第七話 国海ニュース
あと三話くらい続きます。
これが終わったら、戦場のエルフライド本編を投稿します。
△1985/7/31 水
視点:タガキ・フミヤ
穏健派の幹部を伴って記者会見場を後にすると、廊下に待機していた記者たちからもフラッシュを浴びせられた。
「ミシマ大尉! 先ほどの発言の意図は!?」
「本当に黒亜を巻き込んで世界へと宣戦布告を行うというのですか!」
「黒亜軍内では、それを全兵士が容認しているのですか!?」
「主流派への対処は、今後どうなるのですか!? 彼らは国を揺るがしたクーデター軍ですよ!」
先ほど俺が発表したことの真意を必死に尋ねてくる記者たち。
その顔は必死な様子で、そして焦燥感を浮かべていた。
当然だろう。俺は穏健派の戦勝発表と今後の主流派への対応という名目で主催した記者会見で、世界への宣戦布告を行った。
会場に居た人間たちの顔はポカーンとし、そして、波打つような静寂をもたらしていた。
俺が会見場を後にしようとした段階で、ようやくフリーズ状態から回帰し、全員慌てて動き出したというわけだ。
俺の周囲を固める穏健派幹部と、武装した兵士たちは困惑し、「勘弁してくれよ……」みたいな心情を浮かべているであろうが、流石軍人というか、毅然とした態度で記者を跳ねのけていた。
「ミシマ大尉……」
疲れた顔の穏健派トップが声をかけてきた。
視線を向けると、彼は化け物でも見るような表情で、
「タガキ大佐が喫煙所で話したいことがあると……」
「そうか」
記者会見後、叔父さんと合流して、ミーティングしながら穏健派との会合場所へと向かう予定だった。
しかし、予定はご破算だ。
穏健派幹部連中の俺を見る目つきで理解できる。どうやら連中も会見内容で理解したようだ。
俺が穏健派の希望から、悪魔へと転落を果たしたことを――
△
叔父さんと話をした。内容は、今までサラやモルガンから聞かされたことの復習みたいなもんだ。
「全部知っていたんだな?」という俺の問いに対し、叔父さんは誤魔化すこともなく、世間話をするかのように種明かしした。
一人娘であったシトネの要望を受け入れ、俺を指揮官とし、挙句の果てには宇宙勢力への対処、対主流派戦にまで俺を起用した。
逆の立場なら俺は絶対そんな選択はとらない。
呆れるどころか、その豪胆さには勝算を送りたいくらいだった。
「ま、そんな感じだ。俺はその後も色々とアサヒ……シトネの指示で動いていた。まあ、まさか〝モルガン〟本人が電光のセノ・タネコに憑依していたとは思わなかったがな。〝モルガン〟の介入で俺とシトネはかなりの計画の変更を迫られた。顕著な例があのユタ・ミアの脱走から始まる反乱事件だ。〝モルガン〟は電光に不和がもたらされるように、シトネの書き換えに軽微な介入を加えていたらしい」
ガラス張りの狭い喫煙所の中、最早刺激臭とも言えるタバコの匂いをさせながら、叔父はそう締めくくった。
「……シトネはいつ俺を指揮官にすると言い出したんだ?」
何となく、会話を終わらすタイミングを脱していた俺はそんな質問をしていた。
恐らくだが、今現在、この状況が――叔父と最後に話す機会なのではないか? そんな気がしていた。
その予感は当たった。
叔父は俺の行う世界戦――そのために創設する部隊へは、加入してくれないらしい。
しかも叔父は多分、軍を辞めないだろう。穏健派を勝利へと導いた立役者として、更に担ぎ上げられるのは明白なのに。
つまりは――世界戦を行い、いずれ黒亜へも侵略へとやってくる俺が、直接――
叔父には、引導を渡さなければならないのだ。
シトネのたった一人の肉親である――タガキ・タケミチを。
残酷な未来を思い浮かべ、俺はたまらずその場から去ろうとしていた。
そんなみっともない俺の背に向かって、叔父は、
「フミヤ」
優し気な声音で呼びかけてきた。
「アサヒを……電光の子供達を戦争から遠ざけてくれて、ありがとう」
本当に、本当にこの野郎は最低だ。感想は、それだけだった。
△
テレビ局のエントランスまで行くと、真っ黒な軍制服に身を包んだ主流派兵士たちが出迎えた。
主流派兵士は首都決戦を引き起こし、黒亜でも悪魔のように恐れられている存在だ。
実際、会見場では騒がしかった記者も主流派兵士の前では借りてきた猫のようにおとなしくしていた。
ただ――局内で俺を護衛していた穏健派兵士は、その光景を目の当たりにし、何とも言えない表情で俺を見てきた。
「どうした?」
俺がおどけるように言うと、護衛の兵士ははあ、とため息を吐いた。
「……我々はどうすれば?」
「ついて来たければついて来い。世界へ観光しに行きたければな」
俺がそう口にして主流派兵士たちに歩み寄ると、俺を護衛していた穏健派兵士たちは離れていった。
勝手ながら一抹の寂しさのようなものを感じていた。
「表に装甲車を手配しています。さあ、早く中へ」
主流派兵士の先頭にいたのはクロダの元側近であるフジイだった。
俺が頷いて徐に振り返ると、なんとも言えない様子の穏健派兵士たちが俺を見つめていた。
「じゃあな」
俺はそのままエントランスを抜け、駐車厳禁である玄関正面の装甲車へと向かう。
周囲には睨みあうように立つ穏健派と主流派の兵士、そして肩身を狭くするように縮みあがる報道陣の姿が。
……これが、俺がこれからずっと見ることになる光景だ。
俺は偽物の指揮官から、一軍隊の長へ。そして、後戻りできない地獄へと向かっている。
自身の命令で何人も罪もない人間を殺す本物の悪魔へ――
「急いでください」
俺を先導するフジイが、道路上を見つめながら急かすように言ってきた。
見て見れば、報道陣も道路上を見ながら何やら騒いでいるようだった。途端に警察の鳴らすサイレン音と、近くで停車するようなブレーキ音が響いた。
何だろうか? 気になったが、護衛してくれている兵士たちに悪いので装甲車に乗り込む。
装甲車内部は空調が利いていて、涼しかった。
そこでようやく自分が汗をかいていたことを認識し、俺は帽子をとって額を拭う。
何故かその様子を、他の主流派兵士たちは興味深げに眺めていた。
『止まれ! 止まらんと撃つぞ!』
近辺だろうか?
唐突に警察の拡声器の音が響く。
それを聞いたフジイが面倒そうに首を振り、周囲の主流派兵士たちが反応してライフルを構えながら音の方向へと向かって行った。
「危険なのでハッチを閉めます」
フジイが装甲車のハッチを閉める。外は騒然とし、警察が慌てたように拡声器で叫んでいた。
『ま、待て! お前らに言ったんじゃない!』
……本当に何事だろうか?
俺は装甲車の丸窓から外を覗いてみる。
すると道路上に、白いボロボロのバンが、警察と主流派兵士に挟まれるように停車していた。
白いバンはどうやら報道車らしい。車体には〝黒海ニュース〟のステッカーが貼ってあった。
まてよ、黒海ニュース?
なんだか……どっかで聞いたことがあるな。
そんなことを思っている内に、ボロボロのバンから一人の女性が降りてくる。
若く、美人というよりかは可愛い印象のある、バンと同じくボロボロのスーツを着た女性だった。
女性はキリッとした表情でマイクを掲げ、後方から降りてきたカメラマンから撮影されながら、
「ミシマ・アサヒ皇国軍大尉! 私たちは黒海ニュースのクルーです、聞いてください!」
黒海ニュース――思い出した。
弾薬回収大作戦をやった時(一章 -電光のエルフライド- 後編 33 第七話 バートルティの雷参照)、
報道管制の敷かれた黒亜で、唯一電光について報じていた報道番組のことだ。
唯一黒亜で根性の据わったガッツある報道番組だと思っていたが、あれから黒海ニュースは番組休止。
その後音沙汰がないので処分でもくらったのかと思っていたが……。
こんなタイミングで現れるとは、一体どういう思惑があってのことだろうか?
フジイを見ると、「ダメです」と言いたげに首を振っていた。
俺はわざと薄ら笑いを浮かべながら、
「面白そうじゃないか」
そう口にすると、フジイは諦めたように笑った。
「まっ……クロダ大尉も同じことを言うでしょうね」
装甲車のハッチが開く。
フジイが先に降り立ち、スナイパーを警戒してか主流派兵士がゼロ距離で俺を囲った。
「どうぞ」
何処からともなく拡声器が差し出される。
軽くマイクチェックワンツー、
『警官ども、勝手に動くなよ。動いたら蜂の巣にしてやる』
ボロボロのバンの向こう側にいる警官達はピタリと動きを止める。
テレビ局側に向き直ると、カオスな状況に、大勢の報道陣が呆然としたように突っ立っていた。
『お前らの大好きなスクープ映像だ。キッチリ映しておけ』
俺がそう口にすると、ハッとした報道陣が不機嫌そうにカメラを向けてくる。
俺は満足げに頷くと、件の黒海ニュースとやらに向き直った。
『お望みどおり、ミシマだ。要件を話せ』
ボロボロな美人キャスターは額から汗を流しながら、見るからにマイクを握りしめ、ゆっくりと口を開いた。
「私はフカミ・マコと言います。そして、私たち黒海ニュースは……ダイトン基地の報道後、国家機関に拘束されていました」
女性アナウンサー、フカミ・マコのその発言に、周囲がざわつき始める。
まあ、黒海ニュースが辿った結末としては予想通りの顛末だったが、周囲は思っていた内容と違うらしい。
他の連中は黒海ニュースがやらかして、精々番組降板になった、くらいに思っていたのではないか?
しかし、蓋を開けてみれば国家機関による拘束という強力な措置だ。
黒亜を人権国家と勘違いしている報道陣にとっては、信じられない内容だろうな。
俺は笑みを浮かべながら、
『それで?』
「私とプロデューサーを含む数人は何とか本日、外部からの助けもあって、国の施設から脱走してきました。しかし……黒海ニュースのスタッフ、私たちの仲間は何人もいまだ拘束されています」
『だからどうした?』
「……仲間を救うため、アナタたちに尽力して頂きたい」
これは俺も予想外の提案だった。
周囲のざわつきはより一層、強くなった。
当然か。一報道番組。それが反乱を起こし、更には世界大戦を起こそうとしている集団に助けを求めたのだ。
『俺たちは忙しい。それ相応のメリットが無ければ動けない』
俺がそう口にすると、フカミ・マコは汗を流しながら、
「我々は黒亜の真実を報道しようとし、果てには拘束された国士です! これからも黒亜の真実を探求する存在として、我々こそ真に必要な報道機関です! そんな存在の我々を、これからも黒亜を命がけで守っていくであろう、黒亜軍が保護する義務があります!」
……ふむ。
どうやらこいつらは状況を理解できていないらしいな。
まあ、それも仕方ないか。俺が現在の黒亜を糾弾し、世界に宣戦布告をしたのは遂さっきの話だ。
そんな人間に国士だから助けてくれと頼みにくるのは最悪の手段であろう。
しかし――
『お前らは無駄なことをしている』
俺の言葉に、絶望したようにマイクを落しそうになるフカミ・マコ。
『現在の黒亜人に、真実を報道する価値など存在しない』
続けて言うと、フカミ・マコはギリッと奥歯を噛みしめていた。
「それがアナタの答えだと――」
『だが、お前たち黒海ニュースの人間は真の黒亜人だ』
「……は?」
『だから、黒海ニュースは真の黒亜軍が保護する義務がある。お前たちは正当な黒亜の国民だからな』
俺は振り返ってテレビ局側の報道陣に向き直るなり、
『現在をもって、黒海ニュースは我々主流派の保護下に入った! 手を出すものは何人たりとも我々が許さない。地の果てまで追いかけ、根絶やしにする』
そう高らかに宣言すると、幾数ものフラッシュが俺に飛来した。
これで国家の施設にいる黒海ニュースの人間の安全は保障されたも同然だ。国家機関の人間は気合の入ったヤツは少ない。口封じに消されることもないだろう。
俺はニヤケ顔を浮かべながら、再び黒海ニュースのフカミ・マコへと向き直る。
俺は彼女へと向け、歩みを進めた。
歩調を合わせ、屈強な兵士たちが追随する。
二メートル先にまで到達すると、フカミ・マコは困惑したような表情を浮かべていた。
「あ、あの……真の黒亜人っていったいどういう――」
「別に理解しなくとも、共感しなくともいい。お前らは真の第三者機関なんだろう? だが、報道したいなら俺たちについてこい。特等席で取材させてやる」
言いながら隣にいたフジイに視線をやると、
彼はため息を吐きながら、
「……部隊を動かします。黒海ニュースの連中を保護すれば良いんですね?」
優秀な男だ。俺は満足げに頷きながら、呆けているフカミ・マコとカメラマンを置いて、装甲車に戻った。




