第三話 世界を変えてみようか
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視点:三人称
ゾルクセスは、その身に。宗教団体にしては、重すぎる使命を負っていた。
世界の救済——それをもたらす為に、世界を一つに纏めあげることを目的としていたのだ。
それを成せば、褒美として唯一神から永遠の命が与えられるのが理由である。しかし、それには何故か、様々な規約やルールが存在した。
まず、代表的なモノを一つ挙げるならば、〝ゾルクセス自体が軍事力を持ってはならない〟が該当するだろう。
その為、ゾルクセスは軍部と協力し、いずれ来る宇宙人との闘いに備えなければならなかった。
しかし、利権に拘る教団の人間が軍部にエンケラドスと呼ばれる教団の兵器とパイロットを無償提供し、そこまでしたのに手柄を分配するとうなことは出来ない。
そのため、教団は自分たちの息のかかった人間を何人も軍部で作り上げ、また送り込み。それを利用して全てをゾルクセスの手柄にしようとしていたのだ。
実際、例の宇宙勢力騒ぎで軍部から人が去ったあと。残った軍の中に、ゾルクセスの人間が何人も在籍していた。
ゾルクセスは当初の予定通り、傀儡の軍部にエンケラドス——国際的な通称で言うエルフライドを提供。パイロットである戦士を送り込んで、自分たちの身を固める準備を着々と行っていた。
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いずれ、審判の日が訪れる。そのことに少し懐疑的だったタネコも、世界を駆け巡るニュースを見れば、理解できた。
『本日未明、国連が太平洋に出現した〝巨大な飛行船のようなモノ〟を発見しました————』
やがてその飛行船のようなモノから数千機のエルフライドが飛び出し、侵略を開始。満を持して、教団は戦士を軍部に送り込んだ。
タネコは軍部へと向かう道中、バスで揺られながら、笑みを浮かべていた。
タネコは軍部にて、訓練を行いながら、遂に自分と絶対の絆を持つ存在。家族を作ると決めていた。
過酷な環境下なら、未熟な信者の子供など、自分に依存させることは容易い。
そうすれば自分も、血のつながらない祖父と培ったようなあの本物の愛を再び得ることができる。
タネコは地球の命運とか、そういったモノよりもずっと。家族の方が大事だったのだ。
そんな思いを密やかに強めていた彼女だったが。
信者たちとともにイワハ基地に到着したタネコたちを出迎えたのは、驚きの光景だった。
バスを降りるなり、濃い血の匂いがした。
タネコたちの前にあったのは、損傷の酷い、積みあがったたくさんの死体だった。
それは、まぎれもなく。ゾルクセスから送られたはずの兵士たちだった。
信者の子供たちがその惨事に気が付いて騒ぎだすと、
「よお、初めまして。信者の皆さん」
黒づくめの集団の合間を縫って、姿を現したのは、イワハ基地でもかなりの発言力を持つクロダという男だった。
クロダは冷徹な瞳を浮かべたまま子供たちの前に立ち、
「着いたばかりでわりいけど、予定が詰まってんだわ」
クロダは兵士たちに命じて、タネコたち信者に銃を向けさせた。
有無を言わさないような雰囲気だ。子どもたちは恐慌状態のまま、ただその場で泣きわめく。
その場の子供たちの余命はあと数十秒ほどだろう。タネコはそんな中で、恐怖が欠落したようにこの状況を不可解に感じていた。
「そこのガキ」
クロダに目を向けられたタネコは、顔を上げた。
「何か言いたそうだな。聞いてやるぜ?」
タネコはクロダの目を見て、交渉の余地アリと判断した。
「なぜこのような馬鹿な真似をするか気になってさ。ああ、馬鹿な真似とはゾルクセスに逆らうような真似、という訳ではないよ。わざわざ有用なパイロットを使い潰すような真似をするのか? という意味だね」
タネコが流暢にしゃべると、クロダは笑みを浮かべた。
「お前らをパイロットにすれば、ゾルクセスを裏切った俺たち軍が潰されるかもしれねえじゃねえか」
「じゃあ、どこでパイロットを調達する気なの?」
「そこらのガキをさらっても良い。やり方はいくらでもある。なんせ今は〝非常時〟だからな」
クロダの言葉に、タネコはあざ笑うような笑みを浮かべていた。
「この非常時にそんな時間も無いと思うけど? 私たちはこの世界でも有数なエルフライドについて知り得た集団だよ?」
「んなこた分かってる。だが、それでもリスクはとれん」
そんなクロダに対し、タネコはため息を吐きながら、とある衝撃的な提案を浮かべた。
「エルフライドは三十機。対してパイロットは六十数名。残り三十名を人質として残し、交代制で訓練すればいい」
その提案に対し、クロダはせせら笑った。
「人質なんかお前らに効果はあるのか? そのまま命惜しさに仲間を置いて逃走するか反逆されたら、目もあてられないぜ」
「もしそれでも心配なら、特殊な鍵でしか解除できない時限爆弾を首につければいい。そうすれば皆言うことを聞くと思うよ」
まるで自身の身を差し出すかのような、狡猾な提案。
しかし、その場に居たモノたちからすれば、タネコから恐怖や焦燥といった感情は、一切感じ取れなかった。
クロダは暫く黙り込んだ。値踏みするようにじっくりとタネコの目を覗き込み、そして、
「中々頭がまわるガキだな」
「でしょ? 今からガキをさらってきても時間がかかるしさ。私たちを使ったほうがいいよ」
「お前、良いな。お前だけ生かしてやってもいいぜ」
「いや、だから何度も言ってるじゃん。私たち全員、生かしておいた方がいいよ」
何やら思案を始めたであろうクロダは、楽し気に腕を組み、タネコを見ていた。
そんな中。猶予を与えられ、少し余裕が出てきたのであろう。
さっきまで泣きわめいていた筈の信者の子供の一人が、唐突に激情を散らしながらタネコに突っかかった。
「貴様!? ゾルクセスを裏切る気か!」
それは伝染し、瞬く間にその場にいた子どもたちが参戦した。
「恥さらし!」
「ゾルクセスの面汚しめ!」
暫く呆れてその様子を見ていタネコだったが。
「汚らわしい悪魔め!」
悪魔。その言葉を聞いたタネコは、自分でも驚くくらいに。
ふつふつと湧き上がる感情を覚えていた。
「拳銃、貸してよ」
タネコが激情のまま、目を血走らせてそう口にすると。クロダは静止した後、笑った。
「好きに使え」
他の黒づくめの兵士が心配そうな表情を浮かべる中、クロダは懐から取り出した拳銃をあっさりとタネコに渡した。
タネコは拳銃を受け取るなり、迷わず自分を悪魔と罵った子供に向け、引き金を絞った。
ガオンッ!
轟音が響き、数瞬の悲鳴が聞こえた後。タネコ以外の信者は、全員がその場に倒れ伏していた。
タネコが撃った子供も、何事も無かったのように無傷でその場に倒れ、寝息をたてていた。
「……どういうこと?」
「ゾルクセスに伝わる、特殊な音響弾だ。特殊な条件下でコレを使えば、深層領域を体感した連中は強制的にトリップ状態に陥る。例外があるとするならば、モルガンの加護にある俺とお前だけだ」
「……え?」
「モルガンの言う通り、お前は中々使えそうだな。気が変わった。良いぜ、望み通り使ってやるよ」
クロダはそこまで口にすると、背を向けた。
タネコが呆気にとられたようにその背を見つめていると。
「来いよ。少し、話そうぜ」
クロダは短くそう口にした。
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軍基地のとある事務所。そこでタネコは、クロダによって手ずからコーヒーを淹れてもらっていた。
コーヒーはタネコにとって、思い出の飲料だ。彼女が祖父が好んで常飲していた液体だからだ。一度気になって、祖父のコーヒーを盗み飲んだことはあるが、あまりの苦さに吐き出したのを覚えていた。
「俺は元、ゾルクセスの人間だ。本名はシロタっつーんだけどな。連中と決別したのと同時に、改名した」
タネコは無表情を維持したまま、コーヒーを啜ってみた。甘党の彼女は舌を火傷しただけで、得られるものは無かったように感じていた。
「つっても、モルガンなんざ微塵も崇拝していないがな。永遠の命なんてよ、お笑いだぜ」
その言葉に、タネコは顔をしかめていた。
「……でも、アナタは自分がモルガンの加護があるように言っていた」
タネコが指摘すると、クロダは愉快そうに笑った。
「崇拝していない。だから、俺が選ばれたのさ」
「え?」
「いや、選ばれた、じゃないな。〝目をつけられた〟これが正しい表現だ。ふっ、ゾルクセスの連中にとっては皮肉だろうな。モルガンは自分を盲目的に崇拝する信者どもなんか、微塵も信用していないようだぜ」
イマイチ、タネコはクロダの心情や行動理念といった、背景が理解できなかった。
「……崇拝してないなら、アナタは今何やってるの?」
クロダは、懐からハンカチを取り出した。それを嗅ぐような仕草をしながら、
「とるに足らない、些末なことさ」
おどけるように言った。その後、ひとしきり香りを堪能した様子のクロダは足を組みなおした。
「お前はどうしてだ。なんでそこまでして、パイロットになりたがってる?」
タネコの脳裏に、一瞬祖父が浮かんだ。
それと同時に、自身の唯一の生きる理由。行動理念が浮かんでいた。
「言いたくない」
タネコの返答に、クロダは初めて無表情になった。
「お前なら、信者どもを纏め上げられるのか?」
それは、提案だった。
タネコは一瞬にして、この環境下にいれば、祖父のような血のつながらないが、固い絆で結ばれた家族を作ることもできるかもしれない。そう考えていた。
「できるだろうね」
「なら、やってみろ。暫くは様子を見させてもらうぜ」
立ち上がったクロダに、タネコは驚いていた。
「そんな簡単に信用していいの?」
「信用はしていない」
「なら、どうして?」
「賭けただけだ。面倒な方へとな」
「何それ?」
「色々企み過ぎるとな、疲れるんだよ。たまには思考を放棄したくなるってもんだ」
そのまま部屋を出ていこうとするクロダに、タネコは再び問いかけていた。
「最後にもう一つ。私たちを殺そうとしたのは、脅しだったの?」
「覚えておけ」
それに対し、クロダは無表情のまま振り返った。
「お前が今生きているのは、モルガンのお陰でも、お前の無駄にまわりそうなその知恵のお陰でも、俺に慈悲があったわけでもない。俺のただの気まぐれだってことだ」
去っていくクロダに、タネコは幾ばくかの興味を抱いていた。
それは、クロダがタネコにとって。今まで遭遇したことのないタイプの人間だったからだ。
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元々、賢いタネコは、人心掌握をすることに長けていた。
それに、カリスマ性もあった。クロダの設立した月光部隊において、タネコは絶対的なリーダーとして確立されつつあった。
当初はタネコも、信者の子供たちから、『ゾルクセスを裏切り、軍に擦り寄る痴れ者』という印象を抱れていた彼女であったが。
『実は道化を演じ、軍を欺く子供たちの英雄』だという印象に摩り替えた。
かと思えば、軍に対し、『子どもたちにある程度の自由や特典』を与えることを提言し、子どもたちにとっても利益をもたらした。
その益を通じて子どもたちの信用を得たタネコは、ゾルクセスの潜在的な異常性をそれとなく流布し、子供たちの心をゾルクセスから離れさせた。
ゾルクセスの子供たちはその年齢故、大人世代よりも永遠の命に執着していない。それも、子供たちが〝ゾルクセス離れ〟を促す一つの要因となった。
「おい、セノ。今から俺に一切敬語は使うな」
驚くことにクロダは、齢十二歳のタネコに対し、敬語ナシの会話を許すなど、過剰なまでの特別扱いを見せた。
二週間を過ぎる頃には、タネコは数々の功績から、曹長に任命され、元信者の子供たちから更なる尊敬の視線を集めた。
そのため、ゾルクセスでは有力者の娘だったベツガイ・サキも、その取り巻きはタネコへと乗り換えた。
子どもたちからすれば、会ったことも無いモルガンという唯一神よりも、実のあるタネコの方が重要だったのだ。
タネコは優秀な人材を見極める目利きもあった。
月光部隊において、タネコの選出した人材がメキメキと頭角を現し始めた。
やる気は乏しいが、天性のエルフライドの操作センスと頭脳を持つ、カンバシ・ミゾレ。
荒々しい言葉遣いと戦術が得意な、異色な元令嬢、アブラヤ・セリ。
先天的な残忍さ故、冷酷で無慈悲。そして、トリッキーな戦術を用いるミズグチ・カレン。
その他にも個性的で有能な人材が幾人も選出された。
タネコのキャスティングと、パイロット目線の斬新なアイディアは、黒亜でも柔軟な思考の軍人と呼ばれるクロダにも、非常に強い影響を与えた。
そのことから表されるように、月光部隊は、紛れもなくタネコを中心に回っていた。
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とある日の夜。訓練を終えると、タネコはクロダによって事務所に呼び出された。
場所が事務所、ということは。これは二人にとっても、秘密の会合であるという事だ。
タネコが出向くと、クロダは事務机に酒瓶を置いて、気分よさげに彼女を迎え入れた。
タネコが注ごうとすると、クロダはそれを手で制止させた。
「お前のお陰で、ある程度俺にとってもビジョンが生まれた」
タネコの目にも、クロダは何時にも増してご機嫌そうに映っていた。
「さて、そろそろ次の段階へと行こうぜ」
「次の段階?」
「国盗りだ」
その言葉の意は、軍による国家への反逆を意味する。
現在、三千名に減った軍だが、全精力をあげて首都に進攻すれば、確かに黒亜を掌握できるであろう。
しかしタネコはクロダのその言葉に、怪訝な表情を浮かべていた。
「おいおい、そんなおかしな話か?」
「おかしな話だね。今は宇宙勢力にのみ、集中した方がいい」
世間を賑わす宇宙勢力は先進的な軍事国家群と言われた、FRCを徐々に制圧しつつあった。
今後は何時黒亜にやってくるかは分からない。ならば、国盗りなどやっている暇はない筈だ。タネコは瞬時にそう考えていた。
タネコの発言に、何故かクロダは薄ら笑いを浮かべていた。
「まあ、裏を返せばチャンスだ」
「チャンス?」
「他国は自分の国の防衛で手一杯。国盗りするなら、本当に今しかない」
「今する国盗りになんの意味があるというの?」
「黒亜の国民をこの戦争に引き込む」
「……なぜ?」
「ゾルクセスを完全に潰すためだ。連中が保有するエルフライドの総数。これを掌握できれば、」
ゾルクセスは軍に力が集中し過ぎないよう、提供するエルフライドは三十機に留めていた。
これは、ゾルクセスが軍に送った兵士の反乱を恐れてのモノだ。
「ゾルクセスが狙い、ね……」
「奴らは政権中枢にも影響力がある。馬鹿な真似をする前に、抑えた方がいい」
クロダの提案は最もかもしれない。
しかし、タネコには。その前に成し遂げなければならない事があった。
「少し、待ってよ」
タネコがクロダにそう言うと、彼は顔をしかめた。
「なぜだ?」
「一週間で良い。時間を頂戴」
タネコはそう告げるなり、部屋を後にしようとする。
クロダは背を見せるタネコに対して、
「ベツガイか?」
タネコが驚いて振り返れば、クロダはグラスを手に、不敵な笑みを浮かべていた。
「火遊びもほどほどにな」
誰にもバレていない自身はあった。しかし——流石は教育で何人も見てきた教官だ。タネコは、そんな感想を浮かべていた。
「寛大ね」
「俺にも経験がある」
経験がある。
タネコは少し興味を持ったが、直ぐに頭から振り払った。
「セノ」
「……なに?」
「俺たちで、世界を変えてみようか」
部屋を後にする。
軍の廊下を歩きながら、タネコの頭に浮かぶのは。
部隊から孤立し、悲しみと絶望に暮れる一人の少女のことだけだった。