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電光のエルフライド 外伝  作者: 暗室経路
-元凶のエルフライド- セノ・タネコ編
5/18

第四話 月光部隊

△——/—/— —

視点:三人称視点

 

 月光部隊の訓練。それは苛烈を極めた。

 六十名の内、クロダの用意した試験に合格した三十名の者は正式にパイロットに任命され、睡眠時間を削っての飛行訓練。航空学等の座学。射撃訓練。中には、ライフルと重装備を背負い、地上行動を想定しての訓練もあった。

 

 一方、選抜されなかった残り三十名はパイロットの補佐を行った。

 つまりは、殆どが雑用だ。パイロットに対しての生活の支援を、行い、訓練に集中できるようにサポートしていた。


 過酷を極める訓練を行うパイロットは、タネコの提言通り特典が用意されていた。

 軍によって用意されたお菓子、娯楽、休日、食事。

 それらは、パイロットのみの特権で、選抜されなかった者は過酷な訓練を間近で見ていたにも関わらず、それに憧れていた。


 その為、パイロットの雑用を行っていた者はこぞってパイロット試験を受けた。好成績を収めれば、現在のパイロットにとって代わる権利があったからだ。

 しかし、訓練は既に数度行われている。パイロット補佐の役割を持つ者たちの下剋上はかなり難易度が高かった。

 実際、現役パイロット勢も死に物狂いで結果を残しており、補佐に落とされないように努力していたからだ。

 補佐の者が試験を受け、現役パイロットに下剋上を起こすのは困難に思えた。


 しかし、訓練が開始されて三か月。遂に下剋上が発生した。

 エルフライドに乗ってまだ浅い筈の補佐乗員が、死に物狂いで訓練していた現役パイロットを負かしたのだ。

 それには月光部隊の教官たちも驚きだった。何故不可能に思えた事象が発生したのだろうか。

 

 それは、パイロットたちの派閥が大きな役割を担っていた。


 パイロットには、お付きの補佐がいる。パイロットの中には補佐を奴隷のように扱う者もいたが、ペットのように可愛がる者もいた。

 今回の騒動は、補佐をペットのように可愛がるパイロットが一躍買っていた。


 ミズグチ・カレン。エース候補のパイロットだった。補佐をペットのように従順に躾けてあり、犬のように可愛がっていた。 

 彼女は他のパイロットの補佐も意図的に可愛がっていた。奴隷のように扱われていた補佐の者はそんなカレンに懐き、自分のサポートすべきパイロットの補佐を行わなくなったほどだ。

「話が違う!」とクロダに直訴したパイロットもいたが、クロダは、


「補佐にすら愛想尽かされるようなヤツは作戦行動でも失敗するだろうな」

 

 と言って、取り合わなかった。ミズグチ・カレンの暴挙ともいえる行為は最高指揮官に容認された。

 そのことに危機感を抱いたパイロット達は、自分の補佐の待遇を改善する者が続出。

 しかし、ミズグチ・カレンの勢いは止まらなかった。

 ミズグチ・カレンは、補佐の者だけでなく、パイロット内でも派閥を形成しようとしていたのだ。


 セノ・タネコという絶対王朝が崩れようとしているのは、誰の目にも見えて明らかだった。


「へっ、どうするつもりだ?」


 ある日、セノ・タネコが月光の訓練練度を視察中。ニヤけたクロダにそう問われた。

 タネコは空を飛び回るエルフライドを視界に入れたまま、返答した。

 

「アナタの方こそ、余裕ね」


 クロダは月光の最高指揮官。その行く末はつまり、クロダの行く末だ。

 しかし、彼はあまり月光に干渉することはなく、全てをタネコにゆだねていた。

 最早秩序が崩壊しつつある月光部隊。

 そのことをタネコは不思議に思っていたのだ。


「お前みたいな部下がいてくれるウチは殆ど任すのさ。どうにもならない時だけ首を突っ込む、これが組織の一流だ」

「破滅的な考えに思える。その時、既に手遅れだったらどうするの?」


 タネコが問うと、クロダは、


「なるようにしか、ならない」


 思わずタネコがクロダを視界に入れると、彼は空を見つめながら神妙な面持ちだった。


「軍隊ってのは、そういう場所だ」

「……そう」


 タネコは短く返答した後、クロダに背を見せて歩き出した。 

 そして、歩きながらタネコは、


「心配なくても、もうすぐ決着がつく」

「ほう? 既に部下の大半をかっさらったミズグチに、どう対抗するつもりだ」

「ねえ」

 

 途中で歩みを止め、タネコは首だけ振り返った。


「人間のさ、馬鹿の一つ覚えみたいな……派閥なんてくだらないと思わない?」


 クロダは口端をゆがめた。


「まあな」


 

 

 




 月光部隊には、タネコやミズグチ・カレン以外にも、軍部から一目置かれる存在がいた。

 

 それは、元令嬢のアブラヤ・セリである。

 センター分けの髪型に、荒々しい言動。

 少女にも関わらず誰よりも男らしく、派閥関係なく尊敬を集めていた。

 

 そんな彼女の家柄は、ゾルクセスの三名家とは比べられも出来ないくらい、突出していた。


 アブラヤ・コーポレーション。ありとあらゆる先端技術を保持し、世界の三割の富を有すると言われている財閥トップの娘だった。

 彼女はその財閥トップの男と離婚した母親に連れられ、母娘でゾルクセスに入信したという異例の出自だった。

 軍部だけでなく、当初はゾルクセスもそんな彼女をアブラヤ・コーポレーションのトップとの交渉材料に利用できないか検討したが、トップは認知しなかったそうだ。

 そんな彼女は捨てられた()令嬢として、悲劇のヒロインのように見られていた。


 しかし、何のことは無い。

 その性格は、セレブ暮らしをしていたとは思えないほど豪胆で、根性がすわっていた。

 過酷な訓練も進んで受け、泥だらけになってもめげなかった。 

 そんな男らしい彼女は、教官たちからも少なくない人気があった。

  

 





 軍の食堂。少年少女たちが闊歩するようになって久しい、異様な空間。

 月光のパイロットが入る時間と、基地の一般隊員の字間は分けられ、現在はパイロットたちの姿しかなかった。

 そこに、食堂の端。人目を気にするようにひっそりと食事を摂るアブラヤ・セリと、その補佐役のイガ・テッカの姿があった。

 イガ・テッカは容姿が選考基準となるゾルクセスの信者の子供なかでも、かなり容姿に秀でていた。


「セーリちゃん」


 タネコが食堂で話しかけると、セリは怪訝な表情を浮かべ、テッカはびくりとして顔をそむけた。

 

「……なんでしょうか、セノ曹長」

「にゃはは、あんまり固くなんないでよそれにしても……にゃは、相変わらず仲良いねー二人とも」

「……あくまで同期としての接し方をしているだけです」


 

 セリは、パイロットの中では珍しく、補佐を一人しか持たない主義の人間だった。

 それに、当初からテッカを補佐ではなく、人間として、普通に接していた。

 そのことに憧れを抱いた補佐役が何人もセリに鞍替えしようとした程である。


 タネコに視線を向けらたテッカは、どうしていいか分からず、視線を彷徨わせていた。


「護衛」


 タネコが呟くように言うと、テッカは顔面を蒼白にしていた。


「なんだっけ? テッカちゃんはさ」

「どこで知ったか分かりませんが……その通りです。テッカはアブラヤ家時代からの、私の護衛です」


 セリが突然流暢にそう解説し始めた。それを聞いて、タネコは笑みを止めることはできなかった。


「こんな私を見てビクビクするくらいの根性ナシなのに、護衛なんだ?」

「……テッカは、経験も浅い。元々、適正は希薄でした。しかし——」

「それはおかしいな。テッカちゃんは、アブラヤ家ともう関係ないでしょうに」

「……イガ家は、アブラヤ家に恩義がある。そのため、形だけでも義理を通したのでしょう——現アブラヤ家当主様は、このことを認知していないはずです」

「そっか、そっか」


 暫くの沈黙。セリはたまらず汗を流していた。 

 

「ねえ、テッカちゃんを私にちょうだい? 他に、補佐を回してあげるからさ」


 不意のタネコの発言に、セリは不満げな表情を浮かべていた。


「テッカは不器用です。セノ曹長の補佐には、不向きでしょう」

「補佐じゃないよ。ペットだよペット」


 そのタネコの発言に、セリは初めて青筋を立て、怒りの感情を発露させていた。

 

「テッカは私の幼いころからの護衛です。いくらセノ曹長とあろ——」


 気づけば、セノ・タネコの補佐役八名。全員がテーブルに座るセリとテッカ、タネコを囲うようにして立っていた。


「——何の真似ですか?」 


 くるくるとナイフをまわすタネコ。彼女は、不意にニャハッと笑みを弾けさせたと思うと。


「手が滑っちゃった!」


 ナイフをテッカに向けて投擲しようとして。

 それをセリによって阻止されていた。セリは直前で、凄まじいスピードでタネコの手を掴んでいたのだ。 

 涙を流しながら恐怖するテッカと、凄まじい眼光でタネコを睨みつける。

 タネコは堪えきれない笑みを噛み殺しながら、震える声で、


「まるで護衛は逆(、、、、)みたいだね」

「月光の訓練の賜物ですよ」

 

 暫く視線を交錯させるセリとタネコ。

 タネコはダメ押しに、こんな悪魔的な言葉を吐いた。


「元令嬢に護衛が送られるとしたら——実はアブラヤ家のトップはまだ娘を大事に思っていたりして?」

「……妄想も大概にしてください」

「クロダが知ったら喜ぶだろうね」

  

 その言葉に、汗を流したセリ。

 彼女は遂に諦めたように、


「何が望みですか?」


 そんな言葉を吐いた。

 それを聞いて、太陽のような笑みを浮かべたタネコは、


「カレンとかいうバカが今、はしゃいでるじゃん?」

「……そうですね」

「アイツはもうすぐ失脚するからさ、アイツが抱き込んでいた補佐のまとめ役は頼んだよ。補佐連中は本当は皆セリっちの補佐やりたがってるの、知ってるでしょ?」


 それを聞いたセリは、キョトンとした顔を浮かべていた。


「どったの?」

「いえ……失脚を手伝えと言われると思ったので」

「にゃははっ、手は打ってあるのだ!」


 楽し気に立ち上がったタネコは、勢いのまま食堂の外へと駆けていく。

 それを負って、タネコの補佐連中も姿を消していた。

 残されたセリとテッカ。

 テッカは震えながら、涙を流し。

 

「どうしようテッカ(、、、)。私がセリだって、バレちゃったよ」


 セリはそれに対し、


「……大丈夫です、お嬢様(、、、)私がなんとかしてみせます」


 消え入るような声、祈るような瞳で、そう呟いていた。

 




 

 

 



「セノ曹長……」


 タネコが軍の廊下を歩いていると、曲がり角を抜けた辺りで、とある少女に話しかけられていた。

 話しかけてきたのは、かつて名家のベツガイ・サキの取り巻きをしていた少女、キド・ヒミカだった。

 現在では、彼女はミズグチ・カレンの補佐をやっていた。


「……仲間と、ベツガイ・サキに嫌がらせをしてきました」

「おっけー最高だよ」


 しかし、彼女はミズグチ・カレンの補佐にも関わらず、タネコの命令を聞いているようだった。

 それも、キドは後悔に満ちた表情だった。


「うーん。今夜あたり、騒ぎを起こしてくれたら完璧なんだけどな」

「あの……本当にもう辞めませんか? 私、サキ()がつらそうな顔をしているのが辛くて」


 それに対し、タネコは無表情で振り返った。


「様?」

「あっ、いえ……ち、違います」

「そうだよね。アイツはお前にとってはただのゴミ野郎だもんね?」


 なんとも言えない表情を浮かべたキドに対し、タネコは大きなため息を吐いた。

 

「何回言えば分かるの? コレはベツガイを救うことにも繋がるんだって」

「……本当なんですか?」

「嫌なら良いんだよ。嫌なら」


 それを聞いたキドは、たまらず顔面を蒼白させ、タネコの腕に縋りついた。


「すみませんでした、セノ曹長」


 タネコはそれに対し、身も凍るような笑みを浮かべた。


「良いんだよ、分かってくれれば」


 キド・ヒミカを振り払ったタネコは、再び悠々と廊下を歩き出していた。

 






 その日の夜、月光部隊で脱走騒ぎが起こった。

 途方もない嫌がらせに耐えかねたベツガイ・サキが、エルフライドに乗って何処かへ飛び立とうとしたのだ。

 しかし、それは月光の教官たちによって阻止され、即座に緊急召集が発令。


 ベツガイ・サキの弾劾裁判は、脱走の取り押さえとなった現場、エルフライド倉庫にて。司令官のクロダによって、その場で実行された。

 

「連帯責任だ」

 

 その言葉に、特権が消えると思ったパイロットたちはベツガイを睨みつけた。

 対して、ベツガイは身をちじこませ、今にも消えてしまいそうだった。

 そんなカオスな状況の中、クロダは続ける。


「だが、コイツをここまで追い込んだ奴にも非がある。こういったことは戦場にも良く起こるが、向かう先は同士討ちだ。統制のとれていない軍隊の証と言えるな」


 クロダがベツガイから子どもたちに視線を映すと、大半のモノが俯いていた。

 

「コイツに嫌がらせしていたヤツはダレだ?」


 震える手でキド・ヒミカらが手を上げると、タネコが割って入った。


「コイツらを補佐としているのはダレ?」


 タネコが問えば、全員の視線が、自ずと一人の少女に向かった。


「……私だけど?」


 旗色が悪そうな返事をしたミズグチ・カレンに、タネコは無表情で詰め寄った。


「直近の部下もコントロールできないの?」


 その言葉に、ミズグチ・カレンは激情に駆られたように、憤怒の色を見せた。


「そっか、そういうこと? アンタが——」

 

 その発言に対し、タネコは笑みを見せながらカレンの耳元に口を寄せた。


「発言には気を付けた方がいい」


 そんな緊迫した状況下。

 様子を見ていたクロダが、馬鹿にしたように笑っていた。


「おい、リーダーさんよ」


 クロダは全員の視線を集めながら、タネコに対し、


「部下もコントロールできないの? とか、言っていたな」

「それが何?」

「お前はどうなんだ、えぇ? ミズグチはお前の部下だろ?」


 クロダの問いに、タネコは返す鉈で、


「アンタもでしょ」


 呆れたように言うと、クロダは笑った。


「そんで、どう始末をつけるつもりだ?」

「アブラヤ・セリ」


 タネコが名前を呼ぶと、諦めたような表情のセリが歩み出てきた。

 やがてセリがタネコの目の前に到達すると、タネコは、


「アナタに全補佐の人間たちを一任する」


 その言葉に、パイロットたちの心は揺れていた。

 要するに、タネコはアブラヤ・セリに全補佐の人員を預けると言ったのだ。

 補佐の人間からすれば、人道的なセリの下は願ってもない提案だ。

 しかし、身の回りの世話から何まで、便利に段取りしてくれる補佐が消えると言う事は、パイロットたちにとっては旨味のない話であった。


「手始めに、号令でもかけたら?」


 タネコがおどけるようにそう口にすると、セリは目を瞑り、ため息を吐いた。

 そして、やがて決意を決めたように開眼すると、月光の人員へと向き直る。


「補佐に限らず、パイロット生も。全員聞け!」


 波打つように静まる倉庫内。三メートルの巨人、吊るされた無人のエルフライドを背景に、セリは青筋をたてながら大きな声を張り上げた。


「私らはゾルクセスから抜け出て、世界を知った! それなのに、なんだ!? 補佐だか何だか知らねえが、腑抜けたことしてんじゃねえよ! ワタシたちの目的は宇宙船だろ! 立場だとか、特権とか……ゾルクセスの大人みてぇにそれに固執しやがって、馬鹿じゃねえのか!」


 図星、といった風な顔を浮かべたのが大半だった。

 パイロットの中には不満げな表情を浮かべていた者もいたが、セリの言葉は、大半の人間に響いていた。


「だからといって、別に私は仲良しこよしをやりたい訳じゃねぇ、ゾルクセス関係なく英雄となるんだ! じゃなきゃ、今まで必死こいてやってきた私たちが……報われないだろうが!!」


 呼応して、雄叫びをあげる者はいなかった。

 一様にそれを聞いて同調した者たちは、ただ姿勢を正し、セリを見つめていた。


「今日で恨みつらみは全部捨てろ。許せなくてもリセットしろ。そうじゃなきゃいけないんだ。何故なら私たちは……」


 セリはそこで、一番に声を張り上げた。


「信者じゃなく、兵士だからだよ!」


 セリが気を付けをして敬礼をすると、パイロットも補佐の者も、一様に一糸乱れぬ敬礼を返した。

 同意、不同意の意ではなく、月光で、軍の訓練を受けたモノとして。反射的なモノだ。

 しかし、その場に居たモノたちからすれば、それは特別な敬礼であった。セリがそうさせたのだ。

 セリはその後、敬礼を解除すると。

 面白そうにそれを眺めていたタネコまで歩み寄り、ささやき声で。 


「……これで良いんですか?」

「上出来♪ 概ね予想通りだよ」


 目まぐるしい展開だった。

 タネコの策略通り、ベツガイの脱走を発端に一夜にして補佐という役割が消え、派閥形成という旋風を巻き起こしたミズグチ・カレンが失脚。

 最早月光の指揮官的立ち位置の〝絶対王者〟であるタネコとは別の形の——

 月光の子供たちから〝身近な存在〟として、人望を集める、新たな形のリーダーが誕生したのだ。

 

 セリはささやき声のまま、タネコの耳元で、


「アナタは——」


 セリが何かを言いかけると、タネコはピクリと反応した。

 何故なら、彼女はてっきりセリの続ける言葉が——。


「恐ろしい人だ」


 命拾いしたね。

 タネコの感想はその一つだった。

 実際、アブラヤ・セリがタネコに対し、〝悪魔〟という表現を使っていたとしたなら。

 彼女は即座に、タネコの手によって殺されていた。 






△ 



 人気の消えたエルフライドの倉庫内。

 ひと悶着が過ぎ、その場にはベツガイ・サキとセノ・タネコだけが残されていた。


 ベツガイはアブラヤ・セリの演説中も、地面にへたり込んで俯いていたいたのだ。

 最早根の生えたようにその場に制止するベツガイに、タネコは心配そうな顔を作って話しかけていた。


「サキちゃん……だよね?」


 絶望と恐怖の瞳に揺れるベツガイ。その虹彩の反射に、タネコが映った。


「気づいてあげられなくてごめんね」 


 タネコは呆然とするベツガイに対し、手を伸ばしていた。


「アナタは私が守ってあげる」


 しかし、その言葉を聞いても。

 ベツガイは浮かない顔だった。

 

 何度も裏切られたのであろう。ベツガイの瞳に浮かんでいたのは、疑念の色だった。

 だが、確かに彼女は救いを欲していた。

 絶望と希望は表裏一体。希望が浮かび、打ちひしがれるから人は絶望するのだ。

 どんな人間も決して、希望からは逃れることが出来ない。


「信じて……いいの?」

「もちろん」


 タネコがベツガイを抱きしめると、彼女は啜り泣きはじめた。

 タネコの服を掴み、やがて大泣きを始める。


 その様子を見れば、これからベツガイ・サキという少女は、セノ・タネコだけを信じ、そして裏切らないだろうというのは明白だった。

 遂に自身に、家族と呼べる存在が出来上がった。その高揚感に、タネコは打ち震えていた。


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