洗礼には洗礼、または戦線布告(違う)
「同じく一年のアリスティア・メイデンです」
一歩前に出て軽くお辞儀をしたアリスティアはす、と伸ばした指先に炎を現出させる。
最初小さく灯るだけだったそれをぱっと空に放つと十個の炎がアリスティアの周囲に散った。
等間隔で綺麗に並んだそれらが一瞬でぱしゃん、と音を立てて水に変わり、次の瞬間には氷の花へと変わり、そのまま粉々に砕け散った。
アリスティアの周囲にきらきらと氷の欠片が舞いながら溶け消えていくさまは実に幻想的だった。
アリスティアがぺこりとお辞儀をした後も、皆暫く動けずにいた。
(あ〜……)
ジュリアはその場で頭を抱えたくなった。
アリスティアが披露した魔法は別段珍しいものではない。
本人も加減したつもりなのだろう。
だが、展開が早すぎる。
火の魔法の後に相半する水魔法、そのまま氷魔法への展開。
それらを一瞬で、しかも無詠唱でやってのけるとか、鮮やかすぎて手品じゃないかと疑われそうだ。
「あの、先生……?」
何かやらかしてしまったかと尋ねるアリスティアに石化が解けた魔法講師は、
「はっ……!み、見事だった、アリスティア・メイデン、うむ。察するに君は既に妖精から祝福を受けているのだな」
「?いえ、私はまだ妖精にお会いしたことはありませんが __」
さっき生徒達と戯れてるのは見たけど。
あれは会ったとは言えないと思う。
「馬鹿な!妖精の補助なしであの速度での展開など出来るはずがない!」
「いえ、先生妖精がこっそりこの国の人間を助けるのは良くあること。単に彼女本人が気付いていないだけでは?」
当人を置き去りにした議論が始まりそうなところに、
「いや、彼女の言う通りだ。今の魔法に妖精は力を貸していない」
口調は穏やかだが思わず頷かずにいられない強さを持った声が割って入った。
「お、王子殿下……」
(あちゃ〜……)
ポーカーフェイスを崩さずにジュリアはその“王子様”を観察する。
伸ばして緩く止めた金髪も肌も少し褐色に近いが、その青い瞳といい纏う雰囲気といい、確かに無駄にキラキラしている。
身長が高いせいでぱっと見野性味があるように見えなくもないが線も細いし、何より整ったパーツが繊細で甘いマスクとはこういう顔を言うのだろうって感じの顔だ。
手の平に妖精を乗せて語らう姿などさぞ絵になることだろう。
流石妖精王国の王子様である。
などと素早く分析するジュリアの横で、「王子様……?」と呟くアリスティアの姿は側から見たら“初めて王子様と会ってどうしていいかわからない女の子”だが、「え 接触早くない?乙女ゲームの範疇からは外れてるはずよね?」と爆突っ込み中である。
が、「王子がそう仰るなら……」とあっという間に収束した。
聞けばこの国の魔法使いは殆どが妖精からの補助を受けて魔法を行使するのが殆どで、今ここにいる一級生も例に漏れない。それ故妖精の助けなしにあれだけの魔法を行使するのは“有り得ない”と映るらしい。
だが、妖精が手を貸した魔法とそうでない魔法は見る人が見ればわかるのだそうで、この王子様は“見える”人らしい。
「この国の第二王子、エリアスだ。成る程君たちの留学にあたり一悶着あったと聞いたが今ので納得がいった。よくこれほどの人材が国外に出るのを許したものだ、アリスティア・メイデン嬢並びにジュリア・バーネット嬢、改めて歓迎する。我がフェアリア王国の王立アカデミーにようこそ」
そう言って握手を求めて来る王子様に他意は感じられなかった。
私達が「よろしくお願いします」と握手を受けると何故か拍手が起こった。
__なんだこのイベント。
そう思いはしたものの最初に思わぬ時間を食ってしまったので、急いで他の授業を周り、手早くメモも取って私達は帰路に着いた。
着替えと夕食と湯浴みを済ませて夜のティータイムの席に着いた私達は文字通り顔を突き合わせて選択科目の最終選考に入った。
「まず魔法実技と妖精学は決定として、後はどうする?」
「必修課目は決まってるのにそれを週に何時間取るかは自分で決めろって変わってるわよね?」
「基礎が出来てる生徒と出来てない生徒では出だしも違うってことでしょ?どっちみちテストに落ちたら落第なわけだしね」
「成る程……」
__だから前期と後期とで選択し直すシステムになってるのか。
「薬草学と魔法学って微妙よね……」
魔法使いと薬草は切っても切り離せない関係だが、この王立アカデミーにおいて薬草学や魔法学は所謂研究者向けか世界史のような感じだった。
紛らわしいことに魔法薬学というのが必修課目であるのだ。
「興味が沸かないなら、どっちも取らなくて良いんじゃない?その分妖精学や魔法実技に回せばいいわよ」
「それもそうか……」
言いながらアリスティアはさらさらと書き込み始めた。