第八話 愛しのキミへ
△1985/7/31 水
視点:タガキ・フミヤ
基地に戻るまでの装甲車内での、車中の出来事だ。
久しく鳴っていない携帯が揺れ、叔父から電話がかかってきた。
『俺だ』
遂さっき別れの挨拶をしてきたってのに、ためらわず電話をかけてくる神経の図太さには感心すらしてしまう。
俺はため息を吐きながら携帯を持ち直した。
「……どうした?」
『頼み忘れていたことがあってな』
「……なんだよ?」
『シノザキのことだ』
ドクンと、心臓が脈動した。
脳裏に浮かぶのはサラリと揺れる彼女のショートヘアと甘い香り。
暫く叔父の話を聞いていた俺は、放心したように懐にしまってある、とあるモノを握りしめていた。
『忙しいだろうが、頼まれてくれるか?』
叔父のダメ押しのような言葉に、俺はずっと、プレスするように懐で握りしめていたモノを取り出していた。
「いいよ」
それは指輪だった。
シルバーに煌めくリングの内側には、確かにシノザキの名前が掘られていた。
クロダのモノだ。クロダが最期に、シノザキに渡したと勘違いしたままのモノだ。
続いて、浮かぶのは電光のあどけない笑みを浮かべる少女たちの姿。
彼女しかいない。
彼女しか、任せられない。
彼女しか、考えられない。
彼女に告白しよう。
俺はそっと懐にリングを仕舞いなおした。
△1985/7/31 水
視点:タガキ・フミヤ
てっきりフジイやら護衛である部下たちからは猛反対されると思っていたが、シノザキ絡みの案件だと話すと、何故かアッサリと引いてくれた。
「それなら予定を変更して、入院している兵士たちの慰問に変更しましょう。デカい大学病院に、主流派、穏健派関係なく押し込められているそうですから」
しまいには提案までしてくる始末だ。
揺られる車内の中、俺は訳が分からず、たまらず質問していた。
「こんなこと聞くのもどうかと思うが……どうしてこんな勝手を許してくれたんだ?」
フジイに尋ねると、彼は少し口よどんだ末。
「クロダ大尉の、たった一つの望みが……とある女性兵士の幸せでした」
そうとだけ口にしていた。
俺はリングを掌で弄びながら、
「幸せに出来るとは限らないぞ」
「相手がアナタなら、クロダ大尉もゆるしてくれますよ」
思わずフジイを見ると、初めて彼は頬を緩ませながら、
「きっと、ね」
△1985/7/31 水
視点:タガキ・フミヤ
シノザキに再会した。
離れていたのは二か月ちょっとだろうか? その間に、彼女は大分やつれたように思える。
しかし、相も変わらず今まで出会ったどんな女性よりもキレイで、そして――気高いように思えた。
フジイと段取りした通り、俺は彼女と二人になった。
着替えて、用意された車両へと乗り込み、そのまま彼女を連れて走り出す。
名目上は叔父さんからお願いされた「シノザキを約束通り両親へ会わせに行く」というものだった。
しかし、俺は彼女に告白することを決めていた。
彼女に、電光の子供たちの母親となって、そして――
俺の夫になって欲しいと、本心を話すつもりだった。
しかし、直ぐに俺の悪いところが出た。
直前になって、彼女に断られてしまったらどうしよう?
そんな考えが脳裏に浮かんだのだ。
それを受け、俺はハンドルを握りながらふっと笑みを浮かべる。
きっとクロダもそうだったのでは――そんな考えがよぎったからだ。
だから俺は電光の子たちをダシに、彼女に母親になってほしいと告げた。
彼女は電光の子たちの件はともかく、俺からの「求婚」には動揺していた。
「わ、私は……その……そういうのは苦手なんです、すみません」
「嫌か?」
「い、いやとかじゃなく……その……ええと、何て言ったらいいか……」
「心配するな、俺は外国に行くが、毎月十分な金は振り込む」
「そ、そういうことじゃないんです……その、ミシマ大尉は頼りがいもあって、その、魅力的だとは思うのですが……」
「そうか……」
正直、ショックを受けていた。
まあ、そうだろうな。こんな童顔男子、いやだろう。
いや、そこじゃない。そもそも、俺が父親である必要がどこにある。
俺は世界に怨恨を持たらす、悪魔のような存在になる男だ。
そこまで思い至ったところで、彼女を電光の呪縛に縛り付けるのは違うのではないか?
そんな考えが浮かんだ。
彼女はまだ若い。これから恋愛して結婚して――
「……ミシマ大尉?」
「無理を言ってすまなかったな。他を当たるよ」
自分でもこの物言いはどうかと思った。しかし、多分に精神が揺れていたのだ。
マトモでない精神状態、仕方ないだろう、という甘えた感想に満ち足りる。
「他が……いるのですか?」
「ああ、一人だけな」
「……誰ですか?」
「アマンダという、東亜系のナスタディア人だ」
これは嘘だ。アマンダはスパイ兼、俺の専属の助手みたいなもの。
この期に及んで、俺はしょうもない駆け引きを行っていた。
「……その人物は、彼女らを守るのに適しているのですか?」
「ああ、シノザキ程じゃ無いが、武術の心得はあるはずだ。合衆国とのパイプも太い」
シノザキの瞳が揺れているような気がした。俺は正面を見据えながら、
「気を遣わないで良いぞ、お前の人生だ」
シノザキが泣き出してしまった。
彼女の涙を見るのは、これが二度目だった。
一度目は電光の初出撃前。あの時とは違う様子の涙だ。
どうして彼女は泣いたのだろう。
そんなサイコじみた感想を浮かべていた俺であったが、実態はただ理解しがたかったわけでなく。
彼女の本心を知るのが怖かったのだ。
だから俺は車を停車させ――
彼女の唇を強引に奪った。
考えるよりまず行動、俺の一番嫌いな行為だった。
「やっぱり、俺にはお前以外には考えられないよ」
だが、上出来であろうか。
電光で出会って以来、初めて彼女に対して。
ようやく本心が言えた気がした。
本話は、115 ★番外編★ シノザキ伍長、改め-シノザキ・ユリア-の、タガキ・フミヤ視点です。
※加筆予定。




