似たもの同士
加藤との2回目の面会となります。
この回の序盤はユナとのトークをメインにお送りします。
午後6時30分。
私は、ユナに指定された店でユナを待っていた。
地味な普段着で店に着いた私。
7時からユナは来る、と言っていたのでもうそろそろ来るんじゃないか……。
そう思っていた頃。
店に客足が強まっていく。
どうやらこの時間帯に予約していた人たちが大勢来たようだ。
それも大勢の団体で。
何かの懇親会だろうか。
ビアガーデンじゃあるまいし、そんな大人数で来なくてもいいのにな、と私は思った。
そんなこんなで25分後。
ユナが来た。
相変わらずキュートな軽い格好をしている。
普段ネイリストとして働いているユナは、オシャレにも気を遣う。
美のプロといったところだろうか。
「お待たせ、晴香。」
そういって私の前にヒョコッと現れたユナは、私について来てと促して店の中に消えていった。
「かんぱーい!!」
そういって私たちは、注文したハイボールのジョッキを重ね合わせた。
グラスの音と氷の音が乾杯によって重なり合っている。
そしてユナはハイボールをグイーッッ、と一気に飲み干した。
対して私はちびちびと飲んでいる。
「プハーッッッ!! やっぱいいことが起こった日の酒は美味いわー!!」
どうやら私と違い、いいことがあったようだった。
私は加藤の取材は順調なのだが、肝心の本人からは何も聞き出せていないし、初回がああいう態度だ。
難航するのは目に見えていた。
それだけにユナの飲みっぷりは温度差が違い過ぎていた。
「ところで……ユナ、いきなり本題に入るけどなんかあったの? わざわざ私に連絡まで寄越してさ。」
「それ聞いちゃうー? 晴香ー。なんと……私ー……彼氏ができましたー!!!」
私と違い、男が寄ってくる性格のユナではあったが、今まで何人かと付き合っては別れてを繰り返してきたユナだ。
予想していたこととはいえ、半ば呆れていた。
「へー…どんな人?」
「スタイリストをやってる人なんだけどさ? この前コミケで会ってそっから意気投合しちゃってさー! 今熱烈ラブラブ中でさ! 今度映画館でデートする予定なんだ!」
「なんか運命みたいなもの、、感じちゃった、的な? そんな感じ?」
「そーそー!! ホントにカッコよくてさー! アニメにも詳しいし!! そんでもって予定もきっちり立ててくれてるの! 今度のデートも!!」
「そりゃー……。うん。よかったね。……でもアンタ飽き性じゃん。アニメ以外。正直心配でしかないんだけど。」
「いやいやー、『俺が君を飽きさせない』なんて言っちゃうような奴だよ!? 楽しみでしかないじゃん!」
「……どうかな。別に水差すわけじゃないしむしろ応援はするけど……。ホントにその人でいいんなら結婚は早めの方がいいよ。」
「まー、ゆくゆくは結婚とかは考えないとなーって思うよ?そういうアンタは男はいないの!? 全くそういう話、晴香から一切聞いたことないんだけど。」
「んー……私は……ないね。好きな人もいないし。……あ、でも最近取材を始めた男はいるわ。」
「ほー、どんな奴?」
「ユナ……ごめんね、幸せムードに嫌なもの刺しちゃうけど。……『秋葉原通り魔事件』って……覚えてる? 6年前の。」
唐突に今取材してる加藤の題材を出した私だった。
無言で頷いたユナもさっきの幸せ顔から一転して曇った顔になってしまう。
申し訳ないと思いながら私は話を続けた。
「でさ……。編集長に言われてさ、東京拘置所に行ったんはいいけど……。生い立ち聞こうとしたら帰れ!! って拒絶されちゃってさ。今どう引き出そうか画策してるところなんだよね。」
「あー……。アンタも最初そうだったよね。同じGTだったのが最初の出会いだったけど、晴香だけ1人でご飯食べてるから私が一緒に食べようって誘おうとしたらさっさと下げてたよね。食器を。」
「う……まあ……その時は私も親と色々あって尖ってたから……。」
「まー、よく晴香とは仲良くなれたと思ったよ私も。授業後にアニメショップ誘ったらキョトン顔してたし。でそっからアンタ足繁くあそこ通ってたじゃん。」
「いやー……正直初めてあそこ行くまでアニメのアの字も知らなかったからさ……。親に色々制限されてきて育ったからその反動なのかもね……。」
なるほどー、と納得したユナはこう続けた。
「まあアンタのことだからとことん人の心を引き出したいってのはあるかもしれないけどさ……。編集長にも言われたかもしれないけど、アンタとその男、似たもの同士だよ絶対。」
「そうかなー……。確かに母親の締め付けが強かったのは共通してるけど……。似てるかどうかはわかんないよまだ。本人ともちゃんと聴き出せてないし。まあ明後日また面会しに行くけどさ。」
「そー……だねえ。まあ晴香ならやれるよ絶対。私からアドバイスするんならさ……。絶対自分のことも喋った方がいいよ。そうじゃないとその男も心は開かないと思う。アンタの願望とかは絶対間違ってないと思うから、アンタはそのままでいいよ。」
「そうだねー。まあ、出来るところまでやってみるよ。アイツがいつ処刑されるかわからないから時間ないけど。」
そのあとユナと私は、3時間延々と話し続けた。
久しぶりの友人との会話はよく弾み、私は少し気楽になった。
そして2日後。
私はスーツを身に包み、東京拘置所に足を運んだ。
目的はもちろん、加藤と面会をするためだ。
そして再び、私と加藤はアクリル板越しに向かい合った。
「加藤さん……お久しぶりですね……。」
「……俺は前回……アンタに帰れと言ったはずだ。……それなのに何故また来た? ……俺なんかの話を聞いて誰が得をするんだ? ……あんなことをしたこの俺の話なんてよ。」
また加藤は私を突き放そうとした。
これで引き下がっては前回と何も変わらない。
私はこれまでの経過を話した。
「……貴方の妹さんやお父様に取材をさせていただきまして、貴方の過去が見えてきたんです……。さぞかし……お辛かったでしょうね……。」
「……そうか……。だが同情は要らない。俺の方が逆に聞きたい。…アンタはなんで俺を……俺なんかに興味を持ってんだ? 単純に仕事ってわけでもなさそうだ。」
「……死刑囚専門の記者、と言ったでしょう? 前回。私も貴方と似た過去を持っているんです。」
そう言って、私は加藤に左腕の裾を捲り、加藤に傷跡を見せた。
タバコを押し付けられた跡。
今でも残る私の刻み込まれたトラウマ。
加藤は驚いた顔をしていた。
まるで何かを感じ取っていたかのように。
「前回も言いましたが、貴方みたいな凶悪犯を生み出したくないという想いでこうやって取材をしているんです。…凶悪殺人犯の8割は私や貴方みたいに虐待を受け、情報や娯楽を何も与えられなかった子供の成れの果てだといいます。……だからもう2度と、そういう教育のもとで育ってしまわないように……今の活動を続けているんです。」
「……『似たもの同士』ってやつか……。」
加藤はこう呟いたあと、おもむろに作業着を脱ぎ始めた。
手錠を繋がれているとはいえ、慣れた手つきで脱ぎ始めた。
そして後ろを向いた。
そこにあったのは、「明王」の刺青だった。
「俺も母親から虐待を受けて育った。熱された油をかけられたり、殴られたり、それこそ風呂に沈められたりな……。この刺青は火傷をした傷を隠すために打ったものだ。」
「なるほど……。」
「……アンタから送られてきた手紙を見たよ……。取材した内容がこと細やかに記されていてな。……アレは全部事実だ。今でも夢に出るほど……、俺の中で強く残ってる。……忌まわしい記憶が……な。」
加藤の眉間に皺が寄っていた。
客観的に見て、異常もいいところだった。
私は就職してから年一回、催眠療法を受けてトラウマを少しずつ克服しているのだが、いくら傷を隠しても残る心の傷跡。
それが加藤唐助という凶悪犯を生み出し、今もなお加藤に根付いている「モンスター」。
確かに起こした事を同情するわけにはいかない。
立場が違うのだから。
だが、生育環境には同情せざるを得なかった。
あまりにも似すぎている。
私も一歩違えば加藤と同じように犯罪者に成り下がっていたかもしれない。
そう考えると私はよく踏みとどまれたなと思う。
「……アンタが死刑囚だけを取材してきている意図はわかった。……だが……。動機を聞いてどうするんだ?」
「確かに、何故こんなことを起こしたのかは私にはわかりません。けれど……貴方の考えてることは分かりますよ……。」
「というと……? 瀬川さん。」
「……あの時秋葉原で何があったのか……。一度行った秋葉原で何を見てしまったのか……。手に取るようには分かります。けれど……貴方がそれを話してくれないと『トリガー』が分からないんですよ。」
「ああ……それはだな……。」
そういった時に刑務官から、時間だ!! と声をかけられた。
今日はここまでのようだった。
「では、加藤さん。また次回ですね。お会いしましょう。」
「ああ……悪いな、俺なんかに付き合わせちまってよ。」
そう言葉を交わし、面会室を私は後にした。
加藤は独房に戻る道中、刑務官と会話を交わす。
「……どうだ? あの記者さんとは。」
「…………俺とあの女は完全に人種が一緒だった。『虐待族』さ。だが……どこでそのレールがズレちまったんだろうな。……『過去に向き合って未来のために行動を起こしている』アイツと……『現実から逃げて他人の幸せをぶっ壊そうとした』俺とで……。どこで違えたんだろうな………。道を。」
加藤は物思いにふけながら独房に戻っていった。
一方私の方はというと。
「とりあえず……心は少し開いてはくれたのかな。けど……問題は『全てを聞き出す前に刑が執行されるか否か』。その現状は変わらないんだよな…。とにかく次……どうするかかな。」
心労を溜めた私は自宅に戻っていった。
書いてて一言。
温度差が激しすぎて違和感を禁じ得ないかと思いますw