脂肪の呪い
ハムのようにパンパンに張った腕、山盛りのゼリーのようにタップリのお腹、顔に至っては脂肪で二倍ほどの面積になっていて目鼻のパーツが中央寄りに見える。
ハンサムで威厳のあるアースの引き締まった姿は、もうどこにもなかった。
「ふっ……以前の鍛え上げられた俺は見る影もないだろう? ジョセフィーヌ、お前もあの陰で笑って、見限ろうとしている者たちのようにすればいいさ……。まぁ、お前は優しいから哀れみを向けるだけだとは思うが――」
「ぷ……あははははは! なんですのアース、その姿!」
アースの予想に反して、ジョセフィーヌは大笑いをしていた。
それは今まで見せた事のないくらい羽目を外して、無邪気な子どものようだ。
「さ、さすがに笑いすぎじゃないか……」
「ええ、笑いますとも、ええ」
困惑するアースを、真剣な表情に豹変したジョセフィーヌはキッと睨んだ。
「陰で笑う者もいるでしょう。しかし、私はアースの前で笑ってやりますわ。この程度の呪いを受けただけで意気消沈してしまうなんて、本当にお笑いぐさですもの。わたくしに見せていた自信満々で、何でもこなしてしまうアースはどこへお行きになられたのかしら?」
「そ、それは……。俺は本当は弱くて、自信のない人間で……人前では偽っていて……」
「情けない。皇子なら民のために最後まで偽りきりなさい。わたくしが……わたくしが好きになったアースは! 筋肉だけでなく、心までしなやかでタフな意地っ張りな人ですわ……!」
それを聞いたアースは目を大きく見開き、呆然としてしまっていた。
ほとんど告白のように聞こえたからだ。
いくらアースが求めても得られなかったモノが、言葉が、目の前にあるのだ。
ワンテンポ遅れて、いくら鈍いジョセフィーヌでもそれに気付いてしまう。
「あっ……ええと……。か、勘違いなさらないで! 好きというのは友人として好意を持つという意味で……」
「は……ははは……! そうだな! 呪いのせいか、気の迷いか。どうやら俺は弱気になっていたようだ! ジョセフィーヌを俺のモノにするまでは突っ走るのみだ!」
「……何度も言うけど、絶対になりませんわ」
「いいや、絶対に俺のモノにする!」
いつもの調子に戻った二人は、今度はお互いに笑い合ったのであった。
それからしばらく二人は寝室で話し合った。
ジョセフィーヌは王都での詳細を聞き、妹が〝暴食の魔王〟と呼ばれる存在の依代となっている状態だと聞いて驚いた。
「王都でそんなことが……。それにカロリーヌは人が変わってしまったと思ったら、本当に人ではなくなっていて……。いえ、そんなことより、わたくしのことや、ベルダンディー、それに父まで助けて頂き感謝致しますわ」
珍しく殊勝にペコリと頭を下げたジョセフィーヌに対して、アースは照れくさそうに目を逸らした。
「はっ、打算だ打算。王国に対して楔を打ちこむ絶好の機会だったからな。帝国の地位を盤石にするためで、俺はそんなに善人ではない」
「でも、それだったらわたくしたちを助けてはいないでしょう」
「そ、それはだな……。ついでだ。俺くらいに大きな存在だと、大きな手のひらで知らず知らずの内に人を救ってしまう」
「ふふ、そうしておきますわ」
手のひらをニギニギして見せるアース。
ジョセフィーヌは、脂肪で一回り大きくなっているそれを見て言った。
「今は本当に手のひらが大きくなっていますわね」
「う……このデブった身体、本当に嫌になるな」
「そうですか? わたくしはちょっと可愛いような気もしますわ」
筋肉を重視していそうなジョセフィーヌの口から意外な言葉が聞こえ、アースはつい問い掛けてしまう。
「脂肪は筋肉と相反するものだろう、こんな醜い……」
「そんなことないですわ。そもそも筋肉も脂肪も、どちらもなければ人間は死んでしまいますもの。別に太っていても、その方が醜いかどうかは別ですわ。まぁ、どうやらカロリーヌは心に暴食の魔王という脂肪が付いていて大変醜いですが」
「ははは、ジョセフィーヌ。お前はそういう価値観か。やはり俺のモノになれ」
「はいはい、お断りしますわ」
「と言っても、頂点に立つ皇帝となるべき皇子が肥満というのは格好が付かん。それに今、帝都が豊かになった反動で肥満体が増えているのだが、その呼びかけで『健康のために痩せろ』と太った俺が言っても説得力がないだろう」
「確かに太った人間だと説得力ゼロですわね。なるほど、だからちゃんとした国の王様は均整のとれた体型が多いと……」
太っていることが帝国の将来に関わってきてしまうという立場。
そういうものもあり、アースは非常に気にしていたのだ。
「それならわたくしの出番ですわ」
「『筋トレをして痩せる』……だろう? 俺も試そうとはしたのだが、どうも呪いのせいで筋トレをやる気が起きないのだ……。さすがにこれでは、ジョセフィーヌでも無理だろう……」
「いいえ、楽勝ですわ!」
その言葉にアースは驚きを隠せなかった。
ここ数日、アースは痩せようと努力したのだが、そのどれもが弱くなってしまった意志で失敗してしまっていたのだ。
それをジョセフィーヌは楽勝と一蹴してしまう。
「い、いったいどんな方法なんだ!?」
と期待に胸を膨らませたが――
「地獄を見てもらいますわ」
「……」
ジョセフィーヌ基準の地獄。
アースは察して、ヤバすぎる危機感から脱兎の如く逃げようとしたが、丸々と太った世界最大級の兎のような身体では逃げ出すことはできない。
瞬きをする間に回り込まれていた。
「ジョセフィーヌからは逃げられない」