最後の晩餐
少し手狭になった山小屋。
ドレッドとアースがテーブルの前に座り、ベルダンディーは侍女らしく部屋の片隅でスッと姿勢良く立って待機していた。
天井の梁に片手で掴まって懸垂トレーニングをしていたジョセフィーヌは、それを見て口を開いた。
「ベルダンディー、ここはお屋敷ではないのですから、もっと楽にしていいのですわよ」
「いえ、私はジョセフィーヌお嬢様――マッスリン家の侍女なので、ここもお屋敷だと思っています」
「まったく、貴女ときたら……。他の侍女や執事たちはわたくしたちから遠ざかったというのに、何が面白くて尽くしてくださるのか……」
ベルダンディーは何も答えなかったが、懸垂運動で上下する主人に対して視線を合わせっぱなしだった。
ペンギンが光を目で追うように首が動いているのだが、目と目を合わせて次の行動を考えるという侍女的なもので、可愛いと思ってはいけない。
外見は小さな女の子だが、それはドワーフの種族的なもので中身は大人なのだ。
「さてと、今日はお客様が三人もいらっしゃるし、わたくしが腕によりをかけて料理を作りますわ!」
「もしかして、また鳥の塩焼きとプロテインか?」
以前、山小屋に泊まっていたアースが先読みで突っ込んできた。
当てられてしまったジョセフィーヌは自信満々に返答する。
「ええ、その通りですわ!」
アースとドレッドの男二人は顔を見合わせた。
ジョセフィーヌに食事を任せてしまうと、大体が同じメニューなのだ。
「わ、我も料理を手伝おう……」
「そうしてくれドレッド、お前の手料理は宮廷料理にも引けを取らないからな。むしろ、メインで頼む」
「御意」
それを聞いたジョセフィーヌは眉を吊り上げる。
「わたくしをメインから外す気ですの!?」
「いや、しかしジョセフィーヌはレパートリーが少ないだろう」
「うぐ……」
ジョセフィーヌは反論ができなかった。
そのレパートリーの少なさを補うために料理上手のドレッドからレシピを盗んでいたのだが、ドレッドが作る料理が美味すぎて未だに試してはいないのだ。
「さ、サラダなら……」
「では、帝国第一皇子として任命する。ジョセフィーヌはサラダちぎり係な」
「屈辱……! こんな奴と偽りといえども婚約してしまうなんて……!」
「ははは、俺は自分が楽をするために人を適材適所に配置することは得意なのだ」
そのやり取りをジッと見ていたベルダンディーの視線に、ジョセフィーヌは気が付いた。
「あら、ベルンダンディー。笑顔だなんて珍しいわね」
「……これは失礼致しました」
「ふふ、勘違いしないで。珍しく笑顔のベルダンディーを見られて嬉しいのよ」
ベルダンディーは照れくさそうにしながら顔を逸らしてしまった。
結局、料理は四人で作ることになった。
ドレッドが調理をして、その補佐をベルダンディー。
アースは指示と味見で――ジョセフィーヌはひたすら野菜をちぎる。
たまにプロテインを混ぜようとするジョセフィーヌだったが、三人の鉄壁ガードによってブロックされる。
狭いキッチンで楽しそうに料理する姿は、家族か親友の集まりのようだった。
「完成ですわ!」
「作ってから言うのも何だが、鳥と卵料理が多いな……」
テーブルに並べられたのは鳥の焼き料理、鳥の蒸し料理、鳥のスープ。
それに卵料理の数々だ。
「筋トレの副産物ですわ! それにほら、わたくしの力作サラダもありますわ! サラダ! サラダの皿だ!」
「さすがジョセフィーヌお嬢様、美味しそうなサラダです。サラダとお皿をかけたジョークも素晴らしいです」
「……何かベルダンディーの言葉が普段と違い、グッサリ刺さって痛いですわ」
テンションだけで発言してしまったことを後悔したジョセフィーヌ。
「では、頂くとしよう。まず我はサラダの皿だ」
「じゃあ、俺もサラダの皿だ」
「私もサラダのお皿から」
三人からイジられ、ジョセフィーヌは頭を抱える。
「どんだけサラダの皿が好きですのォォ!?」
サラダはともかく、料理に舌鼓を打ちながら食事は進んでいく。
アースが持ってきた酒も入り、冷静沈着なイメージのあるベルダンディーが頬を紅潮させながら半目になっていた。
何度も確認するようだが、外見的には子どもに見えても、彼女はドワーフ種なので成人済みである。
「あの食の細かったジョセフィーヌお嬢様が、こんなにしっかりと食事をするようになって健康的に……。私は嬉しく思います」
「確かに昔はあまり運動しなかったし、食にも興味がなかったから痩せすぎていたような気が……。もしかしたら、それで怖い悪役令嬢のイメージが付いてしまった可能性もありますわね……」
突然始まった二人の昔話に、過去を知らない男性陣二人は聞き耳を立てていた。
何となく昔の事は聞けなかったので、興味津々なのだ。
ベルダンディーがそれをブロックする。
「む、ジョセフィーヌお嬢様を狙う不届き者がこちらを見ていますよ」
「狙われてないって……。ベルダンディー、お酒が入ってますわね」
「いいでしょう。愛しいジョセフィーヌお嬢様と私の思い出を語って、嫉妬させてやります」
「ドワーフなのにお酒に弱いのよね……この人……。髭もないし」
「キチンと毎日ムダ毛処理をしていますからね!! 何もしなくても素でお可愛いジョセフィーヌお嬢様と違って、色々と大変なんです! そう、ムダ毛処理する必要もなく、お可愛い小さなお嬢様と出会ったのは二十数年前――」
「なんて不自然な回想の導入」