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桜に眠る 3

 くじは単純な物だった。

 紙を細長く割いた物の先に、一つだけ墨で印をつける。


「三つだけだとなんとなく紙の太さや折れでわかってしまいそうですし、沢山つくりましょう」


 麗景殿の女御はそう言って、楽しそうに紙を割いていく。


「おい、それぐらいで良いのではないか?」


 帝が止めた時には、十数枚になっていた。

 麗景殿の女御はうろたえることもなく、束にして掴んだ上で印をつけ、乾かしてから、印が見えない縦に長い箱に入れる。

「さ、引いてくださいませ」

 それから三度、帝、女御、侑子の順で引いていった。

 結果――。


「私、ですね」


 侑子が引いてしまい、花守の典侍は侑子に決まったのだった。



 その後は、侑子の身元について話し合われた。


 今はもう先々代の帝の手記でしか、侑子の身元を証明する物はない。

 実母も身分の高い人ではなく、その父親も没して親族が主筋となって、侑子とは縁が遠い人ばかりしか残っていないようだ。


 そこで新たに、侑子を普通の女房として麗景殿の女御の元へ上がることになった、ということにした。

 さすがに山寺育ちで、できれば人前に出たくない侑子なので、典侍や掌侍として沢山の人と関わる仕事をしなくて済んだので、大いに安心した。


 しかも女御の元では、なるべく内向きのことだけしていればよいということになり、それでいて女房としての禄(給金)と典侍としての禄も別にもらえるそうだ。


「重たい役目を代わってもらうわけだからな。後宮勤めの後のことを考えても、資産はいくらあっても良いだろう。姫宮として扱うことができない代わりだと思ってもらっていい」


 帝はそう言った。

 もらえる金額を聞いて侑子は驚く。

 宮仕えの女房の二人分の給金なら、それなりの金額になる。


 しかも典侍は、尚侍の下につく上臈の職。

 普通の女房よりも給金は高く、使わなければ一財産になるだろう。

 身寄りもない侑子は、いかに女御や帝が最後まで密かに後見すると言っても不安はあったので、禄がそれなりにもらえるのは心強かった。


 ただし花守の典侍が侑子だと判明しては困る。

 堂々と禄を受け取ると、出納を管理している者から侑子が怪しいとわかってしまうので、その禄は主上から五条の御息所へ渡された上で、侑子の手元に入る。

 先代の女御であった五条の御息所は、以前の花守の典侍を知っている人物で、様々に配慮をしてくれるらしい。


 そして侑子は、五条の御息所の所から女御の元へ出仕することになった、という形になるらしい。

 普通の女房を装うため、宿下がりをする必要も出てくるが、その際は五条の御息所の所へ身を寄せることになる。


「ずっと尼寺で暮らすにも、先行きが不安だったし生きていける糧が得られるのだもの。じゅうぶんよね」

 一人つぶやき、侑子は裳をつけたうえで、夜の間に降ろしていた格子を上げて回ることにした。


 基本的に、侑子の生活は普通の女房とそう変わりはない。

 花守の内侍への依頼というのはそうそう多くはないのだ。

 久々に鍵を探す依頼があったばかりなので、しばらく普通の女房として立ち働く日々を送ることになるだろうと思っていたのだが。


 ――急に主上の御渡りがあった。


 先ぶれの女官がやってきて、侑子を含めた麗景殿の女房達は急いで几帳の位置を変え、主上が座る場所を点検し、麗景殿の女御の衣装を整えた。

 全てがかろうじて終わったか、というところで主上が麗景殿へ到着する。


「ようこそお越しくださいました」


 麗景殿の女御が、御簾内に主上を迎える。

 男性でも親族は御簾の外か几帳を隔てて対応するけれど、主上だけは別だ。

 女御は主上に畳の上である上座を譲り、自身は円座わろうだの上に落ち着く。


「急に済まないね。ふいに思い立って、朝議も終わったことだからと、あなたの顔を見に来たくなって」


 微笑む主上は、まだ二十代。

 杉の木のように背が高く、清しい雰囲気の青年だ。

 代々の帝の間で伝えてきた存在とはいえ、若年にして花守の典侍などという妙な存在を、隠し続けて来ているので、それなりに狸でもあるのだけど。


(まさか引きこもりたいから、誰かほかに花守の典侍になれる人物を探して、父親や祖父の日記などを手あたり次第読んだ人とは思えないわよね)


 おかげで、いまだに大臣達は誰が花守の典侍か知らずにいる。

 女官達にも知らせず、花守の典侍への連絡方法も度々変えているせいだろう。


 時には、昨日のように麗景殿へ来させ。

 また別の時には、梨壺へ伝えに来させる。そうして梨壺の東宮に仕える古参の命婦一人が、麗景殿へ連絡をしてくる。


 または、貞観殿へ連絡するように決められている日もあるのだ。

 貞観殿で依頼を受け取ると、こちらもまた古参の女官が麗景殿へ連絡を回す。

 そして麗景殿でも、その連絡を受けたら必ず女御の懐刀である大輔の命婦が受け取り。その後でひっそりと侑子に話が回って来ることになっていた。


(連絡方法の念の入れようがもう、思いついた主上が一筋縄ではいかないお方、と感じてしまうわよね)


 もちろん、侑子が眠っている場合や、殿舎の誰もが眠っていて伝言を受け取れない場合などは、その時の依頼はもう諦めてもらうほかない。

 運が悪かったのだ。


(そう考えると、昨日の蔵人達はとても運が良かったのだわ)


 直接麗景殿へ連絡が来る日だった。

 そしてうたた寝をしていた侑子が直接依頼を受け取ったから、夜のうちに対応できた。

 つらつらと昨日のことを思い返していると、ふいに主上が人払いを、と口にする。


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