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書籍発売記念SS『少年の星は輝いて』

書籍の発売を記念してSSを投稿いたします。

ステラの義兄レイモンド視点です。

ウェブ版にも書籍にも書けなかったレイモンドとステラの思い出話となっております。


 リンデール王国の王都のオペラハウス――入り口に掲げられている看板には『竜巫女物語』と書かれている。一般客のチケット売り場には長蛇の列ができており、今一番人気の演目だ。



「今日も大盛況だなぁ」



 茶色い髪と瞳の青年レイモンドもその列に紛れ込んで、ようやく席についた。会場の中は暗く、地味な容姿だということもあって、誰も竜巫女ステラの義兄レイモンドがいるとは気付いていない。現在、身を寄せている屋敷の主――アドラム団長が手配してくれた護衛がひとりいるが、そちらの方が存在感があった。


 席に着いて数分もしないうちに幕が開けた。


はじまりは竜巫女エステルの孤児院の頃からではなく、病弱な少年のシーンから始まった。痩せ細り、ベッドに根が張ったように横たわり、本だけが友達の義兄のシーン。



(どうやって調べたのか……本当にこの劇は再現度が高いなぁ。あの頃はこうやって外で観劇をすることなんて想像もできなかった……)



 レイモンドは演劇を見ながら、過去の思い出を重ねていった。

 少年期のレイモンドは孤独だった。親から感じるものは愛情よりも、後継ぎという傀儡人形への執着。

 家庭教師はいたが、教科書と課題だけ与えられ、特に会話をする機会もなかった。



 きちんと病を治せ――と父親であるヘイズ男爵からキツく言われているのか、医者の目には心配の色より、なかなか快気しないレイモンドへの苛立ちの色が濃かった。



 遊ぶこともできず、話し相手もいない。肉体からくるものなのか、精神的なものからなのか分からないが、いつも胸は溺れたように苦しく、潰されるように痛かった。



 そんなときレイモンドの前にヘイズ男爵が運営する孤児院から引き取られた女の子がやってきた。


「あたし、エステル。兄ちゃんを治すための妹になったらしいんだ。よろしく」

「俺の……義妹?」

「ぎ、ぎまい? よくわからないけど、仲良くしろだって」



 明らかに教育が施されていない口調で、曇りなき眼差しを向けながら手を出してきた。自分に負けないほど細く、自分よりも小さい手のひらは、レイモンドにとって救いの手になった。




 エステル――ステラが来てからレイモンドの世界は色付いたように明るくなった。常にそばにいてくれて、話す相手がいる。体調が辛くなれば本気で心配してくれる人がいる。


 彼女の能力は確かにレイモンドの身体を苦痛から救ってくれた。

 しかしそれ以上に心が救われ、たとえ能力がなかったとしても失い難い存在になった。



 ステラが文字も知らないというから勉強を教えれば、どんどん吸収し成長していく。魔法の本を読んであげれば、若葉色の瞳が星のように輝く。

 魔力も乏しく体の弱いレイモンドは魔法の見本は見せられない。それでもステラは心から喜んでくれた。それがレイモンドの生き甲斐になった。


「レイ兄さん、お世話になったら伝える言葉があるって、本で読んだんだけど……いつもありがとう。大好きだよ」


 ある日、照れくさそうにステラが呟いた。求めていなかったから教えてなかった言葉を、ステラが自分で考えて伝えてくれたのだ。


(ありがとうと言いたいのは俺の方なのに……救われているのはいつも俺で……っ)


 感謝の気持ちを生まれて初めて向けられたとき、こみ上げてくる歓喜の感情は言葉にならず、彼の瞳から涙として溢れ出した。


「レイ兄さん、どうしたの?具合悪い?ステラが治してあげるね」

「違うんだ。嬉しくて、つい。ステラ……俺も君が大好きだよ」

「えへへ。一緒だね」



 唯一の家族である最愛の義妹ステラを幸せにしたい――そう強く願った。








「エステルは聖女に選ばれた。ちょうど最西の森のダンジョンができたから、行かせることにした。くくく、これでヘイズ家は子爵……いや、お前が当主の頃には伯爵位も目指せるぞ」

「本気で言っているのですか?」



 久々に父であるヘイズ男爵に呼ばれ、聞かされた話はレイモンドの心を沈ませるには重すぎる話だった。



「ステラはまだ十四歳です! せめてあと一年、成人するまで待ってください!」

「うるさいぞ、レイモンド。お前の体もステラがいなくてもなんとかなるだろう。屋敷にはもう不要だ。それより国に献上したほうが利になる」

「ですが――」

「割り切れ。エステルは孤児院から引き取った駒に過ぎない」



 レイモンドの訴えも虚しく、ステラはダンジョンへと行ってしまった。

 聖女に選ばれたことは驚いたが、納得もした。レイモンドにとってまさに聖女だったからだ。誇らしくあったが、それ以上に寂しさが溢れた。



 それからはまた灰色の時間に戻った。

 功労金のお陰で生活は裕福になったが、ステラが命を捧げて得たお金を使うのには罪悪感が消えることはなかった。


 レイモンドはお小遣いのほとんどを宝石の購入にあてて、男爵夫妻に従順なふりをして密かに蓄えた。多額のお金を前にした両親は深く考えることはやめ、求めるだけお金を渡してくれたため、疑問を持たれることなく資産を集められた。


 両親である男爵夫妻に全てを任せていたら、いつか嫁ぐステラの持参金まで使い潰すのは目に見えていた。いつかステラが嫁ぐときに恥ずかしくないように、彼女が憧れるドレスを纏えるように、数年かけて貯めていった。

 最愛のステラがヘイズ家から解放される日のために、宝石よりも大切な妹のために――そうやって両親を騙し続けて五年の歳月を過ごした。


 それがまさか逃避行の資金になるとは、レイモンドも思ってもみなかった。


 数年ぶりに見たステラは少女から女性へと成長していた。痛々しいほど酷くやつれていたが、成長して生きている姿を見られただけで、レイモンドの覚悟は決まった。


(ステラのためなら、恨まれたっていい。俺は悪役になろう……)


 最善とは言えない手段しか浮かばず、ステラを傷つけてしまった。最後に恩返しができた――という思いは自己満足と言われても仕方ない。


 それでも彼女の鎖を壊せたことは、レイモンドの小さな武勇伝のひとつになった。





『妹さんを俺にください!』

「――っ!」



 リーンハルト役の舞台俳優の台詞で、レイモンドは追憶から現実に呼び戻された。

 ステージではオリジナルの脚本で構成されいる第三幕が演じられていた。竜人が義兄に向ってステラとの結婚の挨拶をするシーンは、前回にはなかったものだ。



「心臓に悪い……」



 レイモンドがバクバクと鼓動を感じる胸に手を当てた。

 それに比べ周囲の観客は感動で涙を浮かべて、義兄役が許す言葉を待ちわびている。



(俺は……きちんと許せるのかな?)



 レイモンドはポケットから青い笛を取り出した。

 種族の壁など微塵も感じさせないほど、本物のリーンハルトは文句のつけようがない男だった。舞台で演じる俳優よりも容姿端麗で、大陸で一番強く、義理堅く物腰柔らかな性格で、地位もある。


 ハッキリと報告されたことはないけれど、手紙からステラがどれだけリーンハルトのことを好いているかは知っていた。またリーンハルトの気持ちは前に会ったときから一目瞭然だった。


 つまり現実になる可能性は非常に高い。


 そう分かってはいるものの、何よりも大切な義妹を渡す想像をするだけで面白くない。

 理不尽かもしれないが、「駄目だ」と一度くらい言ってみたい気持ちが顔をだす――が、すぐに引っ込んだ。



(待てよ。凄すぎるハルさんの相手がうちのステラで大丈夫か? ハルさんの弟でアマリア公国のアレクサンダー王は、ステラのことを認めてくれるのだろうか)



 簡単に許したくはないが、大切なステラの恋が叶わないのはもっと嫌だった。



(俺の許可のシーンやってる場合じゃないって。俺の許可なんてどうでも良いから、アレクサンダー王の許可のシーンをやるべきだって!)



 思わず演劇の脚本家に心の中で突っ込んでしまった。軽すぎるかもしれないが、なんなら自分がアレクサンダー王に頭を下げるべきでは……と思った。

 彼がひとり焦っている間に劇中のステラと竜人は無事に結ばれ、幕が降りた。



 レイモンドは人の波に流されるようにオペラハウスを出た。そのあとは護衛に先導され馬車に乗り、居候先のアドラム団長の屋敷へと向かう。

 馬車に揺られながら、演劇の余韻に浸っていると、窓から青い鳥がこちらに向かって飛んでいるのが見えた。



「あれは――」



 馬車を一旦止めて、鳥を中に招き入れる。装着された筒からすぐに手紙を取り出し開くと、レイモンドは顔を綻ばせた。



 そこには楽しそうな義妹(ステラ)の新しい物語が綴られていた。


2021年1月15日に双葉社Mノベルスf様より単行本、および電子書籍が発売されました。

ウェブ版を加筆修正し、グレードアップしております!

どうぞ宜しくお願いいたします。

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