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猫と鍵 4

 蔵人所へ戻った冬継は、自分の見た物が信じられず、呆然としていた。

 花守の典侍というのは一体何なのか。

 疑問に思った冬継は、見つからないようにかなり離れて掌侍の後を追いかけた。


 正道が依頼を告げた掌侍が向かった先。

 それは麗景殿だった。


 そこで誰かに言伝をした女官は、なぜか近くで麗景殿を見張り続けた。

 おそらくはその女官も、誰が花守の典侍かわからず、そして誰かから正体が知りたいと言われていたのだろう。


 女官よりもさらに離れた承香殿側からそちらを見張っていた冬継も、それならば女官を見張っていれば、花守の典侍とやらの動向がわかると考えて、その時を待つことにした。


 なにせ女官は、闇が恐ろしいのか手燭の明かりを消さずにいたのだ。

 動けばすぐにわかる。

 けれど一向に麗景殿側では動きがなく、女官も疲れてきたのか空を眺め始めた。


 その時だった。

 掌侍が近づいた麗景殿から、ややあって一人の女房が出てくるのが見えた。

 人目を避け、掌侍からも見られないような方向から出た。

 その女人は夜目が効くのか手燭も持たず、迷いなく歩を進めていた。そのまま梅壺の方へと足を向けたのを見て、冬継は(まさか)と思った。

 かの女人が花守の典侍なのだろうか。


「典侍なのに、なぜ麗景殿に……?」


 その女人は女御ではない……と思う。顔をしかと見たことが無いので、はっきりとは言えないが。

 でも、しゃきしゃきとした歩き方といい、進む速度といい、後宮で生まれ育った内親王とは思えぬ所作だ。なので女房の一人、というところだろう。

 しかし女御の女房が……?


「なぜ典侍に?」


 典侍となれば、上達部の娘がなるもの。女房であれば、家司の娘などが混ざることもある。

 しかし直接主上に仕える女官のうち、典侍は上臈だ。昨今はその上司である尚待ないしのかみが女御と同様の存在として認知されてしまっているので、典侍が女官の筆頭として勤めている。


 現在もすでに藤典侍とうのないしのすけが采配を振るっているはずで……。

 典侍は数人置くことができるので、他にも任命された者がいてもおかしくはないのだが。


「理由があって、典侍の役職名だけを与えた……のか?」


 例えば、あくまで主上のための存在であることを示すためとか。……そんな風にしか推測できない。

 そもそも本当に、あの女人が花守の典侍で、占いのようなことで鍵のありかを探し出せるのだろうか。

 冬継は後を追った。


 女人は人とすれ違わないように気をつけながら、藤壺を通り抜け、梅壺へ到着した。

 近づいては気づかれてしまうからと、冬継は藤壺の簀子縁から降り、梅壺の様子が見える松の木の陰に隠れた。


 梅壺の簀子縁の上に立った女人は、誰かと話しているようなそぶりをしていた。

 声は聞こえない。ほんの小声だ。


(物狂いの娘なのか……?)


 怪しげなことを口走る人間には、そういった者も多い。曰く、自分は人の心を読めるのだと言って、自分の妄想を口走るなどするのだ。

 その手の人間かと考えた冬継だったが、次の瞬間、目にしたものに驚いた。


 白い生き物が、女人の手から飛び出して行ったのだ。


 ――あれは何だ!?


 叫び出さなかったのは、驚きすぎたせいだ。運が良く声を出さなかったので、女人達がこちらを振り返ることはなかったが。


「は……!?」


 そのまま階を降りた彼女は、地面の上に降り立ってしまった。

 貴族の娘が、簀子縁から降りてしまうなど、ほとんどあってはならないことだ。

 牛車に乗るのにも、階に直接つけて、地面に下りずに車へ移動するというのに。


 けれど彼女は、再びさくさくと進んで行き、白い生き物達がいる梅の木の側へ近づいてしまう。

 地面の痕跡を探すように、下を向いたまま。長い髪ごと袴や衣の裾をまとめて持ち上げた、かなり妙な格好でだ。


 あっけにとられている間に、二匹の白い物が跳ねながら女人の元に戻る。

 女人はそれから梅壺を離れた……のだが。


 一度は梅壺の殿舎に上がったものの、別の階から、彼女は地面の上に降り立ってしまった。

 二度目ともなれば、多少は慣れたのだろう。

 今度は冬継も叫びそうにならずに済んだ。


 そうして彼女が庭を突っ切ったため、冬継は少し近い場所で彼女の顔を見ることもできた。

 涼やかな目元。頬の曲線は柔らかく、月明かりだけで垣間見えたその顔立ちはそう悪くない。


 けれど肩にくっついた、白い毛玉のような生き物。

 それを見て冬継は息を飲み、その場から動けなかった。


 やがて彼女は、弘徽殿の近くへやってきた。

 ふと何かを見つけたように前栽の側へしゃがみこんだ。

 彼女は何かを拾い上げると、弘徽殿側の階を上がって、再び殿舎の中を移動して行ったのだ。

 おそらく、彼女は麗景殿へ戻ったのだと思う。


「拾ったのは鍵……か?」


 だとしたら、間もなく蔵人所へ連絡が来るだろう。

 冬継はとにかく戻らなければ……と念じ……ているうちに、ふらふらと自分の曹司に戻って来たようだ。


「白い……生き物か? あれは」


 目撃したのが実在する代物だというのなら、あれは……物の怪?


「いや、物の怪などいてたまるか」


 首を横に振り、自分にそう言い聞かせる。

 そう。物の怪などいない。

 生まれてこの方、そんな代物は見た事が無かったのだ。


 周囲の者達が、雷が鳴れば『神の怒りじゃ』と怯え、風の鳴く音に『幽鬼の声だ』と悲鳴を上げているのを、冬継はそれを冷めた目で見て来た。

 病も冬継に言わせれば、不摂生の末のことだろうとか、家人からうつったのだろうというものが大半だ。


 そもそも快癒した時も、一向に物の怪らしき物が出て行くのを見たことがない。

 何よりも――冬継は物の怪のような不確かな存在を、肯定したくはなかった。


 父は、根拠のない占いによって呪いをかけたと疑われ、左遷させられたのだ。

 だから信じない。

 そう考えていたのに。


「見間違い、見間違いだ」


 そう思いたい気持ちが、心に沸き上がる。

 占いも、売らないように不確かなものも冬継は嫌っていた。


 だからこそ、あの女房と話をするべきかもしれないと思った。

 もし見た物が幻ではなかったのなら、あの女房と話して、見た物が真実だとわかれば実在を証明できる。


「だが証明して……どうする」


 物の怪がいると認識できるようになるとでも?


「そうではない。その女房を問い詰めて、物の怪などいないと言えば、それは私が夜中まで歩き回ったせいで、目がおかしかったのだという証明になるだけだ」


 ただ、もし……と冬継は思う。

 物の怪のような存在が実在するというのなら。その力を借りてなのか、森羅万象についてをも知ることができる存在が確かにいるのなら。

 今も人の口の端に上がる父の不名誉な占いの結果を、覆す証拠を得られるのではないだろうか。

 そんなことを考えていた冬継の元に、正道がやってきた。


「冬継様、冬継様! 鍵が参りました!」


「……わかった」


 応じた冬継は立ち上がる。

 とりあえず今は、見つかった鍵を渡しに行くことにした。

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