第9話 傘と傘
いつの間にか雨が好きになっている自分がいる
今日も雨が降っている
季節が変わるその印
霧雨のような
粒の細かな雨音は
世界を優しい音で包む
傘を挿さずに
両手を広げて
立ち尽くしたい気分になるけど
風邪を引いたばかりでそれは
さすがに親も呆れるだろうか
そんな事を考えながら
いつもの道を歩いていると
公園脇を過ぎようとして
そこに一人の影を見つける
雨の音を聞くように
雨粒の声を聞くように
両手を広げて
立ち尽くしてる
薄い雨のカーテンが
ぼんやり姿を隠しているけど
こんな事をする人を
私は一人だけ知っている
「おーい」
と呼びかけ近づいてみると
予想通りに青葉くんだった
空色の傘を手にとって
彼は少し照れて笑う
「どうしても雨を感じてみたくて」
青葉くんが空を仰いで呟く
そんな彼の左手に
私はそっと指で触れる
「そんなに冷えてはないけれど
油断すると風邪引くよ」
私がそう言うと
彼は私の方を向き
優しく微笑み浮かべた
「そしたらお見舞いに来てくれる?」
青葉くんの言葉に頬が少し熱を持つ
「行くけど、元気な方がいい」
急に恥ずかしさを感じ
青葉くんの視線を防ぐように傘をずらす
雨の薄いカーテンが
表情を隠してくれると思うけど
それでも赤く火照った顔を
青葉くんに見られてしまいそうで
「そうだね。
風邪を引かないよう、気をつけます」
こくこく、と私が頷くのに合わせて
傘が揺れる
すると、彼の視線を防ぐように
傘を構えていたせいで
傘についた雨粒が彼に掛かりそうになり
私は慌てて一歩後ろに下がった。
なんだかバツが悪くなって
そっと傘の位置を元に戻すと
青葉くんは微笑み浮かべたままで
私のほうを見つめてた
「…人の事は言えないです
ご心配をおかけしました」
彼の笑顔が、
なんだか私に「お互いに、だけどね」
と、言っているような気がして
私は青葉くんに「ごめんね」、と言った
青葉くんは笑顔のままで
けれど何かいたずらっぽく
少しだけ笑みを歪めて返す
「時にはお休みするのもいいよ
違った顔も見れるから」
意味がわからず
きょとんとすると
青葉くんは屈託のない笑顔を見せる
「知らない一面知れるって
なんだかすごく幸せだよね
…そろそろ行こうよ
遅れちゃう」
やっぱり意味はわからないままだったけど
彼は笑顔を浮かべたまま、「行こう」、と言い
私の手をぎゅっと握りしめて手を引いた
その瞬間、私の思考は止まってしまう
繋いだまま歩くのは
傘があるから出来ないけれど
それでもほんの少しだけでも
手を繋げた、その事が
私を幸せにしてくれた
この小さな幸せが
いつまでも続きますように
虹は空には見えないけれど
心の虹にそっと願った
最後までお読みいただきありがとうございます
皆さんも、雨の日は体を冷やさぬようお気をつけください