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後宮の花守典侍  作者: 奏多


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桜に眠る 5

 さて、梅壺の女御も侑子と同じようなことを考えたのか、あっさりと主上に猫を託した。


「何としても猫を治したいのでしょうね。上東門院じょうとうもんいん様からいただいた猫だと耳にしましたもの」


「上東門院様、ですか?」


 麗景殿の女御の言葉に、侑子は首をかしげた。


「ええ。主上にとってのおばあ様。昔、中宮でいらした方よ。あの方のおかげで藤原北家ふじわらほっけは盤石となった……。藤原北家の者達が、天皇の摂政として政治を取り仕切り、主上の意見をも潰してしまえるようになってしまったのだもの。藤原北家の男達は皆、あの方を崇めているからこそ、今でも権力をお持ちなのよ」


 侑子はうなずく。

 その辺りの話については、五条の御息所から色々と教えられていた。

 当時は実感がわかなかったけれど、こうして後宮に出仕するようになって、理解できるようになった。


 昨今、主上の威光は侑子が想像するよりも薄く。

 藤原北家が、主上を傀儡のように操っていたのだ。


 もちろん今までの帝も、全くそれに抗わなかったわけではない。

 その度に圧力によって譲位させられ、何もわからぬ子どもを帝とし、さらに私物化していったのだ。


 藤原北家に従う貴族達も、もちろん帝の話など聞かない。そうして帝達は、抗う術を失っていた。


「先代の主上も、藤原の力を削ろうと苦心されたわ。けれど疲れ果てて病を得て、早くに譲位されてしまった。……そうして即位されたのが今の主上なのだけど」


 麗景殿の女御はため息をつく。


「身分が上の女御が必要で、私が入内することになったけれど……。それでもままならないわよね。私の後ろ盾もそれほど強いわけではないから」


 麗景殿の女御は、先々代の帝の内親王だ。

 その身分から、藤原氏も尊重はする。

 けれど女御の母は亡く、叔父にあたる方は中納言と低くはないが藤原北家に対抗するには、力不足の感がある地位。

 しかも先の帝の頃からその地位が据え置きにされているあたりから、今後の展望についても察せられる。


 今の主上が、どうにか藤原北家の力をそぐことができれば、いずれ大臣の座にまで登れるだろうが……。


「私が麗景殿にいること自体、主上の側には藤原の姫以外を近づけたくないという、大臣達の意図がまるわかりよね」


 麗景殿の女御は、苦笑いする。

 格の高い殿舎を与えられてはいるけれど、ここは弘徽殿こきでんなどよりも主上の在所には遠い。

 弘徽殿などは、清涼殿に局まである。そのため后に最も近い殿舎と呼ばれ、今までに何人もの中宮を輩出していた。


「主上もそれに抗いきれなかった。だからせめて、梅壺の方がどうにか抜きんでてくれたら、まだマシになるのではとは思うけれど……」


 梅壺の女御は、藤原氏ではあるものの、関白である藤原頼常とは仲の悪い異母弟である大納言、藤原ふじわらの高信たかのぶの娘だ。

 今の主上にとって関白は外戚ではない。さらに主上がそれなりの年齢なので関白として主上の意志を完全に無視することもできない。


 一方大納言高信は、異母兄への反発心からそんな主上を支援する側だ。

 主上の代替わりと高信のおかげもあり、今は少しずつ主上の派閥の上達部かんだちめが増えている。だが……まだ力は劣る。


「上東門院様からいただいた猫をすぐ死なせたことで、印象が悪くなってしまうのは避けてもらいたいと思っているわ。いくら主上が気にされなくても、周囲から後ろ指さされることになれば、梅壺の方を主上がお呼びになるのが難しくなるもの。……だからがんばってちょうだいね?」


 麗景殿の女御からそう激励された侑子は、女御とともに清涼殿へ渡ることになった。

 これは侑子を猫に近づけるための方策だ。

 現在、清涼殿の藤壺の上の局が使われていないので、そちらに猫を置き、世話をする女房を配置した上で、今朝早々にやってきた僧侶たちには庇の方で祈祷をさせているらしい。


 麗景殿の女御は、病気の猫を気遣って昼のうちに訪問してすぐに去ることになっている。

 侑子はそれに従い、猫を見て判断するのだ。


(夜のうちに知っていたなら、忍び込んで確認したのだけど……)


 梅壺の女御が主上に知らせたのは夜のことで、主上は悲しむ女御のためにすぐさま祈祷の手配をしたものの、それは麗景殿までは知らされていなかった。

 そして主上が祈祷をしやすいように……と理由をつけて猫を移動させたのも今朝だ。

 何より、病気がどれほど重いのかがわからないので、夜まで待つわけにもいかない。


 侑子はちょっと見るだけでわかるだろうか……と少し不安になりつつ、懐に太郎丸と次郎丸をしのばせて麗景殿を出た。

 扇で顔を隠しつつ進む女御のすぐ後ろを進む侑子に、懐の二匹がささやいた。


「心配する必要はないぞえ、お姫」


「そうじゃ。見れば我らには病かどうかなどすぐわかる」


 励ましてくれる二匹の気持ちはありがたいのだが。


「もし病気ではなかったら……それが厄介だなと思うのです」


 そっと口を動かすだけで伝えると、二匹も「あああ……」と嘆息した。

 病気ではなかった場合。

 もし呪詛などが原因だったら、それを調べるためには、猫に触れるぐらいはしなくてはわからないだろう。


 せめて太郎丸と次郎丸を猫に触れさせたいが、人目につく場所では困る。

 二匹は姿が見えないようにはできる物の怪だが、時に勘のいい人間というものはいて、二匹を視認できることがあるのだ……侑子のように。


 それが原因で、麗景殿の女御の元には物の怪がいると噂が立ってしまったら。

 ……女御は叔父の家に宿下がりをして、しばらく宮中には戻れないだろう。

 その状態で、女房の侑子が宮中に居続けるのは難しい。


 しかも麗景殿の女御の女房として顔見知りがいる現状で、改めて主上の女官として取り立てられたら、主上の御手付きかと疑われるだろうし、変に目立ってしまう。

 現状維持のためにも、下手な行動は慎まなければならない。


 しかし清涼殿に近づき、案内の女官に従って猫がいるはずの部屋に近づいた時、全員が足を止めてしまった。


「頼む。頼むから君はそこにいてくれ」


「…………?」


 必死な懇願の声に、女御とともに侑子も首をかしげてしまう。

 はて。なぜ病気の猫がいるはずの部屋から、こんな声が聞こえてくるのか。

 案内の女官に目を向ける。

 彼女は弱り切った表情で、苦笑いしていた。


「一体何事でしょうか?」


 女御の前に進み出た大輔の命婦が訪ねれば、女官が弱り切った表情で告げた。


「それが……白梅しらうめ命婦みょうぶが、奏上に参りました蔵人くろうどになつきまして……。その者がいる間は少し元気になり、食事も口に入れてくれたのです。なので、主上が側にいるようお命じになられていたのです」


 なるほど。猫の世話係がその蔵人になったわけだ。


「女御様がお越しになられる際は、席を外すことになっていたのですが……。白梅の命婦が、蔵人から離れたがらずしがみついているのです」


 とてつもない、なつかれようだ。

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