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 ヴィクトリアは冷え切った牢に閉じ込められた。

 その牢に見覚えがある。一度目の生の時に投獄された牢だ。


「まさかもう一度入ることになるなんて……」


 最悪である。

 あの時は着ていたドレスまで奪われ囚人服を着せられていたが、今回はどうやら違うらしい。藤色のドレスのまま強引に牢へ押し込まれた。


(お父様は大丈夫かしら)


 突然捕らえられた中で、別の場所に連れていかれたためヴィクトリアは父が何処に連れていかれたのか分からない。

 今日は婚約を正式に発表する場のはずで、ヴィクトリアは何一つ囚われるようなことなどしていない。

 それでもこうして牢に入れられるということは。


(アンディ王子……? それとも)


 思い出すのは、先日見た冷たい王妃の目だ。

『王妃は君の行動に気が付いている。どうか気を付けて』

 セイランが忠告した言葉を思い出しヴィクトリアは無意識に自身の身体を抱き締めた。


(だとしたら……)


 考えるだけで恐ろしかった。けれど、一度芽生えてしまった思考は払拭できず脳裏に焼きつく。

 もし……もし捕らえられた理由が、カミルをおびき出すためのものだったら?


「…………最悪ね」


 ヴィクトリアは顔をあげる。どうにか、逃げ出す方法を……そう考えて止める。

 ここで脱走したとして、きっと国家反逆罪としてフェルチェ家に対し罪状を突きつけてくるだろう。

 余計に周囲に迷惑を掛けてしまう。それだけはしたくない。


「……………………」


 誰も居ない牢獄は静かで、肌寒さを感じる。窓もないため湿気じみた嫌な匂いが立ち込めていた。

 思い出すのはいつだってカミルのことだった。

『どうしたら姉上と結婚できますか?』

 好きだと告げられ、尋ねられた時のことを何度も思い出してきた。

 思い出すたびに、その時の喜びと絶望を思い出す。

 嬉しかった。

 弟だと思っていたカミルから贈られる真摯な言葉に、嬉しいと感じた時。


(私も、カミルが好きだったと気付いた)


 だからこそ絶望した。


(家族を守るためにアンディ王子との結婚を決めていたから)


 心の思うままに行動できるような立場ではないことを、カミルもヴィクトリアも理解していた。

 それでも、感情を押さえることなど子どもだった自分達に出来なかった。

『姉上が私と婚約披露する暁には、どうぞ着て下さいね』

 婚約披露のためのドレスを着た時に告げたカミルの言葉に、鼓動が早鐘を打った。

 そんな日が来たら、どれほど嬉しいか。


「…………諦めたくないわ」


 一度は諦めた。それは、ヴィクトリアもカミルも同じだった。

 アンディとの結婚することを防ぐことはできない。悪評を流そうと王家からヴィクトリアとの結婚を破棄することは一度たりともなかった。

 けれど殺された過去は、最悪な結末を物語った。

 殺されるぐらいなら、諦めたくなんてない。


「そうでしょう? カミル」


 カミルも同じ気持ちでいることが分かる。

 何故なら彼は、愛する弟なのだから。


 


 ヴィクトリアが拘束された後、変わらず婚約披露宴は続けられていた。

 フェルチェ家の姿は現れず、王家だけが舞台に立つ異例の事態であった。

 国王は顔を伏せ黙りこみ、優雅な、それでいて憂いを帯びた表情を浮かべる王妃が前に出て説明をする。

「悲しいことにフェルチェ家は謀反の疑いが出たため、事情聴取しているところにございます。私は彼らを信じ、この披露宴にて皆様に宣言致します。必ずや、彼らの無実を突き止め、ヴィクトリア嬢とアンディの婚約を正式にお伝え出来ますことを」

 切実な王妃の訴えにその場にいる者は胸を打つ。だが、一部の者は分かっていた。王妃による寸劇が始まっていることを。

 ヴィクトリアはカミルをおびき出すための人質である。

 昨今秘密裡に行動している王弟の忘れ形見が活動していることを一部の者は知っているからだ。そして、賛同していた者は口を一斉に噤んだ。

 現在王位継承はアンディとカミルであった。勿論アンディが王太子ではあるものの、あまりの悪評と行動に国を憂う者は反対していた。そこに現れたカミルに対し、皆が希望を抱いたのだ。


 だが、それを防ぐ者がいる。王妃であった。

 披露宴では、アンディが可愛らしい女性と仲睦まじく会話をしている姿が目撃されていた。婚約者となる女性が拘束されても、アンディの振る舞いは何一つ変わらなかった。

 王妃は自身の信頼する家臣と共に談笑していた。

 なんという歪な光景なのか、と思う者は少なくない。

 それでも口答えをすることは出来なかった。皆、命は惜しいのだ。

 第二王子を神殿に追いやり、更に最近では王城で事故に逢ったことを皆が知っているからこそ、何も言えなかった。

 それでも、立ち向かう者は数少なくとも存在する。好き勝手に振る舞う王妃に対し、国の未来を憂う者は静かにその場を立ち去っていった。

 華々しい婚約披露の宴は、主役を一人除いて優雅に執り行われたのであった。




「ん…………」


 ヴィクトリアはゆっくりと瞼を開ける。

 どうやら転寝していたらしい。固いベッドの上で横になっていたのだった。

 起き上がれば身体が痛い。周囲を見れば薄暗く、夜も更けていることが分かった。


「よく寝れるわね……私も」


 二度目とはいえ緊張感が無さすぎた。

 結局誰一人として牢に訪れてこなかった。ドレスもそのままに閉じ込められている。

 さて、どうしたものかと考えていればゆっくりと錆ついた扉を開く音が聞こえてきた。

 驚き視線をそちらに向ければ。


「…………カミル?」


 薄暗いマントをフードまで被ったカミルが立っていた。


「どうやって……」

 ヴィクトリアは格子の前まで行き、憔悴したような顔をしたカミルの顔に手を伸ばす。


「疲れた顔をしているわ」

「当たり前です…………貴女はこんなところにいるべきじゃない」


 傷ついた顔をしている、と思った。

 伸ばしたヴィクトリアの手を取ると掌に唇を押し当て、甘えた様子を見せるカミルを黙って見つめた。

 カミルもまた、一度目の生のことを思い出しているのだろう。

 捕らえられ、そして殺された一度目の生を。


「カミル…………貴女のせいじゃないから、勝手に落ち込まないで頂戴よ」

「…………そんなつれないこと、言わないでください」

 ヴィクトリアの手を自身の頬に充てながら暖めようとしてくるカミルの一途さに笑う。


「愛する人が牢に捕らえられている私の心中も察してください」

「何よそれ」

「まさか、王妃がここまで行動すると思いませんでした。王がここまで傀儡だったなんて」

「そうね。あの方はそういったことを隠すのは上手かったわね」


 愚息たるアンディの素行をひた隠しできていたのも王妃の力があってこそだった。決めたことは必ず遂行する行動力は尊敬したいが、行動内容が非道過ぎた。


「…………カミル。約束は覚えている?」

「……はい」


 ヴィクトリアはもう片方の手も伸ばし、カミルの両頬に触れる。


「だったら、私をここから出そうなど思わず、成し遂げて頂戴な」


 見上げるカミルの表情が歪み、ひどく傷ついていることを分かっていてもヴィクトリアは言葉を続けた。


「私は今度こそ間違えないわ。貴方もそうでしょう? 私はこの機会を好機と見たわ。どうか私に未来の王となったカミルを見せて」


 無理難題を推しつけていることは承知だが、ヴィクトリアは言葉を止めない。

 ここで、ヴィクトリアが弱音を吐いてしまっては、約束を守ろうとしているカミルの決心を揺らがせてしまうことが分かるから。


「分かっています。でも、辛い」

 カミルの手が伸ばされ格子越しにヴィクトリアを抱き寄せた。


「貴女をこんなところに閉じ込める全てが許せない。王妃も、国も、自分も」

「ええ。だから早く私を出して」

「勿論です」


 抱き締める腕の力が強まるが、格子があって全ての温もりを感じることは出来ない。それでもヴィクトリアは十分だった。

 一人きりで閉じ込められた牢獄が、寂しく、怖くないわけではなかった。二度目だからといって恐怖を感じないわけではない。

 この先に待ち受けている未来は、あの重い縄で拘束され王子の前で処刑を言い渡される過去の踏襲かもしれないことに、恐怖しないわけではなかった。

 けれど一度目と違い、カミルが来てくれた。それがどれほどヴィクトリアにとって嬉しいか。


「会いに来てくれてありがとう」

 顔をあげて、悲しそうに見つめるカミルに微笑んだ。

「姉上。口づけしても?」

 そして、ヴィクトリアが苦手とする悲しい瞳で見つめてきた。

「…………わざわざ言葉にして言わないで」


 顔中に血が集まった気がする。

 格子に顔を近づければ額を優しく包まれながら、格子越しに端正なカミルの顔が近づいて、そっと唇を重ねた。

 やさしい温もりと感触に触れながらヴィクトリアは瞳を閉じた。

 静まりかえった薄暗い地下牢の中で時が止まったように、何度となく口づけを交わす時間は、まるで永遠のように長く感じた。


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