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屋敷に戻った時、すっかり夜になっていた。
帰宅の遅いヴィクトリアを父が軽く諫めるが、王立図書館で読書に夢中になっていたことを伝えれば、次から気を付けるようにと注意して事は済んだ。
帰ってみれば急にお腹が空いたため、軽食を用意してもらう。その間に入浴を済ませ、寝巻に着替えてから軽食のサンドウィッチを食べ終える。
お腹も満たされた頃には就寝時間となっていた。
寝台に入らず、窓の外を眺めていたヴィクトリアは、薄暗闇の中でフードを被り、姿を隠しながら帰宅するカミルの姿を見つける。
「…………よし」
気合を入れると、ストールを羽織って自室を出た。
向かった先は、カミルの自室だ。
扉の前に立つとノックをする。暫くすると「はい」とカミルの声が扉越しに聞こえてくる。
「私よ」
一言告げる。
すると、扉の外にいても分かるほどに慌ただしい歩調で向かってくる足音が聞こえてきた。そしてすぐに扉は開かれた。
「姉上…………?」
驚いた表情を見せるカミルがそこにはいた。まだ着替えをしておらず、普段着のままの彼はどこか少し疲れを見せた表情をしていた。
「ごきげんよう。入っていいかしら」
「え…………」
「入るわよ」
主の許可を待つまでもなく、ヴィクトリアはカミルの部屋に入った。
呆然としていたカミルだが、ヴィクトリアが部屋に入ると分かると慌てて扉を締めて部屋の中に戻る。少しばかり散らかった部屋に入れば、カミルが「どうぞ」とエスコートして部屋にある二人掛けのソファまで誘導した。
時折カミルの部屋に入る機会もあったが、いつも整理整頓している筈の彼が、こうも散らかしているのは珍しい。散らかっているとはいえ、それでも綺麗な方だとは思う。
「…………お茶でも淹れましょうか」
「いらないわ」
はっきりと告げれば、カミルはヴィクトリアの様子を困った表情で見つめてから、少し溜息を吐く。それから遠慮がちにヴィクトリアが座ったソファの隣に座った。
「…………どうなさったのですか?」
憂いた表情でカミルが問う。
ヴィクトリアは一瞥すると、「服を脱ぎなさい」と言った。
「……………………は?」
珍しく、カミルが間抜けな声をあげた。
「聞こえなかったの? 今すぐ服を脱ぎなさい」
「ちょっと待ってください姉上。意味が分かりません」
「いいから、脱ぎなさい」
有無を言わさぬ圧力にカミルは汗が滲む。義姉が何を言っているのか、本当に分からないのだ。
「何をなさるつもりですか」
「断るなら実力行使に出るまでよ。で、脱ぐの? 脱がないの?」
「分かりました! 脱ぎます……脱げばいいのでしょう?」
顔を真っ赤にしながら、一度顔を片手で覆えば意を決してカミルが上着を脱ぎだした。
「…………これでいいですか」
「駄目よ」
「駄目なんですか!?」
ヴィクトリアはより近づいてカミルを見た。脱いだ上着からは時計の秒針が聞こえないことを確認してカミルを見る。きっとまだ内側に隠しているのだ。
「ほら、脱ぎなさいよ」
「……………………姉上。お忘れかもしれませんが、私は貴方を愛しているのですよ?」
「知ってるわよ! 何で忘れると思っているのよ。失礼ね」
十分失礼な行動を取っているのは義姉だが? という顔をカミルは一瞬するが、言葉に出来るはずもなく。
耳まで赤くしながらゆっくりとシャツのボタンに手を掛けた。一つ、一つぷつりと外れていくボタンの先からは、しっかりとした体躯が現れてくる。着痩せするタイプなのだろう。カミルは想像より身体が鍛えられていた。全てのシャツのボタンを外せば、あられもなく肌が出てきた。
カミルの顔は真っ赤に染まっていた。
「…………貴女のことが好きな男を脱がせて楽しいですか?」
「……ないわね。ズボンのポケットに何か隠しててる?」
ヴィクトリアはカミルに近づくと、彼のポケットに手を突っ込んだ。
「姉上っ!」
おかしな行動をする義姉の肩を強く掴んでカミルが制した。
「やめてください!」
「何よ、隠してるんでしょう!? ちゃんと見せなさいよ!」
抑え込まれヴィクトリアが声を荒げる。感情が昂っていた。
「懐中時計ってやつを貴方が持っているのでしょう!? 渡しなさい!」
抑え込まれていたカミルの腕を掴み、もう片方の手でカミルの肩を押さえた。顔を近づけて迫る。許さない、と瞳に感情を浮かべながら。
「…………っ……! ああ、もう……!」
我慢できない、という様子でカミルが叫ぶと共に、ヴィクトリアは視界が一瞬にしてぐらりと変わった。カミルを抑え込んでいた腕は掴まれ、気付けばソファの上に倒れていた。
真上から覆いかぶさるようにカミルがヴィクトリアを見下ろしている。その顔は、薄暗くとも分かるぐらい赤かった。日頃澄ました顔をするカミルの顔は、苦悶に歪んでいた。
「カミ……ル…………?」
「貴女は馬鹿だ。貴女を好きだと言っている男の前で、こんな事をして!」
次の瞬間、カミルの顔がヴィクトリアに近づいた。
口づけをされる……! 思わずヴィクトリアは目を強く閉じた。
迂闊だった。
カミルの言う通り、自分は馬鹿なのかもしれない。
緊張した身体を強張らせ、目を閉じていると唇ではなく肩口に人の気配を感じる。首元に、息が掛かる。くすぐったさに身体が震えた。
「私ではなく別の男にも……このような事をなさるのですか」
耳元で囁かれる。
カミルの薄い唇がヴィクトリアの左耳を掠める。
「するはずないでしょう…………」
耳に唇が掠める度に身体が跳ね上がる。それでも逃げることは敵わない。気付けば両腕をカミルの腕によって拘束されていた。
「本当に?」
耳に触れていた唇が、ヴィクトリアの額に触れる。腕を拘束する力は強いのに、触れてくる唇は啄むように優しい。
「本当に、私にだから……こんなにも気を許すのですか?」
尋ねているというのにまるで命じられているように強く低いカミルの声。頭に響くほど甘い声色が耳元で「姉上」と呼ぶ。
頭に血が上る。
「カミルにだからよ……決まっているでしょう」
ヴィクトリアの言葉に、カミルの拘束が緩む。片方の腕の拘束が解かれた。
「そう……私にだから、ですか」
ひどく嬉しそうに告げる。
恐る恐る目を開ければ、前髪が触れそうな距離にカミルの顔があった。間近で見る端正で美しいカミルの顔に見つめられているというだけで、余計に顔が赤くなる。
胸を上下する心臓の早鐘が煩いほどに、ヴィクトリアを揺らす。
「カ……カミル…………」
お願いだから、離れて。そう言いたいのに言えない。
「姉上……目を閉じて下さい」
カミルの額がヴィクトリアの額にこつんと当たる。両腕の拘束が解かれると、カミルの右手がヴィクトリアの頬に触れる。
ゆっくりとカミルの唇が近づいてくる。
「あ…………」
ヴィクトリアは躊躇したが、魔法にかけられたように言われた通り目を閉じた。
駄目なのに。いけないのに。
それでも、ヴィクトリアは誘惑に勝てず……カミルの唇を待った。
何かが唇に触れる。
それは随分と……無機質で、冷たい。
「…………なに……?」
思わず目を開けてみれば。
カミルが小さな丸い小物をヴィクトリアの唇にあてて口づけさせていた。
その小物からは、カチ、カチと音が奏でられていた。
「お目当てのものはコレですか? 姉上」
見下ろしてくるカミルの顔には悪戯が露骨に含まれた笑顔で。
「……頬を差し出しなさい、カミル!」
怒りの叫びと共に、ヴィクトリアは解放された右手で思いきりカミルの頬を叩いたのだった。
当社比で甘いシーンだと思っているのですが、甘々になっているのでしょうか……?
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