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義姉弟モノの連載を始めました!

よろしくお願いします!

 さらさらと、風が囁くように木々を揺らしていた。

 二人の子供が草冠を作っている。

 一人はコスモスの刺繡が可愛らしいワンピースを着ている少女だった。亜麻色の髪は肩より長く、後頭部に赤色のリボンで髪を飾っている。

 手に持つ花冠はボロボロで、結んでいる枝と白色の小さな花は乱雑に千切れている。決して上手い出来ではなかった。

 隣に座るもう一人の子供は小奇麗な格好をした美しい少年だった。艶やかな黒髪が風に揺れるたび、薄藍色の瞳が見え隠れしていた。その瞳は真剣に花冠を見つめていた。綺麗に並ぶ網目、ほつれていない枝は優雅な曲線を描き、完璧な出来栄えの花冠を生み出している。少年が精巧な花冠の仕上げを終える。

 すると少年は立ち上がり、隣で悪戦苦闘して花冠を作っている少女の頭にそっと乗せた。

 少女が顔を上げれば、薄藍色の瞳と目が合った。


「姉上にさし上げます」

「ありがとう」

 少女は頭の上に乗せられた花冠を手に取って眺める。軽く振っても崩れない。


「カミルは器用ね」

「姉上が教えてくれたからです」

「そうね。その通りだわ」


 姉上と呼ばれた少女、ヴィクトリアは自身の膝に置いた製作途中の花冠を見た。置いただけで形が崩れだしている。恐らく、この花冠を頭に乗せることは叶わないだろう。


「おしまいにしましょう」


 そろそろ飽きてきたところだったし。

 ヴィクトリアはカミルから貰った花冠を頭に乗せながら立ち上がった。


「姉上の花冠を頂いてもいいですか」

「…………これ?」


 置いていこうかと思っていた花冠になる筈だった花の集合体を見る。立ち上がった拍子に崩れている。


「だめよ。完成していないもの」

「どうしてもだめですか?」

「だめ」


 たとえあげたとしても、屋敷に戻る頃には何も残らないかもしれない。軽く揺すっただけでパラパラと花が落ちていく。

 黒髪の美しい少年が、悲しそうにその光景を見つめていた。


「…………」


 ヴィクトリアは目を逸らした。

 彼の、こうした捨てられた子犬のような表情が苦手なのだ。


「……………………また作るから」

「ほんとうですか?」


 悲しみに暮れていた薄藍色の瞳に光が灯る。きらきらと、宝石のように煌めかせながら期待に満ちた様子でヴィクトリアを見つめるのだ。

 だからいつもこうして、甘やかしてしまう。


「うそはつかないわ。知っているでしょう?」

「ええ、姉上はうそをつきません。……お待ちしてますね」

「三十年後になるかもしれないわよ」

「かまいません」


 少しも揺るがない声色で断言する。


「遅くなるから屋敷に帰りましょう」


 ヴィクトリアは手を軽くハンカチで拭いてからカミルに手を差し伸べた。


「はい。姉上、エスコートしてもよろしいですか?」

「いいわよ」


 差し伸べた手を嬉しそうに自身の腕に乗せて、草原を歩き出す。

 近頃のカミルは、こうしてヴィクトリアを淑女のように扱う。どうやら最近執事から教わっているらしく、言葉遣いも丁寧で、聞けばヴィクトリアが習得していない言語も覚えているのだとか。


「カミル、なんだか大人みたい」

「本当ですか? 私は姉上よりも年上に見えますか?」

「勘違いしないでちょうだい。大人みたいとは言ったけど、まだまだよ」

「はい。精進いたします」


 身長はまだヴィクトリアの方が高いが、それでもあと数年もすれば身長も超えられてしまうのだろう。少年の成長は目覚ましい。

(初めて会った時は、あんなにも小さかったのに)

 ヴィクトリアは思い出す。

 初めてカミルがヴィクトリアの屋敷にやってきた時のことを。

『弟だと思って仲良くしなさい』と告げた父の言いつけ通り、ヴィクトリアはカミルを弟として接した。

 カミルもまた、ヴィクトリアを「姉上」と呼ぶようになった。

(あれからもう五年も経ったのね)

 カミルが屋敷に来たのはヴィクトリアが六歳の頃だった。歳が一つだけ下の少年は、美しく、そして人形のようだった。

 屋敷が見えてくる。

 屋敷から少し離れた先にある草原は、二人にとって庭の延長線だった。ヴィクトリアの父が治めるフェルチェ伯爵領は王都から少しだけ距離がある分、周囲が草原や木々に囲まれていた。

 屋敷の先で使用人が二人を呼んでいる。


「姉上」

 ふと、カミルが呼ぶ。ヴィクトリアは足を止めてカミルを見る。


「何?」

 カミルの瞳は真剣な表情でヴィクトリアを見つめていた。緊張しているのか、表情は固い。夕日のせいか、彼の頬が赤らんでいるように見えた。

 エスコートしていた手が離れると、ヴィクトリアの両手に触れた。大事そうに両手を握りしめられた。


「愛しています…………どうしたら姉上と結婚できますか?」


 ヴィクトリアは赤紅色の瞳を大きく開いた。

 まさか、義弟からそんな言葉が出てくると思っていなかったのだ。しかも、愛?


「愛って……」

 あまりに壮大な愛情表現にみるみる顔が赤らんでいった。

 だが、小さく深呼吸をすると掴まれていた手を離した。


「無理よ。諦めなさい」


 しかし、手をまた握りしめられた。


「嫌です。諦めません」


 手を離そうとしたがカミルの腕の力が強く、振り解けなかった。


「…………痛いわ」

「諦めたくありません」

「…………」


 ヴィクトリアは俯くしか出来なかった。

 ヴィクトリアとて十一歳。人の色恋に気付かないわけではなかった。

 けれど、認めてはいけないと思っていた。

 だって。


「……お前は私の義弟なのよ?」


 勿論、形ばかりだ。

 カミルは養子になったわけでも、血が繋がっているわけでもない。

 だが、父は言ったのだ。

『弟と思って仲良くするように』と。

 だから、ヴィクトリアにとってはカミルは弟なのだ。


「分かっています」


 カミルはヴィクトリアが苦手とする悲しい瞳で見つめてきた。


「だから、どうしたら姉上と結婚できますか?」

「…………何も分かっていないじゃない」


 無理だと言っているというのに。


「教えてください」

「…………お前が強くなったら考えてやってもいいわ」

「強く? 強くとはどういったものでしょうか」


 顔を近づけて尋ねてくる。


「近いわ」

「強さとは肉体的な強さですか?」

「そうよ。モーリッツ近衛隊長のように強くなったら考えてあげる」


 カミルの動きが止まった。そして次第に微妙な表情をしてヴィクトリアを見つめてきた。


「なによ」

「モーリッツ近衛隊長は無理です。別の案を教えて下さい」

「何でよ!」

「モーリッツ隊長は熊を素手で倒せる方ですよ? 私には無理です」

「諦めるのが早すぎよ!」

「無理です。死にます。他の案を教えてください」


 モーリッツとは、コーニリアス王国の王族を護る近衛隊の隊長を勤める男性で、齢六十となるが未だ現役で活躍する屈強な騎士である。嘘か本当か、熊を素手で倒したと言われるほどに筋肉隆々とした男性なのだ。

 モーリッツのような人間は王国を探せど彼ぐらいしかいないだろう。

 全く諦める気配のないカミルの様子にヴィクトリアは深々と溜息を吐いた。


「そうね……じゃあ」


 ヴィクトリアがカミルの耳元に唇を寄せ、小さく内緒話のように耳打ちした。


「……たら、考えてあげてもいいわよ」


 聞き終えたカミルの瞳が大きく見開き、ヴィクトリアを真っ直ぐ見つめた。

 そして、やはり悲しそうに笑った。


「…………分かりました。約束ですよ」

「ええ、約束よ」


 夕暮れの日がひときわ赤く世界を覆う。逆光の眩しさにヴィクトリアは思わず目を細めた。

 向かい合っていたカミルの表情がどんな顔なのか、ヴィクトリアには分からなかった。






 約束を交わしてから十年が経った。

 ヴィクトリアは今、薄汚れた回廊を素足で歩いていた。

 手首には捕縛用の大きな縄が巻かれており、それがとても重い。僅かに歩くだけで手首が擦れてヒリヒリする。

 黒く美しかった髪は何日も洗っておらず薄汚れ、悪臭をはなっていた。

 辺りに人の気配はなく、監視するようにヴィクトリアの前後には衛兵が歩いていた。

 ようやく扉が見えてくる。

 ヴィクトリアはその先に何があるか知っている。

 前方を歩いていた衛兵が扉を開けば、数日振りに見る日光の光にヴィクトリアは思わず目を顰めた。

 明るい。今は、昼頃だったのか。

 投獄されてから一日中薄暗い檻の中で過ごしてきたせいで、体内時計が狂っていた。久しぶりに浴びる日の明るさに気持ちが凪いだ。


「進め」


 立ち止まっていれば後ろにいた男に押される。仕方なく前に進めば。

 ああ、見えてきた。

 絞首台だ。

 横目で絞首台の前に座る男を見れば、そこには夫だった男が座っていた。隣には恋人だと思わしき女が愛おしそうに腹を撫でている。

 アンディ・コーニリアス。

 コーニリアス王国の第一王子にして、ヴィクトリアの夫だ。

 金色の髪が日の光と共に輝き、処刑場とは場違いなほどに整った洋装で腰掛けていた。わざわざ正面に椅子を用意してくるあたり、本当に悪趣味だと思う。

 隣に座り腹を撫でていた令嬢がクスクスと笑う。


「陛下ぁ……私、怖くて見ていられませんわ……」

「よしよし……抱き締めておいてやろう」


 そう言いながら隙間から明らかに覗いてくる視線が伝わってくる。言っていることと態度が真逆な女性ね……とぼんやり思う。


「ヴィクトリア・コーニリアス」


 絞首台の前に立たされると名を呼ばれた。


「王家に対する謀反、反逆罪、侮辱罪により絞首刑を下す」

「…………お前、裁判官?」

「……は?」


 宣告した男に対しヴィクトリアは思わず話しかける。


「罪状を言い渡す時に書状も無いし、謀反、反逆罪、侮辱罪って何よ。正式な名称があるでしょう? 国家反逆罪の正式な名称は国家忠誠義務違反罪。正しく言えないなんて、お前裁判官ではないわね。だとしたらこれは殺人罪よ。人殺し」


 悪態を吐けば、罪状を言い渡した男がみるみる顔を赤く染めていった。

 その様子を無視して夫であった男に視線を向ける。


「このような私刑、必ず痛い目に逢いますわよ、クソ旦那様。次に絞首されるのはきっと貴方達でしょうね。残念ですわ、私も椅子に座って眺めたかったのに」


 ハッと嘲笑えば。

 汚い叫び声が王子から上がったのち、「処刑しろ!」と叫んだ。

 無理矢理に縄を首につけられる。

 そうして間を置くこともなく、台の上に立たされると。

 床が、開いた。


 命がこと切れるその瞬間に思ったことは。

 大切な義弟のことでも家族のことでもなく。


(あんな男とこの先も結婚生活を送るぐらいなら、死んだ方がマシね)


 だからこの処刑は別に、何とも…………





 思わないの、だが。


「…………あら?」


 眩しい朝日の光と、鳥の囀り。カチ、カチと何かを刻む音が聞こえる。

 そして柔らかな寝台。

 そして、見上げてくる一人の男性。


「おかえりなさい、姉上」


 穏やかに微笑む美しき青年は間違いなく。

 ヴィクトリアの義弟、カミルだった。




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