2,従者。
前世記憶を取り戻してから10日後。
一人の女が訪ねてきた。灰色のローブをまとった20歳前後の女で、長身。黒い髪を肩のところで切りそろえていて、魔杖を装備していた。ということは、ジョブはメイジあたりか。
ところで下級貴族というのは、爵位も領土も持っていないが、貴族としての責任だけは押し付けられている不遇な地位。確かに衣食住には困らないが、領土持ちの爵位持ち貴族にこき使われる始末。前世記憶を取り戻して気づいた。これは日本でいうところの、最も胃に穴があく地位、中間管理職じゃないかと。
で、下級貴族の三男のおれはいま、リグーという小さな村の監督官をさせられていた。リグー村で何か問題が起きたら、おれが解決しなくちゃならない。そして毎日のように、村人はおれにさまざまな問題を持ってくる。
誰それが羊を盗んだから取り戻してくれだの、誰それが借金を返さないからかわりに取りたててくれだの。
この日も、面倒なトラブルを何はともあれ解決し、一息ついたころだった。くだんの女メイジがやってきたのは。
ただはじめは、城郭都市ゴルに向かう途中なのだろう、と思った。
城郭都市ゴルに続く街道から外れたところに、このリグー村はある。だから時おり、旅の物資が足りなくなった者や、一晩の宿を求めた旅人が現れるのだ。そんなとき、一応は監督官であるおれが村の滞在の許可を出す決まり。お尋ね者だったりしたら困るからな。
ところで旅人が冒険者なら、身元確認にはステータスカードを使う。ステータスカードは嘘をつかないし、仮に精巧な偽物でも見抜けなかったのはおれのせいではなく、偽造を取り締まれなかった冒険者ギルドのせい、ということになる。責任放棄という素敵な響き。
ところがこの女メイジは開口一番、言うわけだ。
「あなたが、救世主さまですね」
「人違いみたいだな。おれはただの村の監督官」
「いいえ、あなたで間違いありません。あなたこそが女神に選ばれた救世主さまです。この世界【アーラ】を救うため、実の妹たちとエッチする旅に出られるのです」
ひっくり返りそうになったが、何とかこらえた。ほかに誰もいなくて良かった。
「誰からその話を聞いた? いや、まて言わなくても分かる。あの女神か」
「いいえ。わたしなどは女神さまに直接お会いすることなど叶いません。使い魔のかたから、あなたさまの救世の旅をお手伝いするようにと、そう言われてきました」
「そのさ、救世の旅ってやつ、出たいのも山々なんだけどさ。そろそろ収穫の時期だから忙しいんだよ。村の税をまとめて納めるのも、監督官の仕事だし」
「いいえ、救世主さま。いますぐ出立する必要があります。ですので恐れながら、先に手を打っておきました。救世主さまのお力になれたのなら、良いのですが」
「何をしておいたって?」
「はい。オロガイ男爵と面会し、救世主さまが女神の使命により、村の監督官を続けられないことを伝えました。さらにオロガイ男爵の理解が遅いので、仕方なく武力行使により納得させておきました」
オロガイ男爵とはここらいったいの領主であり、リグー村の納税先でもある。ようは、おれの上司だ。
その上司に、この女メイジは面会し、勝手におれが辞めることを伝えたらしい。その理由が『女神の使命』では、オロガイ男爵が納得しなかったのも無理はない。
だからといって、いきなり『武力行使』に出ただと? まぁ、オロガイ男爵は平民虐めの好きな、性格の悪い奴なので、痛い目をみても同情はしないが。
「武力行使って……そのどの程度のことをした?」
「そうですね。わたしの得意とするのは火炎魔法ですが、さすがに火達磨にするわけにはいきません」
「常識的だな。なら何をした?」
「魔杖で、オロガイ男爵の頭を少し殴りました」
「じゃ、たんこぶができた程度だな」
「いえ、頭蓋骨が陥没し、圧力で脳が破裂し、目玉が飛び出ました」
「少し殴って、それ? どんな怪力? ジョブ選択、ミスってない?!」
下働きの少年が駆けこんできた。
「ルーク様! 治安局の小隊がやってきて、ルーク様の身柄を確保すると言っていますが?!」
オロガイ男爵の殺害の件でか。しかし早すぎる。というか、なぜおれが狙いなんだ? この殺害犯のメイジではなく? まさか。
「お前、まさか、オロガイ男爵と面会するとき、おれの使者とか名乗ったりしていないよな?」
メイジの女は真面目くさって言う。
「当然、そう名乗りました。わたしは救世主さまに従う者ですので」
「あー、やってくれたな!」
素早く身支度を整え、裏口から出る。こうなったら逃亡するしかない。行先は、冒険者ギルド。なぜなら冒険者ギルドは完全実力主義。
つまり、たとえ前科者でも、冒険者として有益と見なされれば冒険者登録できる。そして一度冒険者となれば、追放されない限り、治安局程度ならば手だしできなくなる。
「女神め。こっちが、女神の指示に従わないことを踏んで、こんな物騒なメイジを送り込んできやがったな。ところで、お前、名前は?」
「わたしは、ライラと申します。これからよろしくお願いしますね、救世主さま」
裏口から出ることは読まれていたようで、治安局の隊員が待ち構えていた。それぞれ長剣を抜き放っている。
こうなっては仕方ないか。チートスキル《可愛い妹とエッチできる》を発動するしかないな。
しかし、うんともすんとも言わない。あー、そうだ。発動条件を満たしていなかった。
「救世主さま、ここはわたしが──」
前に進み出るメイジのライラ。魔術を間近に見るのはこれが初めてだ。さすがにこれは期待してしまう。
と、ライラは魔杖を振りかざし、
「うがぁぁぁぁ!」
振り回して、敵の隊員たちを殴り飛ばしていく。
この女、なんか物理攻撃がくそ強い。しかし
「……メイジって、こんなのだっけか」