呪われ皇子、運命の出会い
〝特級封印指定区域〟の調査は困難を極めた。
何度か調査を行うも、不思議な霧で道に迷うし、異常に強いモンスターと遭遇する。
アースは心底、自分以外の者を調査に出さないでよかったと思ってしまうくらいだ。
もし、普通の人間を送り込みでもしたら犠牲者が出るのは確実だろう。
そんな中――この〝特級封印指定区域〟に関する情報が舞い込んできた。
それもただの情報ではなく、犠牲者になりそうな者の情報だ。
帝国の隣にある王国――国力も低く、有能な者を不遇の扱いをしていて、上の腐った王侯貴族たちによってお先真っ暗――という場所から、どうやら一人の人間が〝特級封印指定区域〟に送られてきたそうなのだ。
王国に送り込んだ間諜からの情報によると、それは悪役令嬢と呼ばれている公爵家のジョセフィーヌという女らしい。
「悪役令嬢……さぞ、心の醜い女なのだろうな」
こんな危険な場所に一人で送られてきたということは死罪にも均しい。
普通なら助けてやらないこともないが、悪役令嬢と呼ばれている心の醜い女なら放っておいてもいいだろう。
アースはそう頭の片隅に書き留めておいた。
「いや、そんな些末なことより、今は〝特級封印指定区域〟の調査だ」
――その数ヶ月後に再び現地調査を開始した。
森の中を歩きながら、いつもと違う違和感を覚えていた。
以前は霧が濃くて迷っていた場所が、なぜか進めるようになっているのだ。
季節? 天候? 何かの妨害魔法の発生源の異常?
様々なことを考えるも、現状では思い当たる節がない。
そのまま霧のない先へ導かれるように進むと、古い山小屋が見えてきた。
「こんなところに人が住んでいるのか……? 原住民に会えれば情報を得られそうだな」
中には誰もいなかったが、鍵のない戸を開けると生活の痕跡があった。
住民がいるのならぜひ話を聞きたい。
外の山道――土の地面に足跡が付いているのでそれを追うことにした。
「こ、ここは……洞窟……いや、ダンジョンか」
数十分かけて道なりに移動したところ、山の一部を切り取って穴を開けたような地形――洞窟に遭遇した。
独特な気配を感じる。
以前、危険なモンスターが生息するダンジョンで感じたモノと一緒だ。
ゴクリとツバを飲み込み、気を引き締めて暗闇の中に入る。
いくら普通のモンスター相手なら素手で余裕のアースでも、ダンジョンに生息するような上位ランクのモンスターから不意打ちされたらひとたまりもない。
「可哀想に……足跡はこの洞窟の中に続いていたということは、たぶん先に入った原住民はもう……」
調査も兼ねて、原住民の遺品だけでも持ち帰ってやろうという気持ちで奥へ進む。
徐々に目が慣れてきたがまだ薄暗く、ジメジメとした湿気だけを感じる。
「……ん?」
歩いていると、数十歩先の地面で何かが動いた。
子どもの胴体くらいあるヒモ状の物だろうか。
暗くて植物のツタにも見えたが、どうやらそうではないらしい。
「おいおい……冗談だろ……」
それは首をもたげて、アースを睨み付けていた。
大きく動いたことによって、シルエットや光沢の反射から正体が露わになる。
「ランク6……トリプルヘッドスネーク……」
大人複数を同時に丸呑みできそうな超巨大サイズの白蛇なのだが、異様なことに頭が三つあるのだ。
そのどれもが意思を持っているようで、三者三様の視線をアースに送りながら長い舌をチロチロと出して威嚇している。
アースはファイティングポーズを取るも、内心は緊張していた。
ランク6という位置づけをされているものの、実際に姿を見た者はおらず、伝承でのみ残されているようなモンスターなのだ。
ただでさえランク6というのは個人で対処するものではなく、武装した集団で対処する危険度。
「……ギリギリいけるか?」
鍛え上げられた筋肉と、積み重ねられた戦闘経験によって、相手との力量を察知することができる。
一対一で不慮の事態がなければ、何とか戦えるくらいだろうと考えた。
しかし――
『シャー!』
「なにっ!?」
気配を消していたらしいもう一匹のトリプルヘッドスネークが横から襲ってきた。
間一髪でバク転しながら避けるも、アースは気付いてしまった。
「囲まれているな……」
暗闇で気付けなかったが、すでに五匹のトリプルヘッドスネークが這い寄ってきていたのだ。
そこで冷静に悟った。
絶対に勝てない、これは死ぬ……と。
「もはやここまでか……。理想の帝国を作ると誘っておいてすまんな、グランツ」
そのとき――
「晩ご飯のキノコゲットですわー!」
緊迫した空気に似つかわしくない、ウキウキとしたテンションの女の声が聞こえた。
声の方向を見ると、奥で摘んだらしい大きな籠いっぱいのキノコを持って上機嫌の金髪ドリル。
アースは危険だと思って、大声で警告をした。
「に、逃げろ! ここは危な――」
「あら、こっそり見つからないように来たのに、ヘビさんたちが起きちゃってますわね」
弾かれたように襲ってきた巨大なトリプルヘッドスネークを、金髪ドリルは眼前で手づかみした。
衝撃波で揺れる。
それは亜音速で飛んできた設置型対城弩砲を受け止めるようなものであり、人間業ではない。
白く細い指先が硬い鱗にギリギリとめり込み、打ち込まれた強固な楔のようになっている。
「えい」
金髪ドリルは、巨大なヘビを片手で鞭のように扱って、他のトリプルヘッドスネークを一網打尽にした。
洞窟の内部が大きく振動して、パラパラと頭上から小石が落ちてきている。
一瞬でトリプルヘッドスネークたちは戦闘不能になり、勝負が付いた。
アースは呆気にとられていると、異常すぎる金髪ドリルが近付いてきた。
「あなた、ヘビは捌けますこと?」「す、すごい戦力だ原住民……俺のモノにならないか……?」
二人の問いかけは同時だった。
(は? 何だコイツ?)
そう内心で思ったのも同時だった。
アースと金髪ドリルの女――ジョセフィーヌ、二人の出会いは割と最悪の部類だった。





