ふたり①
沈黙が流れる
2人の間にあるランタンの灯りだけがゆらめき
それ以外のものはすべてが時間を止めたようであった。
(そうか、目が。だからこの闇夜をランタンも持たずに歩いていたんだ)
(なんで僕はそんなことにもきづかなかったんだ)
(ああ気まずいな、何か話さなきゃ、何か)
沈黙を破ったのは少女であった。
「あら、夜鳩が飛んでいるわね」
少女につられて空を見上げるがランタンの光は空までは届かずよくはわからない。
「見えないんだろ?」
当たり前の疑問が口をついてでる。
我ながら何とデリカシーがないのだろうと彼は顔をしかめた。
「そういうものらしいわよ、ヒトって」
「そ、そうなのか」
少女の気にもとめない澄ました顔にいくらか救われる。
「目が見えない代わりに、鼻や耳が効くようになることがあるんですって。不思議よね」
(ああ、それで)
夜鳩の羽ばたきを聞いて、彼らが飛翔していることに気づいたのだろう。
この荒野を一人で歩き回れるくらいだ、少女の残った五感は実に鋭く研ぎ澄まされているのではないか。
「だから変なのよね」
彼女の夜のような瞳がじっと見つめている。
「変って?」
思わず視線を外し彼が問い直す。
くんくんと鼻を鳴らすような仕草で少女が彼の方へ身を乗り出す。
(近いって)
半身をずらした彼を咎めるように少女は見つめている。
「いや、急に驚くって」
「むう」
口を尖らせ頬を膨らませたその顔は、先程までの凛とした大人っぽい表現とは違い、子どもじみたいたずらっぽい笑みを浮かべている。
(今どんな顔してるんだろ)
(この音、聞こえてないよね)
前髪を撫でながら気持ちを落ち着けていると、またも見つめる視線を感じる。
そっとそちらを見れば、少女は子どものような笑みは消え、凛とした表情にもどっていた。
「えっと、何かな?」
「変なのよ」
(だから何が?)
目を閉じ、深く息を吸うような仕草
少しの間何かを考えているようだ。
ややあって
「何も感じない。まるでそこにいないようだわ。今も、さっきも。
だからあなたが私に声をかけた時、私はどきっとしたの。まるで突然そこに現れたものだから。」
沈黙
いつのまにか胸の高鳴りは消えていた。
先程までは見ることができなかった少女の視線を、今は逸らすことができずに見つめ返していた。
「どうしたの?」
同じように視線を逸らさず彼を見つめる少女が問いかける。
「ごめんなさい、何か気に障ったかしら?それとも体調が?」
「ごめん」
少女の言葉を遮るように彼が呟く。
この暗がりだ、少女の目が見えていたとしてもきっと彼の表情はわからなかっただろう。
「ごめんって?」
彼を気遣っているのが声色でわかる
だから辛い。
「君には何か特別な力があるのかもね」
「なんのこと?」
話が噛み合わない感覚
彼の考えがわからない
少女は確かに特別だったのかもしれない
目が見えない故だろうか
声から、香りから、体を動かす気配から
相手の挙動や考えていることがなんとなくだが理解できた。
それが、今目の前にいる青年からはまったく何も感じられない。
だからこそわかることがあった
彼もまた何か特別なのだ
きっとその何かが今彼に謝罪をさせている。
「言いたくないことだったかしらね、こちらこそごめんなさい」
踏み込んではいけないことだってあるだろう
ましてやふたりは出会って間もないのだ
少女の好奇心が、彼の特別を識りたがっているとして
今それを追求するだけの図々しさも少女は持ち合わせていなかった。
「そうね、それじゃあ別のお話にしましょう、うちにいる犬のことなんだけど」
「はじめてだったんだ」
またも少女の言葉を遮る形になってしまったが、少女は静かに彼が話すのを待っている。
「夜に誰かと会ったのも、本当の僕にきづいてくれたのも、君がはじめてだったんだ、だからちょっと、驚いた」
夜鳩が再び空へと羽ばたく音が聞こえた。