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電光のエルフライド 外伝  作者: 暗室経路
-戦場のエルフライド- 出立前夜編
10/18

第一話 地獄の続き

△——/—/— —

視点:???


 あー、あー……ごほん。

 〝ジョージ酒店〟へ、こちら〝イーグル二三(ニイサン)

 現地時間、午後二時三十一分。慣例通り、状況を報告します。感度良好でしょうか?


 ちょっとまって。どうせ暗号文は必要ナシ、でしょ? 

 ……オーケー、では始めます。


 おっと、その前に慣例の前置きから入りましょうか。

 まったく……局員の理解度を測るためとはいえ、面倒ったらありゃしな――いえ、なんでもありません。続けます。

 

 世界では急速に対ナスタディア合衆国を想定した〝世界連合〟主体の包囲網が構築されつつある……というのは、以前も言いましたね?


 でも、現在では別にそこまで脅威に感じる必要はありません。世界連合の筆頭国、〝バイレン統国〟が黒亜皇国を奇襲した〝タンカー事件〟以降、失速しましたから。


 これでバイレンは……ま、虎の子の部隊は残しているでしょうけど、ほとんどのエルフライド戦力を失ったと推測されています。数の暴力が生業の連中からしたら、その原理原則を少数部隊に崩され、絶望感に陥ったでしょうね。それを想像したら、笑みが止まりませんよ。


 口が過ぎました? ……すみません。


 とにかく、潜在的に最大のエルフライド保有国であるバイレンが自滅したことによって、ナスタディア合衆国は更なる地位を確立しつつあります。


 これにより、我が国の議会も好戦派が増えました。〝やったら勝てる戦〟を見逃す国家主義者はいませんもんね。


 ですが、依然。全世界規模の、ナスタディア合衆国への経済封鎖は最大の脅威です。世界経済と密接に関係している我が国は国内自給率は高いですが、国際秩序の崩壊は免れないでしょう。より一丸となって世界でナスタディア憎し、悪魔のような捉えられ方をしても、おかしくはありません。


 これで、間違いなくナスタディアはデッド・ロック状態に陥るでしょう。しかし――


 ナスタディアに代わって、世界を恐怖に陥れる〝悪魔〟の存在が現れたら、どうでしょうか?


 たちまち世界はそちらに視線を向け、ナスタディアなど見向きもしなくなるでしょうね。


 その間にナスタディアは血を流すことなく、他国への情報戦、プロパガンダ、工作活動に励めます。

 

 え? そんな都合がいい存在がいるのかって?

 分かっているくせに……。


 ええ。お送りした、資料の十八ページです。

 アレの反応はどうでした? 確か大統領もお読みになられたんですかね?


 ほうほう……大統領は『それが本当なら、彼らに〝グイアナ島〟を差し出してもいい』と仰られましたか。


 入って来る()のことを考えたら十分許容範囲内ですが……しかし、妙ですね。確かに彼らは我々にとって、都合が良い存在だとは思いますが……割と好意的な反応に、私は疑問を抱いています。


 何故なら――彼らが、〝我々合衆国に反旗を翻さない〟保証なんて、どこにもありませんからね。


 だけど合衆国の政治家たちから彼らが人気なのは、〝例の〟功績が影響しているのでしょうか?


 まあ、それなら少しは理解できます。彼らはまごう事なき、〝人類を救った英雄〟ですからね。

 私だってその点、リスペクトは潰えません。同じ東亜系としても、誇りに思っています。しかし――


 彼らがこれから辿る運命を考えれば、手放しで賞賛は出来ません。

 合衆国の政治家は彼らの残した本当の功績を隠すでしょうし、それに――真実を知らされない合衆国国民からは批判が殺到するでしょう。


 彼らは――再び世界を救うために。地上の憎悪を一身に請け負う存在。本物の〝悪魔〟となるのですから。






△1985/7/30 火

視点:タガキ・フミヤ


 フキザワ島南部――地獄みたいに海風が吹き荒れる岸壁の上。

 俺は倒れ伏した少女達の前でグチャグチャの内情をさらしていた。


「選べ――お前の自己満足で地獄のような精神状態の彼女らを元の人格に戻すのか、それとも――」


 倒れ伏し、やすらかな表情を浮かべる少女達。彼女らは、真実を知った憎しみの果てに殺し合いをしようとした。

 再び記憶を得れば、また同じように憎しみあうかもしれない。

 ドクンッと、心臓が脈動していた。


「偽りでも肉体を救うのか」


 それは聞いた俺は、震える足のまま、立ち上がっていた。

 幼い俺と、モルガン――それからサラ・スワンティはそんな俺の様子を黙って見届けていた。


「俺は……」 


 拳を痛いくらいに握りしめ、彼女ら――電光のパイロット達へと俺は視線を向ける。


「俺は!!」


 答えを口に出そうとしたとき――俺はクロダの最後の死に様を思い出していた。 

 苦し気な彼のうめき声。

 好きな女を再び視界に入れることなく、迷いなく全ての責任をとって――


 絶え間なくあふれてくる涙は、やがて――

 唐突にせき止められたかのように、潰えていた。


「……彼女らを、助けてやってくれ」


 幼い姿の俺は、真剣な表情で頷いていた。

 そして徐に右手をあげたかと思うと――それをキノトイたちに向かってかざした。

 するとたちまち光の粒子が散ったように思えた。


「彼女らの精神を深層領域にて、分離した。これで彼女らの背負った歪な過去は消えた。孤児院と、電光の日々の記憶しか保持していない――そんな存在へと変わった」


 彼女らは――これで救われたのだろうか?

 答えは――否だ。これが救いのハズない。救いであっていい筈ない。

 これは延命処置――偽りの救いだ。地上の肉体を助けただけに他ならない。


「その上で――」


 幼い俺は、俺の横に並んだ。お互い逆方向を見ながら、会話が続けられる。


「お前は何を成す?」


 その問いに、俺は目を瞑った。

 黒亜の戦争は終わった。だが、やることは山積みだ。

 恐らく、世界は戦渦に叩きこまれるだろう。

 何故なら、世界に散ったエルフライドは数千を超える。

 密やかに回収し、保持し、部隊に組み込んだ国家は少なくないはずだ。

 

 エルフライドを使った新たな戦争――近い将来、それは必ず起こる。

 そしてそんなことをしている間に、新たな宇宙船がやってくれば、文字通り――


「そういうことだ。世界は滅びる」 


 心を読んだのだろうか?

 俺が視線を寄越せば、幼い俺はふっと笑っていた。


「モルガンとサラが現れて数千年の間に、何度か世界はまとまるチャンスがあった。だがいずれも滅び、文明は何度も繰り返されている」

「……次の宇宙船がやってくるのは、もうあと数十年だろ?」

「ああ。時間的に間違いなく、ラストチャンスだ」

「へっ……実に悠長なこったな。本当に世界をまとめる気があるのか疑問だぜ」


 俺がそう口にすると、ニヤニヤしたセノ・タネコ……に、憑依したモルガンが答えた。


「何度かお前と同じような存在が出現したことがあった。しかし、その人物の辿る道はいつも非業の死だ。人間同士の醜い足の引っ張り合い、それはそれは愚かで、愉快だった」


 モルガンはゆっくりとした足取りで近づいてきた。セノ・タネコの頭部の髪留めからはみ出した尻尾のような毛が、海風で揺れていた。


「お前はナスタディア合衆国が世界を統治させる方向で世界が纏まると考えているな。まさかそれが実現できるとでも思っているのか?」

「……完全に世界が一致団結することは不可能だ」


 俺は正直に、そう答えていた。

 仮に、ナスタディア合衆国が主体となって世界統治を完了することが出来ても、統合は出来ない。

 世界の文化は多種多様で、思想も価値観も、肌の色も異なるからだ。

 

「だが、世界中の軍隊が消えれば――それに近しい形にはもって行けるハズだ」

「ナスタディア合衆国にはそれが可能だと? ナスタディアが世界制覇を目指せば、行く先はナスタディアへの経済制裁だ。世界は無茶苦茶になり、統合は泡となり消える」

「第三勢力が現れたとしたら?」


 俺が言うと、モルガンはニヤアッと嫌な笑みを浮かべた。


「説明しろ」

「ナスタディアの代わりに世界の軍隊を潰してまわる存在がいれば、世界はナスタディアへの経済制裁どころじゃなくなる。その憎悪の目は、第三勢力に向かうだろう」

「ほう……世界の憎悪を一身に背負う存在か。はてさて。一体誰がそんな役を担う(、、、、、、、)と言うのだ?」


 分かり切った質問だ。だが、モルガンは言わせたくて仕方が無いらしい。

 それに答えようと、口を開こうとして、吐き気を催した。

 つまりは、そういうことだ。俺は吐き気を催すような言葉を吐こうとしている。


「どうした?」

「俺だ――俺だよ!」


 海風がより一層、吹き抜けていった。

 体の芯から揺らすような、強烈な風。

 人間本位な考えだが、この自然現象が、俺の情動を体現しているかのように感じた。


「俺がこの世界の憎悪を一身に請け負ってやる! このクソみたいな世界を――彼女たちがいる世界を救えるなら、悪魔にでもなんでもなってやる!」


 本当に自分本位な考えだ。俺は彼女ら――シトネ達を真の意味で救うことはできなかった。

 救われるのは地上の――偽りの記憶を持った存在だけだ。

 だけどそれを理由にしなければ、そうでなければ――


 俺は多分、戦うことが出来ない。そんな気がした。


「お前の命令で――この戦いで数千万人が死ぬとしてもか?」


 残酷な問いだ。無責任ながらそう思った。

 何故なら、それを選ぶのは誰でもない――俺自身だからだ。


 俺が無言で頷くと、モルガンは子どものようにはにかんだ。


「今まで私が出会ったヤツは全員、甘っちょろい理想しか述べてこなかった。この先数億が死ぬことよりも、目の前の数千万人を気にして『別の道を選ぶ』とほざいていた。だが――ククッ、その結果はどうだ?」


 モルガンは手を広げると――狂気とも呼べる笑みを浮かべたあと、目を見開いた。


「その傲慢が巡りに巡り、今まさに――人類の興亡を賭けた戦いを、一人の小年に託すことになった!」


 ふふっと笑ったモルガン。サラと、幼い俺はその様子を静観していた。

 

「お前の近くで、それを見させてもらうぞ。タガキ・フミヤ。いや――ミシマ・アサヒよ。お前は今偽りの英雄から、本物の英雄となったのだ」

「……見るだけか?」


 正直、このモルガンという存在――俺には、彼の動機とかそういうものが一切見えてこなかった。

 俺をこうやって焚きつけたのも、人類の為とかそういうのでは無い気がする。

 実際、俺と彼女らの間に起こった悲劇も、『喜劇だ』と表現し、面白おかしそうにしていた。

 今後もシトネや合衆国のミアに擬態するような――妨害に似た行動をとるかもしれない


「約束しよう――私が今後、お前にちょっかいをかけることは二度とない」

「……本当だろうな?」

「もちろんだ。それに、無事に統治できたなら特典を用意してやる」

「……永遠の命なんざ、俺にはいらないぜ?」

「お前の望みを一つ、叶えてやろう」


 その言葉に、サラも、幼い俺も驚いた表情を浮かべていた。


「本当に、神さまみたいなこと言うんだな……」

「だろ? とある宗教では神と呼ばれていた」

「少し、やる気になってきたよ」  

 

 俺の脳裏に浮かぶのは、深層領域で仲違いしたまま閉じ込められてるであろう――彼女たちの姿だった。

 もしかしたら、真の意味で彼女らを救うことが出来るかもしれない。

 そう考えていると、モルガンが不意に、手を差し出してきた。俺は最悪の気分のまま、それを受け取った。


「サービスだ。プレゼント(、、、、、)をやる。しっかりと受け取れよ?」

「は?」


 モルガンが急に脱力して、その場に倒れこみそうになる。

 俺が咄嗟に受け止めると――


「ニャハハッ」


 抱かれた形となったモルガンは、明らかに雰囲気が変容していた。と、言う事は――


「……君はもしかして――」

「私にとっては、初めましてかもっ! オリジナル(、、、、、)のセノ・タネコだよ。以後、よろしゅう!」


 しゅびっと、二本指で敬礼を作って、ペロリと舌を出すセノ・タネコ。

 今の人格はオリジナル――ということは、彼女は月光のエースだった時のセノ・タネコだ。

 モルガンと入れ替わって、元の姿に戻れたのか? ……このタイミングで?

 

 色々な疑問が沸いたその時――俺の脳裏に、ほわっと呆けていた時のセノ・タネコの姿が浮かんでいた。


「あのとぼけてた時の私のほうが良かった?」 

 

 そう言われ、俺は苦笑した。


「いや……だけど、その時の君はどうなったんだ?」


 聞くと彼女は俺に抱かれたまま、猫のように目を細めた。


「ふふっ……あのとぼけたセノ・タネコは私の中に吸収されたよ」

「吸収?」

「現在は記憶を共有している」


 ……ということは、もうあの呆けたタネコとは、会えないということか?

 いや、俺は何を言っている。

 オリジナルの人格。これが本来の……彼女の正しい姿なのだ。


「そうか……こんなことを言うのはおかしいかもしれないけど」

「なに?」

「おかえり」


 俺がそう口にすると、セノはニャハハと盛大に笑った。


「ただいま♪」


 太陽の様な笑みだ。その奥に、かつてのタネコの姿が見えた気がした。

 俺は気持ちを切り替える。

 このタイミングでモルガンがオリジナルのタネコに戻した理由――


「ところで――月光じゃエースだったんだって?」

「そだよ~。これから世界に喧嘩売るんでしょ? 手伝ってほしい?」

「ふっ……話が早いな」

「あたぼーだよ! そんじょそこらのポンコツとは格が違うのだ! だけど――」


 セノ・タネコは俺の腕からするりと抜けると、後ろ手に手を組んで、膝をついたままの俺を見下ろした。


「ガッカリさせないでね?」


 そう口にしてニャハハと笑いながら歩いていくセノ。

 知性の奥に、燃え盛るような野心を秘めたような、そんな彼女の瞳。

 これは……一筋縄じゃいかないな。そんな感想が浮かんでいた。

 




   



 

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