良質なタンパク質には、良質な魂が宿る
準備を終えたジョセフィーヌは、手持ち無沙汰だったので筋トレをしていた。
ケインの作業場の前に待機している方が都合が良さげなので、静かなスクワットを選択。
床に負荷をかけてしまうと音が出るために、両足へ均等に体重を割り振る。
それと同時に深く腰を落とすことも意識する。
(こういう特殊なシチュエーションのトレーニングも悪くありませんわ……!)
音を出してはいけないという縛りがゲーム感覚となり、ジョセフィーヌは普段よりも夢中でスクワットをしていた。
気が付いたら、ドアを開けて呆然としているケインがいることに気が付いた。
「あら、ケインさん。休憩ですの?」
「あ、ああ……」
「それなら何か食べませんか?」
「それは以前も言ったけど、私は食欲がなく……いや、今は珍しくお腹が減っているな」
ジョセフィーヌは、それをすでにわかっていたかのように、キッチンと隣り合っているダイニングルームへ手を引っ張った。
「すぐに出来ますから、座ってお待ちくださいませ」
「そ、そうかい。ありがとう」
用意されていたのはカクテル用のシェイカーだった。
酒でも作るのだろうか? とケインは不思議そうに眺めている。
「ココアはお好きかしら?」
「うん、好きだよ」
「なら丁度よかったですわ」
ジョセフィーヌが取りだしたのは魔石。
それをゴリッと握り潰して粉にして、シェイカーの中に投入していく。
ちなみにこれは余談だが、魔石とはモンスターの体内にある核のようなもので、通常は魔道具のエネルギー源などとして使用されている。
非常に硬いため、普通は壊すことができない。
「えっ!? こ、これって魔石プロテインとか言ってたやつじゃ……」
「そうですわ。以前、良質なタンパク質を求めていたわたくしの身体が勝手に求めて、手で砕いて水に溶かしてみたところ、何か良い感じだったのでプロテインとしましたの」
驚くケインをよそに、ジョセフィーヌは工程を進めていく。
「でも、プロテインって不味いって聞くのだけれど……」
「心配ご無用、元の魔物によって味が違うのですわ。これは巨大な食獣植物ザヴォアスから取れた魔石で、牛乳に混ぜればココアの味になりますの」
慣れた手つきでシェイカーに牛乳を入れて、蓋をしてシャカシャカと混ぜる。
一定のリズムと、筋肉による超高速振動が耳に心地良い。
しばらく振ったあと、透明なコップに移し替えて完成だ。
「どうぞ、召し上がれ」
ケインは警戒するようにコップの中身を眺めていた。
見た目は、たしかにココアそのものだ。
粉を溶かしたときに出そうな、ダマは見えない。
愛情と筋力を込めて丁寧にシェイクしたためだろう。
「こ、こういうのは飲んだことがないけど大丈夫かな……?」
「疲れたときにはプロテインがキマリますわよ」
ケインはコップを手に持ち、鼻の所まで移動させてニオイを嗅いでみる。
何も問題はない。
ココアの香りだ。
「い、頂きます……」
本当は飲みたくないが、ジョセフィーヌに対して失礼になってしまうという気持ちが強かった。
覚悟を決めて一気に飲み干そうとした。
「んぐ、んぐ、んぐ……」
口内に入ってくるプロテイン。
感じたのは良質なココアの深い香り、のどごし、甘さ、風味、とにかく、ココアだ。
それでいて身体が求めるように、勝手に飲み続けてしまうような魅力がある。
「ぷはっ!」
つい飲み干してしまった。
しかし、それは数秒前の〝無理に飲み干そう〟という気持ちではなく〝おいしかったから飲み干した〟という印象に変化した。
「ジョセフィーヌさん……これは……」
ケインは感想を言おうとしたのだが、ジョセフィーヌはすでにキッチンに移動していた。
エプロン姿で野菜を切って、水にさらしながら、その間にオリーブオイルとレモン砂糖塩コショウのシンプルなドレッシングを作っている。
それに見惚れるようにしてケインは待つことにした。
「はい、サラダですわ」
「あ、ああ……ありがとう。でも、何かプロテインでお腹膨れて……」
サラダを持ってきたジョセフィーヌは、頬を膨らませて説明を始めた。
「いけませんわ! あくまでプロテインは良質なタンパク質を取るためのもの! いくらプロテインが万能でも、ちゃんと他の栄養も取らなければですわ!」
「そ、そうなのかい。何かお母さんみたいだ……」
「母親のように偉大な立場ではないですが、今はケインさんのために精一杯お世話します」
「じゃあ、遠慮なくお世話されてしまおうかな」
ケインはサラダを口に運んでみた。
事前に水で冷やしていたサラダはパリッとしていて、シンプルなドレッシングととてもよく合う。
プロテインで満腹感があったと思ったのに、これも身体が求めてパクパクと食べてしまう。
最近は食欲がなかったので忘れていたが、これが食べるという楽しみなのだ。
「ああ、美味い……脳がダイレクトに刺激を受ける……」
「食というのは人間の基本ですもの。そこを怠っては何事も成し得ませんわ」
「でも、不思議だ……。今まではあんなに食欲がなかったのに……プロテインに何か秘密が?」
いいえ、とジョセフィーヌは金髪ドリルを揺らしながら首を横に振った。
「ケインさんが筋トレをしたからですわ!」
「わ、私が筋トレを!? いつの間に……」
「この建物内に重力負荷をかけたのですわ」
「は?」
いきなり突飛すぎる単語にケインはそれしか言えなかった。
「そうすれば、普通の動作でも筋トレになって、身体が疲れて食欲が増しますの。ちなみにこれが鉄球を変化させた重力球ですわ」
「は?」
「これを維持して筋トレサポートしますわ!」
「は?」
そこでジョセフィーヌは気が付いた。
ケインが同じ反応しかしていないことを。
何か不味いことをしてしまったのではないかと不安になったそのとき――
「は? はははははは!! すごい、すごいぞ! 世の中はまだまだ未知に満ち溢れている! そうか、固定観念に縛られすぎていた! 創作も、もっと自由にしてもいいんだ!」
突然、何か吹っ切れたようにケインが立ち上がり、作業場へ走って行ってしまった。
それから作業場からは凄まじい速度で石を削る音が聞こえ続けた。
「芸術家って、スイッチが入るとすごいですわ~……」
ジョセフィーヌは再び音が出ない筋トレをして待つことにした。
この作品のために、資料としてココア味のプロテインを購入してみました。
水で溶かす方法と、牛乳で溶かす方法があったので両方で試し。
水で溶かす方は……うーん、薄いココアという感じでした。飲めるけど、進んでは飲みたくないかなーという印象。
逆に牛乳で溶かす方は美味しかったです。もう普通にココアやん! ココアとして買うよ! という感じです。
ただ、ダマになりやすいのでキチンと混ぜなければいけないようでした。
結構お腹が膨れるので、よい子(よい悪役令嬢)はご飯が食べられなくならないように注意しよう!





