ジョセフィーヌVSカロリーヌ
「ひぃっ、あれは最強の〝鋼鉄天使アクヤクレイジョー〟だ……」
「鋼の筋肉、熱い心で悪を一方的に蹂躙していく無敵の存在……」
「じょ、冗談じゃ……」
マスクを付けたジョセフィーヌの姿に兵士たちがうろたえ始めた。
男性陣にはバトル方面でこの作品が有名だったのだ。
「ぶっふぅぅ! お話のキャラが実際にいるわけないじゃない! さぁ、なます斬りにしておやりなさい!」
カロリーヌに逆らうと処刑だ。
兵士たちは仕方なく、目の前のヤバそうな存在に向かって走って行くしかない。
普通ならコスプレをした相手など、リアルな剣で戦えば勝てると思うのだろう。
しかし、なぜかそう思えない。
兵士たちはモンスターを相手に……いや、〝山〟を相手にしているような気分になってしまうのだ。
本能的に感じ取ってしまうそれは、つまり――
「ごめん遊ばせ!」
「ギャアアアアアアアァァッ!?」
極限まで筋トレしたジョセフィーヌには勝てないということだ。
ジョセフィーヌは兵士たちの攻撃を華麗なステップで躱し、的確に急所に拳を叩き込んでいく。
鍛え上げられた身体から放たれる攻撃は、全身鎧を簡単に撃ち抜いて兵士を気絶させる。
「あら、裏山で毎日狩っているタンパク質たちより、随分と弱いですわ?」
それもそのはず。
ジョセフィーヌが狩っているというタンパク質とは、一流の冒険者がパーティーを組んでやっと一匹倒せるというくらいのモンスターなのだ。
それをソロで狩り続けたジョセフィーヌは、いつの間にか実戦経験豊富なファイターとなっていた。
「な、なんだ!? 攻撃が全部避けられる!?」
「ふわぁ~あ」
長らく戦争を経験していないような兵士の攻撃は単調でアクビが出てしまう。
野生を生き抜いたモンスターの方が確実に戦闘技術が高い。
退屈で寝そうになりながら、不用意に近付いてきた兵士の頭部から下半身までの急所十五箇所にデコピンを打ち込む。
「ヒギャッ」
兵士は鋼鉄の鎧を弾けさせながら全裸で吹き飛んでいった。
普通なら死んでしまうような一撃だが、絶妙な手加減で気絶しているだけで済んでいる。
「ひぃぃぃ! む、無理ですカロリーヌ様ぁぁぁ!!」
「ええい、うろたえるんじゃないわよ! アンタたちなんて掃いて捨てるほどいるんだから、攻め続ければいいじゃない!」
「そんなムチャクチャな!」
兵士とカロリーヌはそんなやり取りをしていた。
ジョセフィーヌとしては軽度の筋トレにすらならず面倒くさくなってきたので、何かできないかなと考える。
「良いことを思いつきましたわ。皆様にも筋トレを経験していただきましょう」
頭部のマスクに集中して、重力発生モードにした。
元が鉄球なので何となくできると思ったのだ。
そして、できた。
「ッギャアアアアア!! 身体が重いィィィ!?」
兵士たちは超重力を浴びて、その信じられない負荷に悲鳴をあげた。
その場から逃げようとしたのだが、身体がいうことを効かない。
だが、それは重力のせいだけではない。
「よーし、わたくしにも丁度良い重さが来ましたわ。では、筋トレを開始致しましょう!」
「か、身体が勝手に筋トレを!?」
ジョセフィーヌの腕立て伏せとリンクして、兵士たちも腕立て伏せを強制的にさせられているのだ。
不思議な力なので抗うことはできない。
「いきますわよ! いっち、にっ、さんっ、しっ、ごっ――」
「ムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリ!!」
「ヒニャアアアアア!!」
元気なジョセフィーヌのかけ声と、兵士たちの絶叫が響き渡る。
五パターンくらいの筋トレを繰り返したところで、兵士たちは動かなくなっていた。
「あら、兵士さんって意外と体力がないのですね? 筋肉痛が取れたら、またこれを繰り返すといいですわ」
ジョセフィーヌは、眼のハイライトが完全に消えている兵士たちに笑顔を見せた。
そんな中、まだ一人だけ立っている存在がいた。
「や、やってくれたわね……兵士たちを全滅させるなんて……」
カロリーヌである。
超重力の中でもビクともせず、筋トレ洗脳の影響も受けなかったのだ。
我が妹ながらただ者では無い――とジョセフィーヌは感じた。
「謎のコスプレマスクめ……このアタシ自らが手を下さなければならないようねぇ……!」
カロリーヌは大ジョッキの蜂蜜をイッキしたあと、天高く放り投げた。
それが地面でパリンと砕ける音が合図となり、カロリーヌはドスドスと歩き始める。
遅い……と一瞬だけ思ったが、そうではなかった。
徐々に加速を付け、ドスドスドスドスドスと速度を上げていく。
歩行から疾走、疾走から馬車、馬車から早馬。
巨大な質量を持ったカロリーヌが速度を併せ持った場合、その破壊力は計り知れない。
「くっ!」
ジョセフィーヌは生まれて初めて回避をした。
背後にあった宮殿の壁が、カロリーヌの突進によって爆発するように吹き飛んだ。
「ブッフフゥ……」
無傷のカロリーヌは余裕の笑みを見せる。
そこで理解した。
カロリーヌもまた、何か特別な力を得ているのだと。
「どうやら、全力でぶつからなければならないようですわ……」
超絶なる筋肉とカロリーがぶつかれば、信じられないレベルの魔力的な爆発が起きるかも知れない。
だが、もうやるしかないのだ。
ジョセフィーヌは次の突進に備えて、全身の筋肉を隆起させ始める。
それは徐々に質量を増すようで、まるで今まで鍛えた筋肉が貯金となっていたかのようにメキメキと出現していき――
「ストーップ! そこまでだ!」
爆心地になろうとしていたその場に、男の声が割り込んできた。
「お、お前は……いや、貴方は! 帝国の第一皇子アース殿下さまぁ!?」
男――アースの声に、あのカロリーヌが跪いた。
力を抜いたジョセフィーヌもそちらを見ると、たしかにアースがやってきていた。
「え、アースさんって、本当に帝国の第一皇子でしたの……?」
今まで自称だと思っていたアースを本物だと知って、ポカンとしてしまう。
そんな中、堂々とした仕草のアースが話を進めていく。
「王国第二王子の婚約者、カロリーヌ嬢。貴女は、この彫像が気に入らないのか?」
「は、はいぃ。この像のモデルとなっているジョセフィーヌは、我が姉であり、悪役令嬢と呼ばれて追放した存在でぇ……」
「ふむ。今し方、そのジョセフィーヌと俺は婚約をしてきたのだが?」
「ブフッ!?」
驚くカロリーヌ、それはマスクをかぶって聞いていたジョセフィーヌ本人も初耳だった。
(アースサン、ドウイウコトデスノ?)
「ちゃんとご実家に挨拶もしてきた。親公認というわけだ、ハハハ!」
本人が公認していないというのを突っ込みたいのを、グッと堪える。
「そういうわけで、この俺の婚約者の像が建っているくらい普通ではないのか?」
「で、ですが……」
反論しようとするカロリーヌだが、アースは普段の気さくな口調ではなく、一国を背負った威厳を込めた言葉を発する。
「……この帝国第一皇子に意見するというのか?」
「い、いえ……滅相も……」
王国と帝国では圧倒的な国力差がある。
いかに王国の第二王子婚約者と、帝国の第一皇子婚約者という似たような立場であっても、その差は雲泥だ。
帝国が上で、王国が下。
「なら、此度のことは問題ないな。ついでに我が旧友ケインも処刑するのなら、俺がもらっていくぞ」
「は、はい……はぶぃぃぃ……」
カロリーヌは地面に頭をこすりつけながら了承し続けるしかなかった。





