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 柔らかい唇が、何度となく離れては触れてくる。角度を変えてヴィクトリアの唇を塞ぎ、温もりを確かめる。


「…………カミル……ッ」


 どうにか名を呼ぶが、それ以上続けることは出来なかった。

 息を吸うこともままならず、抱き締められる腕の力に支えられていた。

 身体中の血液が頭に集中しているみたいだった。力が抜けて、もたれかかるようにカミルの腕の中におさまっていた。


「私は必ず、この国の王になってみせますから」


 強い意志の込められた言葉だった。

 折れんばかりに抱き締められたヴィクトリアの目には涙が滲んでいた。


「…………っ」


 嗚咽が漏れて言葉を紡げなかった。


「私のことを案じていらっしゃることは分かっています。ですが、これは私の意志です」

「カミル……」

「愛してる」


 見つめられて、もう一度唇が塞がれる。


「ヴィクトリア……愛してる」


 切ないほどのカミルの愛の言葉に、ヴィクトリアは何も応えられなかった。



 初めて約束を交わした時から、カミルも分かっているのだ。

 王位に近づくことはカミルの身が危険であるということを。

 ヴィクトリアの父から真実を聞かされたのも、十歳の時だった。自身の父がコーニリアスの王弟で、カミル自身はアンディに続き王位継承権があるのだということを。

 そして、いずれヴィクトリアがアンディと婚約を結ぶことも伝えた時から、カミルの初恋は崩壊した。

 子供心に分かっていた。けれど、諦めきれなかった。

 想いを告げたところで、叶えられないのだということも分かっていた。

 それでも、伝えたかった。

 ヴィクトリアが好きなのだと。

 初めて出会って見つめた赤紅色の瞳の少女を。

 姉ではなく、一人の女性として。



 唇を離したカミルは穏やかに微笑み、ヴィクトリアの涙が滲む瞼に軽く唇を充てて涙を拭った。


「……姉上の想いに添えないことは申し訳ないと思いますが、私にも譲れない願いがある。今度こそ私は道を誤りたくない」

「カミル…………」

「約束がなくとも、私はきっとこうしてますよ」


 くすりと笑いながらも断固とした決意を見せられ、ヴィクトリアは何も言えなかった。


「ヴィクトリアを悲しませるようなことは致しません」

「……名前」


 咎めるように言うのがせいぜいだった。

 カミルはきょとん、とした表情をした後、苦笑すると「すみません」と告げれば、ヴィクトリアの額に口づけた。


「姉上を悲しませるようなことはしませんよ」

「…………約束よ?」

「ええ。約束です」

「嘘ついたらタダでは済まさないわ」


 まるで呪いのように吐き捨てながら、ヴィクトリアはカミルの胸元に身体を委ねた。

 もう少しだけ、この温もりを感じていたかった。




 数日後、王城から書状が届いた。

 ヴィクトリアとアンディの婚約披露宴に関する便りだった。

 父から書状を渡されたヴィクトリアは、その文面に懐かしさを感じながら書面を眺めていた。

 婚約披露宴。

 エスコートも適当に、他の女性に声を掛けるばかりのアンディに諦めを抱いた一度目の披露宴は散々だった。

 それでも周囲のサポートのお陰で恙なく終えられた披露宴。

 もう一度同じことを繰り返すのかと思うとうんざりするが、それでも取り進めなければならない。

 何一つ敵意を、謀反の意志などないのだと従順な素振りを見せなければならない。

 シャンデリアの事故によって負傷したセイランは無事だと、数日後に便りがあった。意識を取り戻したセイランから迷惑を掛けたという謝罪の文だった。


(一度目の時に、あのような事故はなかった)


 それがどうして起きたのか……考えるまでもなく原因はカミルの影響だろう。

 カミルは今、自身が王位継承者であることを秘密裡に周知し、アンディの王位を良しとしない者達を集めているのだ。

 内密に活動している事を知る者は少ない。恐らくヴィクトリアの父であるフェルチェ伯爵も知らないことだろう。たとえ知っていたとしても、知らないと告げるだろうが。

 いつもより十分に時間を掛けて支度をしたヴィクトリアのドレスは、先日贈られてきた藤色のドレスだった。白薔薇が飾られたデザインのドレスを見るのは二度目だった。

 支度を終えて部屋を出れば、そこにはカミルが立っていた。

 突然の出迎えに驚いて見上げていると、どこか不機嫌そうなカミルが腕を組みながらヴィクトリアを一瞥している。


「…………なに?」

「………………やはり色合いが気に入りませんね」

「それ……前にも聞いたわね」


 確かカミルは婚約披露宴のために用意されたドレスを、ヴィクトリアが気付かない間に見ていたのだ。


「金色のドレス」

「え?」

「金色のドレスは、今特注で作らせております。小さな宝石を散らばせたドレスです」

「…………本気だったのね」


 ドレスが贈られてきた時に発言していた事を実行しているのだと分かった。

 カミルは意地の悪い笑顔を見せると編み込まれたヴィクトリアの亜麻色の髪にそっと触れた。


「姉上が私と婚約披露する暁には、どうぞ着て下さいね」

「…………考えておくわ……」


 この男、本気だ。

 目の据わった義弟が本気で告げていることが分かり、ヴィクトリアは深々と溜息を吐いた。




 ヴィクトリアが王城に向かうための馬車に乗れば、後ろからヴィクトリアの父の馬車が同行する。

(一度目の時もそうだったわね)

 あの時は、まさかカミルが付いてきていると思わなかった。

 カミルは王城のパーティに出た事などなかった。出自を内密にされた男は、たとえ周囲にはフェルチェ伯爵の子息と知らされていても、成人の儀にすら現れなかった嫡子に関心を持つ者などいなかった。

 ヴィクトリアの父もカミルのことはひた隠しにしていた。亡き親友の大事な息子であるカミルを守るためもあるが、更に言えばカミルを擁護することはつまり、王妃に叛意する意志があるとみなされるからだ。

 暫く移動した後、馬車は城へと到着する。長い正門の道を進めば馬車が止まる。

 御者が扉を開けてヴィクトリアを促す。

 藤色のドレスを手で摘まみながらゆっくりと降りれば先日も訪れた白薔薇城が目前にあった。

 緊張による寒気を感じながらも、周囲に立つ衛兵を前にヴィクトリアは優雅に微笑む。

 いくら周囲には評判悪い令嬢と言われようとも、優雅に毅然に振る舞うことは忘れなかった。

 ヴィクトリアは後から到着したヴィクトリアの父にエスコートされながら入城する。

 以前はどこかで眺めていたらしいカミルの存在を見つけることは出来なかった。


「大丈夫か、ヴィクトリア」


 エスコートする父に耳打ちされ顔をあげる。

 心配そうな表情は、何処か罪悪に満ちた切ない感情を込めていた。


「勿論です」


 ヴィクトリアは優雅に微笑んで見せる。

 一歩、また一歩と進んでいく。

(一度目の時もそうだったわね)

 父はあの時も「大丈夫か」と尋ねてくれた。同じように返したことを覚えている。 

(あの時だって……私は諦めたことなんてないわ)

 ヴィクトリアの行動はいつだって大切な者の幸せを、そして自身の幸せのために行動している。その自信があった。

 その結果、殺されてしまったことは、本当に不本意ではあったし憤りたい思いだが。

 今度こそ殺されないように、騙されないように。

 そう思っていたのに。

 城の中に入り、扉が閉まった瞬間。

 周囲の衛兵がヴィクトリアに槍を向けた。


「え?」


 そして、高らかな声が何処からか聞こえた。


「ヴィクトリア・フェルチェ! 反逆罪により拘束する!」


 父と共に突きつけられる刃の数に、ヴィクトリアは一歩も動くことすらできなかった。

 何が起きているのかも分からない。

 一度目には無かった光景。


 確かに、歴史は変わったらしい。

 それも、最悪の形で。

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