ジョセフィーヌ流、山登り
馬車では移動できないくらいの険しい山道になってきたので、ここから先は徒歩で向かうことになった。
同時に馬車も守らなければいけないので、向かうのはジョセフィーヌ一人だ。
ドラゴンがいる山の頂上に令嬢が一人向かう――普通なら誰しもが止めるような状況なのだが、ジョセフィーヌ以外の三人は普通に送り出していた。
むしろ、ドラゴンが絶滅しないかと思っているほどである。
「それじゃあ、なるべくお待たせしないように早足で行ってきますわ」
「山を崩さないでくださいね、ジョゼフィーヌお嬢様」
「ジョセフィーヌさん、卵に触れるときは筋肉の力を一パーセントくらいに……」
「山ごと運んできてもいいぞ」
三人の真剣な言葉を冗談と受け取ったジョセフィーヌは、笑顔で出発したのであった。
待たせるわけにもいかないということで、ジョセフィーヌは少しだけ力を込めて一歩を踏み出す。
ギュンッと景色が後方へ伸びていくような感覚。
チーターのような瞬発力で険しい山道を移動していく。
数歩で長距離を移動したところで気が付いた。
「あら、道が途切れていますわね」
元々、人間が整備した山道ではない。
雨風で以前の道がなくなっていることなど日常茶飯事だ。
目の前には高さ五メートルほどある崖。
ジョセフィーヌは考える事なく――跳んだ。
驚くことに助走もなしに、身長の倍以上の垂直跳びをしたのだ。
「――よっ、と」
無事、崖上に着地。
それを次々と繰り返して登っていく。
しばらくすると、その着地する段差すらない高すぎる断崖絶壁にぶち当たった。
見上げると、山肌が天まで視界いっぱいに広がって頂上が見えない。
「これぞ山登り、ハイキングの醍醐味というやつですわね! この山以外は知りませんが!」
ジョセフィーヌは両手をワキワキと握ったあと、垂直過ぎて登るのが不可能に見える場所に意識をやった。
じぃ~と観察。
ジョセフィーヌの鍛え上げられた野生の勘が、プロのフリークライマーでも難しいような〝ルート〟を一瞬で導き出していく。
「うん、〝登れ〟ますわね」
そして、最後に決断させたのは筋肉だ。
小さなビスケットの欠片ほどのスペースもない岩の出っ張りに、そっと指一本をかける。
グバッと指の筋肉が膨張して、固まり、鋼鉄製の登山楔のようになる。
そこに全体重を乗せながら、懸垂トレーニングのようにスッと上へ。
次にまた脳内3Dマップでマーキングしておいた小さなくぼみを見つけて、指をかけて登る。
こうしてひたすら登っていくのだが、今度はジョセフィーヌの腕の長さでは届かない位置にくぼみがある。
その場合はというと――
「跳びますか」
指先で身体を引き上げる速度を急激に上げて――反動で跳んだ。
頭上からの風が気持ちいい。
あり得ない距離まで上昇したあと、重力がなくなるような空中で指先を再び引っ掛けて上へと登っていく。
ジョセフィーヌは命綱もなしで、これを繰り返して頂上へと登っていった。
標高はすでに雲がかかるような高さだ。
***
――それを崖下の馬車から見ていた三人は呆然としていた。
「ドワーフの私が言うのも何ですが、ジョセフィーヌお嬢様は本当に人間種族なのでしょうか……?」
「私がジョセフィーヌさんの石像の解説を入れるときは、種族は不明にしておこうかな……」
ベルダンディーとケインがしみじみと呟く。
それに対してグランツが、でも――と話を続けた。
「ボクがジョセフィーヌさんの身体を調べたときは、たしかに人間種族のものでしたよ」
「お、お嬢様の身体を調べ……!? 魔法の研究にしか興味がないような真人間だと油断していましたが、グランツ様はそんな目でお嬢様の身体を見ていたのですか……」
「そんな目って……純粋な研究対象としてです……! ただ、彼女の他の人間と違うところは、筋肉を鍛えることへの才能が高い……いや、ずば抜けて高すぎるということでしょうか」
グランツは思い出していた。
ジョセフィーヌと最初に出会った頃からすでに例の〝特殊な筋肉〟が付いていたが、一緒に居た数週間でさらに完成させていってたのだ。
魔王カロリングの〝特殊な脂肪〟と対になりそうなそれは、まさしく――
「鍛えることによって、際限のない強さを得ていく才能……人はそれを勇者と呼びます」
「ゆ、勇者!? まさか、ジョセフィーヌお嬢様が……」
「本来なら勇者のトレーナーが勇者を鍛え上げるのですが、そのトレーナーと勇者本人を一人二役でやって無限に高めていっているのかもしれませんね」
ベルダンディーはその話を聞いてふと気が付いた。
「でも、勇者と言えば聖剣を持った方ですよね?」
「その通り。聖剣は勇者の前に現れるといいますが……ジョセフィーヌさんは剣なんて持っていない。うーん、どうしてなんでしょうね……。もしかして、ドラゴンでも倒せば出現するとか? いや、しかしそれでは順序が……もしや既に……」
そうブツブツと呟いて仮説を立てていた研究者気質のグランツだったが、そこで思い出した。どうして自分がこの場所にやってきていたかを――
「あ、そういえばドラゴン! 生のドラゴンが見たかったのに、結局馬車で留守番になっていますよ! ああ、なんてことだ……見たかったな……ドラゴン……」
そのままショックを受けて頭を抱え、しゃがみ込んで拗ねたように土の地面を見つめてしまう。
「ドラゴンなんて滅多に視る機会がないというのに……」
「あ、あの……」
「しかもただのドラゴンじゃなくて、この魔境のような山のドラゴンだ。さぞ、雄々しいに違いない……」
「グランツ様、ちょっと聞いてください。大変です……」
「走る姿も観察してみたかった……怒り狂ったらどれくらいの魔力を発するのかとかも気になって――って、ああ、失礼しました。なんですか? ベルダンディーさん?」
下を向いていじけていたグランツは顔を上げた。
その瞬間、視界に入ってきたのは遠くから走ってくる巨大な足つき卵。
よく見ると足の部分がジョセフィーヌっぽいので、きっとドラゴンの卵を前方に抱えて走ってきているのだろう。
問題は――砂ぼこりを大きく上げている、その後ろの生物だった。
「ぐ、グランツ様……早く馬車に乗ってください! 逃げますよ! ドラゴンから……!!」
「デカい……!」
こちらに向かって走って来ているジョセフィーヌの後ろには、四階建ての建物サイズの赤いドラゴンが激走してきていた。
空を飛んでいるのではなく、鋭い爪の生えた二本脚で大地を踏みしめて信じられない速度を出しいた。
ドラゴンの表情は読めないが咆哮しているので怒っているのだろう。
巨大な翼を左右に揺らしながら鳥類が走るような独特のフォームを取り、地鳴りめいた足音で一直線に向かってきている。
それを見たグランツは普段と違いテンション高く、極上の研究対象として眼を輝かせていた。
「うおぉぉおお!! こんな巨大なドラゴンは初めて見ましたよ! すごい! すごい魔力だ! すごい怒っている! すごいぞー!」
「ダメだ、コイツ……じゃなくて、グランツ様も頭のおかしな人間の部類だった。ほら、馬車にッ! 早く乗ってくださいッ!」
「うわっ、折角のドラゴンが目の前にいるのに!」
先に馬車に乗り込んでいたベルダンディーは、グランツの首根っこを掴んで無理やり荷台に引き上げた。
そのままベルダンディーは、ドラゴンを見た瞬間に気絶したケインも荷台にいること確認して、馬を走らせて全力で逃げ出していた。
「そんなっ! ドラゴンから離れてしまう! あ、ついでにジョセフィーヌさんもまだです」
「ああもう、ジョセフィーヌお嬢様以外――つまり私たちがあんなドラゴンに襲われたらひとたまりもありません! 今は全力で逃げるのが先決です!」
馬車の方に走ってくるジョセフィーヌは、当然のように馬車より速いスピードで追いつきつつあった。
大きな卵を抱えていて前方が見えないはずなのだが、なぜか後方ピッタリをくっついてきているのはもう誰も不思議に思わない。
何か視覚以外の感覚を使って前方の馬車を把握しているのだろう。
「仕方がない……今だけは研究を我慢して、ドラゴンから逃げる事にしましょう。あ、でも、ドラゴンが帝都まで追いかけてきたら事故ってことで研究ができるのでは? ボクの研究所が近くて便利ですし」
「グランツ様をここで蹴り落としてドラゴンの餌にした方が世界平和のためになりそうです」
「あっははは、ベルダンディーさん。聞こえていますよ~。あ、ケインさんが落車しましたね」
ドラゴンに追いかけられる極限の状況の中、グランツは爽やかに笑っていた。





