邂逅〜死刑囚との出会い〜
今回はたまたま、僕のTwitterのTLで流れてきた、「秋葉原連続通り魔事件」を題材にしてみました。
勿論、事実として起こった事件ですが、物語としてはifを描いていますので、めちゃくちゃ重くなりますけど、
事件の賛否がどうあれ、「教育の犠牲者」の起こした犯行ということを知ったので、ラディカルフェミニズム教育をしている方々に「殺人鬼を生み出す教育」のメカニズムを話して、警鐘を鳴らしたいと思います。
僕も、そんな教育をしないよう、心に留めておくので、よろしくお願いします。
私は瀬川晴香。
25歳。死刑囚専門のジャーナリストをしている。
死刑囚がどういった過去を持ち、次なる死刑囚の出現を防ぐには、世の親御様たちにどう言ったことを死刑囚との対談を通じて教えることができるか。
心理カウンセラーの資格も持っているので、応じてくれる死刑囚もいるが、大半がサイコパスばかり。
「俺は悪くない」というスタンスの死刑囚が多かった。
無論過去も聞くのに時間がかかった。
放送禁止ギリギリのことを記事にするので、編集長のウケも悪い。
それでも腐らずにやれているのは、「毒親」の下で育った経験からだろう。
私の母親は支配欲が強く、私が少しでも悪いことをしたり、間違えたことがあればすぐ暴力を振るい、娯楽も全くといっていいほど無く、ましてや他人から褒められたことがない、そんな過去を持っていた。
離れて暮らしている父が学費を出してくれたので、心理学部に通うことができ、カウンセラーの資格も取得できた。
『幽芳社』の雑誌、『アナーキー』専属記者として今働いている。
大学の時、一人暮らしを始めて、今では休日には秋葉原でアニメグッズを大量に買うほどの重度のアニメオタクなのだが、大学に通っていなければ、こんな経験なんて出来なかっただろう。
それほどまでに娯楽に飢えていた。
だからこんなにハマったのだろう。
私は休みの日をいつも通り秋葉原で満喫していると、突然、編集長から電話が入った。
仕事の依頼だろうか。
電話を取ると、「秋葉原で6年前に起こった通り魔事件の犯人を取材してほしい」という旨の連絡を受け取った。
受理しないわけにはいかない。
私は了承した。
場所は東京拘置所。
編集長が、既にアポを取っているとのことだ。
どうやら明日に予定を入れているらしいので、さっさと帰って準備することにした。
そして翌日。
スーツに身を包んだ私は、拘置所にて、その「秋葉原通り魔事件」の犯人と邂逅した。
私はその時は運良く授業を受けていたので、遭遇せずにすんだが、昼12時。
事件は起きた。
トラックで犯人が信号無視をして横断歩道を歩いていた歩行者に突っ込み、運転席から降りた犯人が近くにいた通行人を切り付け、メッタ刺しにしていった。
駆けつけた警察によって現行犯逮捕され、終息したが、犠牲者は15人に及んだ。
この通り魔の名は「加藤唐助」、事件当事22歳。
現在28歳。
一礼して面会に臨んだこの男のその目は、驚くほど無機質だった。
まるで、全てを憎んでいるかのような、世に絶望しているかのような目つき。
けれども、どこか空虚なものだった。
私は固唾を呑んだ。
今までとは少し違う何かが彼にはある。
私は名刺をアクリル板越しに見せ、面会を開始した。
「今日はよろしくお願いします。」
そう私は始めたが、加藤の反応は驚くほど薄い。
まさに「無」。
ジャーナリストとして、カウンセラーとして、これほどまでにやりにくい相手はいない。
難航しそうだな……そう思わずにはいられなかった。
そして加藤の重い口が開く。
「………俺になんの用がある……?」
低く太い、その声は、犯行時に絶叫していた男と同じ姿なのか。
とても怖かった。
今にも襲いかかりそうな声だった。
「私は死刑囚専門で取材をしていて、『殺人鬼を生み出さない教育法』を世の親御様がたに教えるために来ました。だから、加藤さん、あなたの生い立ちを聞きたいのですが……」
私がこう言った直後、ハッとしたような表情を加藤は浮かべた。
そしてこう、声を荒げた。
「もういい! 帰ってくれ!」
余程重い過去なのだろう。
私は直感した。
彼は泣いている。
それも、私と境遇がとても似ていた。
「……そうですか………。」
私は何回かに分けて取材した方がいい。
そう思った。
だが、全てを聞き終える前に法務大臣の方で死刑執行をされては堪らない。
時間はないが、心を開くのを待つしかない。
それまでは他の拘置所の関係者にでも聞くしか道はない。
「わかりました……ではまた後日。」
「………」
カウンセラーとしての勘がそう言っている。
何回も来ればいつか心は開いてくれる。
特に、加藤という男は典型例だ。
それまでは刑務官にでも聞いた方がいいか……私は面会場を後にし、担当している刑務官に加藤の普段の様子を聞いてみた。
「あー、アイツはなあ……」
そう切り出した50代くらいの刑務官は、加藤の様子をこう現した。
「とにかく変なやつで、本も見ねーし、運動場に行っても、座って30分ずっと空を見上げてんだ。特に何もするわけでもねえのにな。あと、メシの時、味噌汁があるだろ? アレのツユだけしか飲まねーんだよ。それも毎日な。あと、たまーになんだが、暴れる時もあるんだ。何かを思い出したかのように。でも本当に内向的なやつだと思うよ。本来は。ああいうのは、内に秘めてるのが大きすぎる。それが秋葉原のあの事件で出たんじゃねーかな? ネエちゃん。」
それだけ聞いているとただの変人なのだが、何を考えているか分からないわけではない。
ともかく生い立ちがあまりにも悲惨だということだけはわかった。
そうでなければ、ただ死を待つだけの拘置所で死んだように生きることはできないから。
生い立ちと秋葉原で何か繋がっていなければ、こんな事件は起きない。
とにかく私は、彼の生い立ちについて、彼の生まれた町、千代田区を訪れることにした。
非常に重い題材を書きましたが、書いてて、こっちが涙出そうですね。昔をふと思い出しましたね。
さて、ここから加藤の過去に迫っていくわけなんですが、また次回、さらに重くなるので、続きを知りたいという方は、ブックマーク登録をお願いします。
次回、「自分絶対正義」をお楽しみに。