1,固有スキル。
虫歯を麻酔なしで引き抜かれた痛みで、おれは前世の記憶を思い出した。
前世では──『災害級』の猛暑のある日、ブラック体質の運送業者で働いていたところ、ばたりと死んだのだった。熱中症は怖いね。
その後、おれの魂は天国に行く途中──琥珀色の髪の女神にぶんどられた。いやまったく、あれは強奪といって良かったね。
女神の力で、おれは仮の肉体を得た。で、そいつ曰く、
「おめでとうございます、名もなき日本人よ。そして、転生者よ。そなたはこれから、わたしが統治する異世界【アーラ】を救うために旅立つのです。おめでたいね!」
「全然、おめでたくない」
こちらの反応が気に入らなかったらしく、女神は不機嫌そうに咳払いした。
「あなたに拒否権はありません。あなたはこれから、【アーラ】のある国家のある下級貴族の三男として、転生します。底辺でも、身分は貴族家ですからね。衣食住は保証してあげようという、わたしの優しさ、分かりますかこれ?」
「いや拒否権がないって、おかしくないか?」
「転生規定によって、前世での死亡時と同じ年齢になるまでは、前世記憶は取り戻せません。あなたは享年25歳。ですので転生後、25歳になってからが本番ということになりますね」
「ねぇ、おまえ会話のキャッチボールする気、ある?」
「女神として使命を告げますよ。あなたは転生後、冒険者となり、世界各地に散らばった、あなたの妹を見つけ出すのです。そして片っ端から、エッチするのです!」
「……は?」
狂気だ。狂気の沙汰だ。この女神、なんか頭がイッちゃっている。転生先で、ウキウキで近親相姦させようとしているぞ。
「……とりあえず妥当な疑問を口にするが。なんで、世界各地に妹が散らばっているんだよ?」
「ネタばらしすると、あなたは実は、下級貴族の三男ではないのです。赤子のとき、〈常世の塔〉という場所から攫われたのです。そして〈常世の塔〉では、その後あなたの妹が何人も生まれたのですが、やはり世界各地へと連れさらわれてしまったのです。闇が深いですね。ちなみにこの説明は、YouTubeでいうところのショート動画版です」
おれは眉間を揉んだ。とにかく女神に喧嘩売ると、吐瀉物とかに転生させられかねない。
ここは従っておくか。仮に転生したとしても、こいつの指示通りに動く必要はないしなぁ。
「まぁ、いいだろう。転生してやる」
「『してやる』とか言いますけど、もう決定事項ですよ? バカですか?」
「お前、女神たちの同窓会とかに絶対に呼ばれないタイプだろ?」
痛いところをついたらしく、女神は地味に涙目になった。
「……では、転生前に、あなたのジョブを決めておきましょう。【アーラ】ではステータスが存在しますからね。ジョブによってステータスの初期数値が変わりますし、覚えられる通常スキルも変わりますので」
「あー、ジョブね。はい、はい。じゃ、アーチャーがいい。遠くから矢でチマチマ攻撃できるし」
「はーい、真向勝負のファイターですね。了解ですー」
「お前、本当に人の話を聞かないな!」
「詳しいステータス情報は、転生後、冒険者ギルドでステータスカードでも購入してくださいね。そして、何よりも大事な、これ」
「どれ?」
「あなただけの固有スキルです」
「知ってる、知ってる。外れ枠と思わせて、実は無双できる感じの固有スキルね」
「ぱんぱかぱーん。あなたの固有スキル名は、《可愛い妹とエッチができる》、略して《妹えっっ》です!」
「お前の頭は沸いているのか」
「なにを驚くのですか。あなたは『妹とヤリヤリする』ために転生するのですから、それに最適化した固有スキルなのは当然至極」
「それ、スキルって言わんぞ」
「言いますよ。あなたスキル説明を見なさい」
視界に《可愛い妹とエッチができる》スキルの能力内容が開示された。
※※※
通称《妹えっっ》スキル
発動条件:『妹とエッチする』という目的意識を持った時点で、自動発動される。
注意:ただしこの場合、『エッチする妹』の対象を明確に特定する必要がある。特定とは、顔の認識と、正しい名前の取得とする。
〇スキル発動中、使用者は以下の効力を得る。
その1,全てのステータス数値がカンスト状態になる。
その2,【アーラ】に存在する、全ての状態異常系の攻撃を無効化できる。
その3,【アーラ】に存在する、全ての戦技が使用可能となる。この戦技一覧は別の項目参照。
その4,エッチ対象に設定した妹の位置を常に把握することができる。またその妹に対する、全ての外敵からの攻撃を身代わりに受けることができる。
〇以上の能力を得るが、スキル発動によるデバフも存在する。
《妹えっっ》発動後、対象とした妹と24時間以内にエッチしなかった場合、使用者は内側に圧縮し、直系30センチの肉塊となり果てる。
※※※
「……無駄に限定的に強いのが、また腹立つ。あとエッチしなかったときの罰が、やたら怖い」
「では、最後は厳かに締めましょう。選ばれし転生者よ汝に命ず──妹とハメハメして世界を救うのですー」
「ぐぁぁぁぁ!!」
というわけで、今現在。虫歯になった奥歯は引き抜かれ、おれはもんどりうっていた。
「くそ。ろくでもないことを思い出してしまった。爵位なしの三級貴族家の三男、ルーク・クルアとして、適当に人生を過ごしていたというのに」