軟化していく元・日本史上最凶の通り魔犯(前編)〜〜事件の前触れ〜〜
この回含めて、あと7話で完結します。
完結まで毎日投稿しますので、是非とも最後までお付き合いください。
7月の梅雨時。
私は東京拘置所を訪れた。
もう今までの取材と合わせたら何回ここに来たかはわからない。
加藤みたいなタイプの死刑囚は何回か面会しないと引き出せないような難しい性格をしているが、実際は案外すんなりといっている。
前回、自分のことも話し始めたら、加藤は快く話を聞いてくれそうな感じはあった。
前回聞きそびれた、「一度行った秋葉原」で何があったのか。
今回はそれを聞きに行こうと思う。
それでもって、加藤と3回目の面会を果たした私ではあるが、加藤の表情は、どこか穏やかだった。
初回に会った時の無機質な目はもうなかった。
私としてもこれくらいの方がやり易さはある。
「加藤さん、前回聞けなかった、秋葉原で何があったのかについてですが……。」
「………そうかい。そういやあ、そうだったな。……何があったのか……か。」
加藤はフウッ、と一息ついた後で私に語り始めた。
「……アレは……事件を起こす数日前だったかな……。今思うと身勝手な理由になっちまうけどよ……。いつも通り仕事で荷物を運んでいる時だったんだよな。その時に俺は初めて秋葉原へ行ったんだよ。」
「……というと?」
「……そこでトラックの窓越しから見えたのは……楽しそうに笑っている人間の姿。……俺が見ちまったのは…他でもねえ、『他者の幸福』、といえばいいだろうかな。その光景を目の当たりにした時によ……。……フラッシュバックしちまったんだ。お袋に暴力を食らっている映像……記憶がな。」
「え………。」
この時私は信じられなかった。他人の幸福を見てなぜ自分の記憶が出てくるのか。
幾ら心理学を勉強していて、カウンセラーの資格も持っているとはいえど、こればかりは意味が判らなかった。
そして加藤は続けた。
「……あの後は今でも覚えてるさ。……荷物を届け終えた後……俺が惨めに感じちまってな……。」
「……惨めに感じたとは……どういうことですか?」
「……俺は……誰かとあんな風に楽しそうにしたことがなかった。そればかりか、楽しみも何もなかった。運送業ってのはほぼ毎日出勤する。……上司とも上手くいっていなかったしな。実際。いくら東大を一個も単位を落とさないで卒業出来たとしても……大手の企業には就職出来なかった。……それまでコミュニケーション能力は皆無だったからな。就職しづらいのも当然さ。それまであの母の下で暴力を受け続けていたしな。……それがあの時に出ちまった。……本当に……無力感で一杯になって、休憩で立ち寄ったコンビニの駐車場で……俺は泣いたさ。なぜ俺は……あんなに人生を楽しむことが出来なかったんだろう、ってな。」
この時、私はいたたまれない気持ちになった。
そして、加藤と私との違いを理解した。
「逃げ場所の有無」だ、と。
勿論、加藤が6年前にしたことに同情は不可能だが、あの時烈火の如く暴れていた加藤は、怒っていたのではなく、泣いていたのだ。
いたたまれない事件ではあるし、その解き放たれた加藤の怒りの、とばっちりを受けた被害者や遺族の方には不謹慎なことを言うかもしれない。
加藤の起こした身勝手な事件、といえば聞こえはいいが、職業柄、本人にしか分からない裏側を聞けば見方は180度変わる。
「加藤自身もまた被害者」なのだと。
「アニメオタクに対しての怒り」というのが報道でも世論でも、の大筋の見方ではあるが、視点を変えれば「悲痛な叫び」とも取れる。
今回の件も、歴代の凶悪連続殺人犯も、「誰かに俺の痛みを受け止めて欲しい」という、そんな欲求なのだろうな、とそう思うし、そういった人間は約8割がそういった境遇だ。
ルーツがしっかりしている分、誰が「真の容疑者」なのか、クッキリと真像が浮かび上がってきた。
そして、加藤はこうも言った。
「………事件当日のことを聞いても……話すことは出来ねえぞ……?」
「何故です……?」
「……覚えちゃあ、いねえからな。事件当日のことは。……覚えてんのは…道路に染み付いた血の跡だけさ。……あの時の俺は……怒りに支配されていて、完全に我を忘れていた。……言えることといえば、それだけだよ。瀬川さん。」
「……おそらく、別人格が現れていて、ということでしょうね……。」
「そうだろうな……。……ここまで聞いて……俺が怖いって思うか…? アンタは。」
加藤は私に対して、返答に困る難しい質問をしてきた。
確かに怖くないと言えばそれは嘘になるし、かといって100%同情もできない。
けれどもし、違う世界線で私と会っていたら、無二の友人になれた気がする。
今話を聞く限りだとそう思う。
「……私は…貴方を怖いとは思います。…けれど……。同時に同情する部分もある。子供の人格形成は親の教育法で決まるんです。貴方は貴方の母親によって造られた哀しき『殺人鬼』だと……私はそう思います。だって……私も同じなんですから……貴方と……。」
こう言った時に涙が出ているのがわかった。
加藤は意外そうな表情をした。
確かに私の過去も加藤は知っていた。
私が直接喋ったのだから。
その後で薄笑いを浮かべた加藤の目は潤んでいた。
そしてこう言った。
「ハ……ハハハ……なんでもっと早く……アンタと……瀬川さんと出会えなかったんだろうな……。もし会えてたら……こんなことしないで済んだのにな……」
加藤が大粒の涙を溢している。
だが、加藤の言っていることは私も同感だった。
本来は決して悪い人間ではないのだろう。
死刑囚といえど、何処か人間味のある男だ。
もし事件を起こす前に会えていたら、加藤も、被害者も誰も傷付かず救えたのかもしれないと思うと、私も涙が余計に出てきていた。
そして、少し涙も枯れてきた頃、加藤は唐突にこんなことを言った。
「……アンタは……その…『結婚』に……興味はあるか……?」
何故結婚? 今更?? 私はその問いに困惑を隠せなかった。
「は? え? な、なんですか? 急にそんな……。」
「拘置所には『獄中結婚』ってシステムがあるのはアンタも知ってんだろ? さっきの答え次第で言うかどうかを決めてたんだが……。結婚に……興味はあるのか? 瀬川さん。」
加藤が頬を赤らめているのが私の目から見ても明らかだった。
本気なのだろう。
「きょ……興味がないと言ったら嘘になりますけど……」
曖昧な返事を返さざるを得なかった。
まさか私などに興味を持つなど考えもしなかったからだ。
「そうか……。まあ……この際だからハッキリ言っちまうか。……処刑されるのも時間の問題っぽいし、な。……瀬川さん……俺と………………」
一つ深呼吸をした後、加藤はこう言った。
私も固唾を飲んだ。
「結婚……してくれないか……?」
「え………えええええええええ!?」
『獄中結婚』という単語が出てきた時点で察しはついていたが……まさか私に対してそのような言葉が出てくるとは……。
私も、頬が紅潮しているのがわかった。
あらすじにもあったような展開になってきたなって、気はしますけど……。
いきなり結婚は心が開きすぎましたねwww
次回、後編です。お楽しみください。