表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/18

説得 1

あかね視点



「最近、また帰るのが遅くなっているようだが?」

 

 お父さんが、私の部屋の扉を開けて言ってきた。

 

「お父さんには、関係ないし」

「関係なくはないだろう。私は娘の帰りを心配している。

 それが、おかしなことかね?」

 

 このお父さんはいつも正論しか言わない。

 そろそろだ。

 私はもう、反抗できない子どもじゃない。

 

「お父さんいつもそうだよね。そうやって正論ばっかり。ちょっとは娘の気持ちを考えたらどうなの?」

 

 これにはお父さんも戸惑ったらしい。

 だが、彼は冷静に眼鏡のブリッジを押し上げた。

 

「それが?」

 

 お父さんはゆっくりと続けた。

 

「正論がそんなにおかしいかね? お前はまだ、子どもだろう。

 それに、お前は私に向かっては言いたいことが言えるが、他の人間に対してはどうだ?」


 ………………っ。

 私は下唇を噛む。

 

「お前は自分の意思表示が、得意な人間なのか? それほど協調性にすぐれているのか? お前の担任の教師から聞いたよ。北沢さんはいつも一人でいる、とな」

 

 ………………くっ。

 私は悔しかった。言い返す言葉がなかったからだ。

 

「そんな人間が社会に出て、どれだけ苦労すると思っている?

 ならば社会に出る前に、私のような正しい大人が、お前のような子どもを導いてやらねばならない。そうは思わないか?」

 

 痛いところを突かれた。

 私はたしかに、協調性というものがない。

 コミュニケーション能力だって、悔しいけど低い。

 そんな私が、社会に出てうまくやれるのだろうか。

 

「………………だ、」

 

 だから小説家になりたいんじゃん、

 とは言わなかった。堪えた。あぶない。

 小説の話題は、いますべきじゃない。

 今完全に論破されたら、後日彼に小説を見せたときに、説得する言葉が全部無意味になるからだ。

 だから堪えた。

 

「お前は、恥ずかしいことに、大人になりきれてない。

 大人ぶってる子どもだ。私のような大人から見れば、特にな」

「…………へぇ、じゃあお父さんは言うほど大人なんだぁ……。あんなにお酒飲んで」

「お酒を飲むことのなにが悪い。法律上、認められてることだろう。

 それともあれか? 酒を飲んでる大人はだらしない、とでも言うつもりか? たわけ。

 それは本当にだらしない人間に限る。私みたいに、節度を保って飲んでいる人間には適用されない。

 お前が思う大人、という尺度が、あまりにも小さすぎるのではないか?」

 

 …………………………ダメだ。

 お父さんはああ言えば、こう返してくる。

 しかもそのどれもが正論だ。

 果たして、この人を説得できるのだろうか?


「お前、まだ小島一茂とやらにあっているのか?」

「洋太だよ。小島洋太。一茂はペンネーム」

「どちらでもよかろう。私に電話番号を教えなさい」

「はっ、な、なんで!?」

「なんでもだ。彼に直接はなしをつける。もうお前と会うのはやめるようにな」

「そ、そんなっ、それに小島くんに会ってたなんて証拠がどこにあるの!?」

 

 お父さんはギラリと、私の方を睨みつけた。

 

「――ちがうのか?」

 

 その目を見て、嘘はつけないと思った。

 

「そう、です……」

「ならば電話番号を教えたまえ」

 

 私は小島くんから聞いていた、電話番号を教えた。教えてしまった。

 ごめん小島くん。

 もしかしたら、お父さん説得できないかも知れない。

 



 

 洋太視点



 いつものように勤務していると、ふとスマートフォンが鳴った。

 

「なんだ?」

 

 俺はゆっくりとをそれを持ち上げ、知らない番号からだと気づかされる。

 俺にこの番号の知り合いはいない。

 

「……もしもし」

「………………キミが、小島一茂くんとやらかね?」

「そうですけど、なにか?」

 

 一茂? ってことは出版関係者か? それとも粘着質なファンか?

 俺は次の瞬間、その答えがどちらでもないことを知る。

 

「私の娘が世話になっているようだね。私は北沢あかねの父親、北沢圭一だ」

 

 なっ――――――、

 俺は心臓が止まるかと思った。

 北沢の父親、だと……。

 胸の高鳴りが、どんどんひどくなっていく。

 下手したらその場に倒れそうなくらい、緊張してきた。

 

「それで、何の用ですか?」

 

 俺はあくまでも、素っ気なく聞き返す。

 下手なことは言わないように、できればしたい。

 

「やめて欲しいのだ。あかねとキミは、師匠と弟子の関係性に当たるそうだね?」

「そうですけど、それがなにか?」

「だからそのカンケイをやめて欲しいと言っている。あかねの帰りが遅くなるわ、あかねが小説家になりたいと言い出すわで、迷惑しているのだ、こちらは」

 

 勝手なことを言いやがる。

 だが、予想はついていたことだ。

 いつか似たような展開になる、とは、俺も考えていた。

 あかねが作家になりたい、ということは、父親に反対されている。

 そしてその父親が、ついに俺にも口出しするようになったのだ。

 

「オタクの娘さんとは、しっかり話したんですか?」

「もちろんさ。した上で、キミに電話を掛けている」

 

 俺は嘘だな、と思った。

 俺にはそれを、確認する術がない。

 北沢は多分、どこかで論破された。

 かなり早い段階でだ。きっと親がパソコンを買い与えている……とかなんとか、上からの理由を突きつけられたに違いない。

 それを持ち出されれば、彼女も反抗できなくなるからだ。

 

「とにかくこういったことはやめていただきたい。金輪際な。

 娘の学力も、そのせいで落ちてきてしまっているのだ。

 キミは学生にとって、学力がどれだけ重要かわかっているのかね?」

 

 それは………………聞いてないことだった。

 北沢あかねの成績が、落ちていた?

 多分、北沢も心苦しくて俺には言えなかったのだろう。

 言ったら、もしも言ったら、俺は何と言っただろうか。

 多分、「じゃあやめにしよう」とでも言っただろう。

 そうしたら北沢は、ショックを受けたのではないか?

 だから成績が下がったことは言わなかった。

 

 ……はは。

 

 なんだよ、北沢。お前も、この関係性続けたかったのか。

 確証はない。だが、北沢ならそう考えるだろうなと言う、確信がある。

 俺と彼女が過ごした時間は短いが、それだけわかり合えたことも多い。

 

「むりだ、といったら?」

「――金を出そう」

 

 思わず口笛が出てしまいそうなほどに愉快な回答だった。

 クレバーな回答だ。思わず拍手したくなるくらいに。

 相手は、大人だった。

 大人ぶっている大人だ。

 お金があればなんでも解決できると思っている。

 

「なんのつもりだ?」

「プロなら、五十万でどうだ?」

 

 気分が悪い。俺は早々にこの話を打ち切りたかった。

 

「あんたはなにもわかっちゃいない」

「わかっているさ。あかねの受講料として、だ。決して理由のないお金ではない」

 

 なるほどそう来たか。

 俺があかねに小説の指導をした、その対価として、お金を払おうというわけか。

 ふざけんな。納得できるか。

 

「むりだ。むりな相談だ」

「そうか。ではキミは、どうやったらやめてくれるんだ?」

「あかねさんが自分からやめると言い出すまで、ですかね」

 

 俺はさっきから冷や汗だらだらだった。なんたってこんな緊張しなくちゃいけないんだよ。


「今のところ、それは難しそうでね。私も頭を悩ませている」

 

 ほら見ろ。

 お前は北沢のこと何にも考えちゃいない。考えてる振りをしてるだけだ。

 父として。親として、な。

 

「あかねさんがどれだけ努力したかも知らねーで、大人みたく偉ぶってんじゃねーよ」

 

 俺は強気で言った。ここで引いたら、つけ込まれる。それがわかっていた。

 大人というのはそういう生き物だ。弱気になった生き物を排除する。

 それが社会というシステムだからだ。

 ため息が聞こえた。

 

「キミも引かないね」

「引く理由がないんでね。引けと言われたら、さすがに納得できませんよ」

「やれやれ。君の要望はなにかね?」

 

 俺は、言った。息を吸って、覚悟を込めて。

 

「喫茶室『ららら』ってところは知ってますか? そこに日曜十七時に、来て下さい」

「それで、君の気が済むのかね?」

 

 俺は悟る。

 この男はどこか、この展開を楽しんでいる。

 そう思った。そう感じさせるだけの、なにかがあった。

 まるで俺がなにをしているのか、期待しているような。

 

「あぁ。あかねさんも来ると思います。彼女には僕から事情を伝えておきますんで」

「わかった。喫茶室『ららら』に十七時だな。名前くらいは聞いたことある」

「ありがとうございます。では」

 

 俺は早々に電話を切った。これ以上会話したくなかったからだ。

 俺は無言になったスマートフォンを見下ろして、思う。

 これでよかったのか。

 

 しかし、原稿は完成している。いや、完成まであと一歩というところだが、もうほとんどが完成している。

 ならば、それを読んで貰えれば、圭一さんにも納得して貰えると思う。

 だが、本当にいいのか、これで?

 妙な不安が俺の胸を抉った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ