記憶の牢獄を発見したのは、深層領域内の体感時間で、おおよそ八年ほどの歳月がかかった。










 カンバシ・ミゾレの両親は、とてつもない美貌に恵まれていた。

 それもその筈、カンバシ家は代々、俳優業やタレントを担う、テレビ業界に関わる一家だったからだ。

 そしてそのカンバシ家は、テレビ業界へとゾルクセスの影響力を強める役割を担っていた。


 そんなカンバシ家に生まれたミゾレは、生後間もないころから特殊な訓練を受けていた。

 自分の心を押し殺し、与えられた役を演じる訓練だ。それによってミゾレは、演技を生業とするカンバシ家の中でも、途轍もない演技力を身につけていた。

 彼女はどんな役でも演じ、何にでもなれたのだ。


 百面相の天才子役として、業界では名が知れ渡った。彼女のキャリアはこれから輝かしく紡がれていくだろう。

 しかし、遂に審判の日なる宇宙人との戦争が勃発しようとしている。

 世界は映画事業どころではなくなるのは明白であり、カンバシ家は役割を終えたとでも言うようにひっそりと業界からフェードアウトしつつあった。

 

 ミゾレの両親は、ゾルクセスの信者にしては珍しく、子どもを戦士とするつもりは無かった。

 ミゾレを戦士としてではなく、愛する一人の我が子として見ており、生死の問われる戦場に送りたく無かったからだ。


 しかし——カンバシ家の親戚の一人。カンバシ・トキオは違った。

 トキオは四十九歳。美男美女ひしめくカンバシ家で〝普通の顔〟として半世紀近く生きてきて、途轍もないほど歪んだ思想を浮かべていた。

 

「俺は劣等感に苛まれて生きてきた」

 

 ある猛雨の叩きつける豪邸での出来事。

 両親の仕事帰りに消息を絶ったミゾレを探していた親族一同の前に現れ、突如としてそんなことを言い放ったトキオ。

 それに対し、カンバシ家の面々は


「なんだ、トキオ。今はそれどころじゃ——」

「心配しなくとも、ミゾレなら無事だ」

「……無事? お前、何か知っているのか!?」

戦士になった(、、、、、、)だけだ」


 その言葉を聞いたミゾレの父親は、台所から包丁を取り出し、トキオに飛び掛かった。

 それをすんでのところで止めさせたミゾレの母。

 親族たちが憎悪の顔を浮かべる中、トキオはせせら笑っていた。


「戦士となれば、もう取り消しは出来ない。容姿も選考基準のパイロットだ。さぞアイツは適正があるだろうな」




 一方、ミゾレは。ゾルクセスの戦士試験において。優秀な結果を残し続けていた。

 彼女は親戚のトキオから連れ出され、道中、


「新しい映画を撮影するんだ……新しい役だな」

「どんな役?」

「世界を救う……英雄だよ」


 そんな〝役〟を与えられ、忠実にそれをこなしていた。

 ミゾレは演じることなら誰よりも長けている。

 彼女は完璧とされた、とある〝女性軍人〟を自身にトレースし、英雄役を演じ切ろうとしていた。







「なるほど、ね」


 深層領域から抜け出たタネコは、そんな言葉を呟いていた。

 ミゾレは親戚に騙され、それでなお、実直に英雄〝役〟を演じていたのだ。

 

 悲劇としか言いようがなく、終わらない悪夢の中にいるようなモノだ。

 しかし——


「まあ、でも。家族には程遠いかな」


 タネコのお眼鏡(めが)にかなうほどでは無かった。 

 タネコが欲していたのは、家族からも嫌悪され、孤独感と絶望感にある〝自身〟と同じ存在だったからだ。


「おっと……」


 タネコはエルフライドから這い出ると、床に倒れた。


「暫くは……無理だな。これ以上潜ると……戻れなくなっちゃう」

 

 深層領域は無重力空間のような箇所もあるため、地上での感覚がなくなってしまうデメリットがあった。 

 つまり、彼女はしばらく休養を取らないとならない。

 しかし、時間は有限だ。クロダの提唱する国盗りも迫っている。

 タネコが休んでいる暇はないのだ。


「ふっ……まあ、とりあえずサキは手に入ったし、あとは——」


 彼女がそんな慰めのような言葉を吐こうとした時だった。

 その時、タネコの背筋をかける、途轍もない悪寒のようなものがあった。


「……警備の兵士は、どこに?」


 タネコの呟きは最もだった。エルフライド倉庫には常駐する警備の兵士がいる。

 しかし、タネコが見渡しても周囲には人気は無かった。

 何か嫌な予感がする。彼女は必死の思いで立ち上がろうとして、


「動くな」


 後頭部に突きつけられた拳銃の感触を覚えていた。

 タネコにとって、その声音は聞き覚えのあるものだった。


「アブラヤ……セリ」

「そのまま大人しくしとけ」


 タネコはそのまま両の手を縛られ、地面に転がされた。

 深層領域で疲弊していた彼女は、何の抵抗もなくアブラヤ・セリによって動きを封じられた。


「……なんのつもり?」 

「騒いだら殺すからな」


 タネコの経験上、セリの言葉は本心のように感じた。

 おとなしくなったタネコを見届けたセリは、エルフライド倉庫の〝何も無い空間〟に向かって、口を開いた。

 

「もういいぜ。出て来いよ」


 彼女は何を言っているのだろうか? タネコがぼんやりとそんな感想を浮かべていた時。

 驚くべきことに、何もない空間からスウッっと。まるで空中に色を付けたように、


「何ソレ……そんな機能、あったの?」


 姿を現したのは、エルフライドだった。

 タネコはその機能が、エルフライドのステルス機能であることを察していた。

 しかし、そんな機能をタネコは知り得ていない。

 つまり、目の前のエルフライドに搭乗しているのは、自身よりも高階層の存在であることは、明白だった。

 

「嘘でしょ……私より、高階層の人間がいたの?」


 タネコは天才だ。タネコの取得した八階層は多機能を秘めていた。

 しかし、それより深く潜れば、どうしても体に不可がかかる。

 自身でこれなのだから、自身よりも深く潜れる存在がいるはずない。タネコはそう考えていた。

 

「世界は広いんだ。お前が思っているよりな」


 アブラヤ・セリの言葉を呆然と受け止めながら、プシュッというエルフライドのハッチの解放音を聞いていた。 

 やがて降り立ったパイロット。それを見て、タネコは怪訝な表情を浮かべていた。


「……誰だ、オマエ?」

 

 目の前に現れたのは、タネコの記憶上、ゾルクセスには存在しない人物だった。

 

「シトネ・キリ」


 そう名乗った少女は、美少女の顔、眠そうな目に。タネコよりも淀んだ虹彩を浮かべていた。

  

「おい、段取りするからよ。さっさとやってくれ」

 

 アブラヤ・セリの発言に、コクリと頷くシトネと言う少女。

 タネコはその会話に、嫌な予感を浮かべていた。


「ちょっと待ってよ……え、何をするつもり?」

「表舞台から消えてもらうんだ。お前は危険すぎる」


 タネコは懇願するように膝をついていた。


「ちょっと待ってよ! 私は見逃してあげたじゃん!?」

「見逃した、か……私はただ脅迫されたように感じたけどな」

「お願い、何でもする、しますから!」

「お喋りするつもりはないんだ」

 

 アブラヤ・セリは懐から、注射器のようなものを取り出した。

 それを見たタネコは、絶望したように涙を流し始めた。


「わだ、私は……家族がほじかっだだけなのに」

「泣くんじゃねえ。別に命までは取りはしねえよ」

「お願い、お願いだからあ……サギぃ……サキぃ……おじいちゃん……」


 セリは容赦なく、タネコの首元に注射針を差し込んだ。

 じたばた抵抗するタネコを押さえつけ、全てを注入し終わると。

 タネコは意識が朦朧となり、その場でピクリとも動かなくなった。

 セリはタネコを担ぎあげると、シトネのエルフライドのコックピットに押し込めた。 


「あとは私が——」


 シトネが何か言いかけた時だった。

 倉庫内に飛び込むように、一人の少女が姿を現した。


「テッカ!? 何をやっているの!?」


 それは、アブラヤ・セリの補佐役のイガ・テッカだった。

 しかし、彼女はアブラヤ・セリのことをテッカと呼んだ。

 タネコの推察通り、アブラヤ・セリはイガ・テッカという名の護衛であったが、安全のために入れ替わっていたのだ。


「お、お嬢様……どうしてここに?」

「思いつめた表情をしていて、気になったていたの。夜中に目が覚めたらいないから、それで……て、え?」


 本物のアブラヤ・セリは、コックピットに押し込められ、虚ろな表情を浮かべたタネコに気が付くと、顔を青くさせた。


「セノ……曹長? て、テッカ! 何をしているの!」 

「……これは、お嬢様を救うために必要なことなんです」

「言ったはずよ! 私、他人を犠牲にしてまで生きたくない!」


 二人が問答を始めた時だった。


「セリちゃん……」


 ぽつりと名を呼んだのは、シトネという少女だった。

 本物のアブラヤ・セリは、シトネという少女を見て。目を見開き、驚愕した表情を浮かべていた。


「う、ウソ……アサヒ、ちゃん? ミシマ家(、、、、)のアサヒちゃんよね!」


 ミ……シ、マ……家。

 タネコはそこまで聞き入れたところで、完全に意識を消失した。

 



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