第10話 鳴る音
君が休みと聞いたら
気づいたらそうしてた
インターフォンの前に立ち
固まったままになってから
もうどれくらい経っただろう
1分?
10分?
30分?
さすがに30分も経てば
不審な目で見られそう
このままでいても仕方がない
ここまできたらいくしかない
インターフォンに手を伸ばす
呼び鈴の音が鳴り響き
心臓の音も鳴り響く
どうしよう、と思っても
鳴らしたからには逃げられない
インターフォンの向こう側
受話器を取った音が鳴る
『はい、どちら様でしょうか?』
インターフォンの向こう側
聞こえてきたのは女性の声で
おそらく彼のお母さん
緊張しながら答えを返す
関係性はなんて答えた?
来た要件はちゃんと伝えた?
こういうときの私の頭は
いつも実に頼りない
扉が開き、出てきたのは
声の感じと同じように
優しい感じのお母さん
なんとなく彼に似ている感じで
それが不思議と嬉しかった
「はじめまして、こんにちは」
ここからこそが本番だ
青葉くんの部屋は意外とシンプルだった
もう少し何か飾り付けが
あるものだと思っていたけど
けれどこれはこれとして
なんだか納得できる気がする
大体私の部屋だって
そんなに色々あるわけではない
机とベッドと本棚と
置いてあるのはそれぐらい
あまり視線を色々移しちゃ
不審者みたいで格好悪いと
彼の方に向き直る
彼はベッドで横になったまま
ほんのり頬を赤く染めて
焦点があっているのかわからない目で
こちらを見つめてた
「体調、大丈夫?」
聞いた直後に、馬鹿か、私!、と心で叫ぶ
大丈夫じゃないからこそ
私はここにいるんじゃないか
「お見舞い、来てくれた」
くしゃり、とくずれた笑みを浮かべる彼は
とても大丈夫そうには見えなかった
私が来たことで無理させてしまってる
そう思い、もう帰ろう、と立ち上がろうとしたとき
布団の中から青葉くんの右手が
弱々しく伸びてきた
私はあげかけた腰を下ろすと
無言でその手を取り
両手でぎゅっと包み込む
その手が持つ熱を
少しでも多く下げられるよう
少しでも早く良くなることを祈るよう
「冷たいね」
声も今日は弱々しい
いつもと違う彼の様子が
私の胸を締め付ける
「外にいたから」
握り締めていた片方の手を離し
青葉くんの額にそっと触れてみる
額に伝わる冷たさが心地よく感じるのか
そのまま彼は目を閉じる
目を閉じながら一言だけ
「ごめんね」
と彼は呟いた
小さく衣擦れの音がした後
部屋は静寂に包まれる
かちっ かちっ
時計の針が
時を刻むその音だけが
確かに時は流れていることを
私に告げてくれている
彼の顔をしばらく見つめ
眠りについたことを知る
かちっ かちっ
という音以外に
とくん とくん
と音がする
高鳴る胸の打ち鳴らす音が
零れ出そうになる前に
私は君から視線を外し
もう帰ろう、と心に決める
立ち上がろうとした時に
左手に感じる強い感触
確認するまでもなく
それは青葉くんの手の感触で
けれど彼は目を開けることなく
静かに寝息を立てている
二人を繋ぐこの距離が…
いつか願ったそんな思いが
ふいに胸の内をよぎる
立ち上がりかけた身体を向け直し
彼の寝顔をもう一度見つめる
熱で赤く染まった頬に
そっと左の手を添える
その手をそのまま滑らせて
君の首筋にあててみる
かちっ かちっ
と音が鳴る
とくん とくん
と胸が打ち鳴る
いつの間にか彼の熱が
私に移ったような気がした
最後までお読みいただきありがとうございます
雨と熱