東の勇者の失恋
残念Sランク冒険者アーサーの後日談です。
番外編なので、軽く書いたものですので、軽く読んでくださると幸いです。
リンデール王国の最東の街ユルルク。王都より遠い街ではあるが、悲願の巨大ダンジョン踏破のお祝いムードは届き、過去にないくらい活気に沸いていた。
それはダンジョン踏破の立役者がユルルクで馴染みの冒険者だったためだ。ギルド二階にある食堂では連日その話で盛り上がっていた。
「同じくユルルクの冒険者として鼻が高いぜ」
「演劇で人気の天使に魔法を掛けてもらってたって、他の街で自慢できるな!あぁ、ステラさん元気してるかな」
「っつーか、相棒の青い亜人がブルードラゴンとか驚きだよな!天使とドラゴン、二人が組むのは必然だったのか」
「僕、リーンハルトさんから剣の筋が良いって褒められたんだよ。もっと練習頑張って、強くなりたいなぁ!」
以前ステラに助けられた若手の冒険者パーティは、思い出話に花を咲かせて黄金色のジョッキを傾ける。
冒険者たちだけではない。品行方正だったステラとリーンハルトはギルド職員にも人気で、ギルドの雰囲気は二人の話題で明るくなっていた。
「はぁぁぁぁぁぁ……」
そんな中、食堂の片隅では一人だけ呪詛のようなため息をつく男がいた。このユルルク出身の最強Sランク冒険者アーサーだ。
皆は遠巻きに見ているだけで、近づくものはいない。
「アーサー様ったら、なんて憂いたお顔をしているの?」
「昨日に続いて、今日もソロでAランクの魔物を二体も納品したらしいぞ。さすがに疲れたんだろうな」
「疲れ顔もカッコイイとか、さすがSランカーは違うな。男の俺でも目の保養になる。そっとしておこう」
空のような澄んだ青い瞳、サラリとした太陽の光りを集めたようなプラチナブロンドの髪、その光の恵みを受けてたような肌は褐色で、コントラストが綺麗だ。筋が通った鼻梁に薄い唇が整った容姿を演出し、一回り大きい体躯に長身は目立つ。
彼は「東の勇者」という異名が既にあるが、「異国の王子」と呼ぶ者も多いのも頷ける。
どれだけ暗い面持ちでも、絵になるので本気で心配する者は少ない。
「ス、ステラ……っ」
だからここ一ヶ月、アーサーがステラの名前を呟きながら失恋酒をしていることを知るものは少ない。
それよりも、どれだけの人がアーサーがステラに本気の恋をしていたと信じるだろうか。それほどまでにアーサーのアプローチは下手だった。というより酷かった。
「アーサーたん、新聞で国際的大カップル誕生の記事を読んでからまだ復活できないの。ミーリャ、これは重症でやばいの。元気づけてあげるなの」
「アーリャ、そうだねぇ。ウチラも面白がってたの悪かったしぃ。ってことで、アーサーたん、お姉さんたちに話してごらんよぉー」
臨時治療院の仕事を終わらせて、二階に上がってきた同パーティの双子がアーサーを挟んで座った。
ポニーテールで姉のアーリャは語尾に「なの」が付き、ハーフアップの妹ミーリャは語尾が伸びやすい。
「アーリャ、ミーリャ……」
双子はいつもアーサーをイジっで楽しむタイプだ。それがパーティの雰囲気を明るくし、軽い口がどんな危機的局面も「たいしたことはない」と思わせてくれる。
話すかどうか少し悩んだが、ただ胸に溜まった想いを昇華させたくて頷いた。
「ステラたんのこと本気だったんだねぇ?やっぱり、回復魔法に惚れた感じぃ?君の力に惚れたんだーって言ってたしぃ」
「ステラがここに来たばかりの時を覚えているか?暗い瞳をしていてさ」
「覚えてるなの。今のステラたんからは想像がつかない姿だったの」
一年半前のステラの瞳は、世界の不安に押しつぶされそうな色や悲しみを湛える色が濃かった。明るく気丈に振る舞っているが、アーサーからは必要以上に人の顔色を窺うように見えた。
常に人に囲まれ、自信に満ち溢れ、華やかな冒険者生活を送っていたアーサーにとって、ステラの印象は良いとは言えなかった。
しかし一度だけ臨時パーティを組んだとき、ステラのイメージが大きく変わった。
ある日、ユルルクの森で魔物に追われ、洞穴に立てこもり孤立している冒険者の救出の緊急依頼がアーサーに来た。負傷者がいるため、マダム・シシリーの指示でステラが急遽イーグルに加わったのだ。
洞穴の前は高ランクの魔物が囲み、状況は良いとは言えなかった。中に立てこもっている冒険者たちも無事かどうか怪しい。
(マダムの指示とは言え、新人には荷が重すぎる。たいてい緊張で動けず、足手まといになるのがオチだ。ここは一度ステラに離れてもらって待機を――――)
アーサーはステラに命令しようと視線を向けた瞬間、息を呑んだ。
ステラの表情は戦場に乗り込む覚悟ができたものだった。怯えや震えは一切なく呼吸は落ち着いており、既に足には魔力が纏わせられていた。まさに戦場慣れした熟練の戦士の姿。
新人とは思えない雰囲気もそうだが、アーサーはもっと別なことに驚いた。
揺らぐことなく洞穴に向けられたステラの瞳の鋭い輝きに目を奪われた。
抱いていた暗い印象を感じさせないほど瞳の淀みは消え、意志の強さを宿していた。その瞳は誰よりも美しく見えた。
「私のことは心配無用です。足手まといになるつもりはないので、どうぞ突入を」
ステラの声は緊張感を感じさせないほど穏やかで、無理に強がっている訳でないこともアーサーは驚いた。
(本当にあの気弱そうな新人なのか?ステラ、一体君は今までどんな)
そこまで思って、頭を振った。今は冒険者の救出が先決。アーサーは大剣を握る手に力を入れ、魔物の群れへと突入した。
無事に魔物は全て倒され、ステラの回復魔法で冒険者は一命をとりとめた。
それからアーサーはステラの瞳の輝きが忘れられず、彼女のことが気になるようになった。それが恋心であるとすぐに気が付いたアーサーは、まず好みを探ることにした。
普段のステラは寡黙だった。しかし酒で酔うと笑い上戸になり、よく喋るのを以前見ていたため、イーグルや師匠たちイケオジ冒険者を誘って宴会を開いた。
二時間もすれば、ステラは楽しそうに酔っ払っていた。
暗い顔の彼女より、ずっと良い。可愛い――――とアーサーが思っている間に、ステラは目を擦り始めてしまっていた。このままでは聞き出す前に寝てしまうと、慌てたアーサーは直球な質問をした。
「ステラはどんな人がタイプだったりするのかな?」
「えぇ〜どんな?へへへ、よく分かりませんね〜」
「じゃあ初恋の相手はどんな感じだったとか」
「王子!初恋は王子!でもピンチを助けてくれる王子なんてこの世に存在しないんですよ、どうせ!夢見すぎたんですよーふんっ。ははは、馬鹿ですよね〜私って。王子はどうせ権力と金の塊なんですよ」
好みと言っているはずの王子相手に、ステラは笑いながら恨み節を炸裂させた。
(ステラは絵本の王子にでも恋をしていたのだろうか?白馬に乗って、助けに来てくれるのは物語だけの話だ。それに憧れていたのか……可愛らしい)
ステラが本物の王子ライルに恋をしていたとは知らないため、アーサーはそう結論づけた。
「ステラは今まで何を褒められたり、求められたら嬉しかったんだ?今欲しいものとかもあったりするのだろうか」
アーサーの周りに群がる女の子はわかりやすかった。容姿であれば化粧に力を入れて、料理の腕前なら菓子を配ってアピールしていた。
「求められたら嬉しいもの……回復魔法ですかね〜あはは!ほんと、私にはこれしかないんで、嫌になっちゃいますよ!あー飲も飲も!ふふふ」
「そうか、力を求められたいのか」
「まぁ、そうなるのかな〜えへへ。あぁ眠いから帰りますね。おやすみなさーい」
「待て。そんなに酔った状態じゃ…………自由すぎる」
アーサーは心配して引き止めようとしたが、ステラは酔った状態でも器用に身体強化の魔法を使って、あっという間にギルドから出ていってしまった。
(ステラの理想の王子になりきり、力を求めたら振り向いてくれるのだろうか)
ギルドの出口に向けて伸ばした手を握り、アーサーはアプローチを決意した
「という訳なんだ」
過去を振り返り、アーサーは自嘲しながらグラスの底に残っていたワインを飲み干した。
香りが飛んでしまったワインは渋みだけが際立ち、自分のいまの心境のようだった。
馬鹿の一つ覚えのように繰り返しすぎて、途中からステラに引かれていた自覚はあった。
「そんなコトもあったねぇ。今更だけどアーサーたんがあまりにも単純すぎる件……びっくりぃ。本気で良いと思ってたんだぁ」
「ミーリャ、そこは阿呆なほど純粋すぎたって言ってあげるなの。よしよし、顔面に全て良いところ持ってかれて、どんまいなの。脳筋なら仕方ないなの」
「いや、ふたりとも慰めになってないから……」
アーサーは相変わらずマイペースな双子に肩を落とした。
自分でも自覚があるほど良い容姿のおかげで、いつも女性から口説かれる立場だった。冒険と戦いが生き甲斐で、口説き文句にしっかりと耳を傾けたことなどほんとんどなかった。そのせいでアーサーはステラを口説く立場になって、はじめて自分の語彙力のなさを痛感した。
「リーンハルト君……いや、今はリーンハルト様か。彼はどうやってステラの気持ちを手に入れたのだろうな」
「比べるまでもないでしょ〜ハルたん様に失礼すぎるぅ」
「ハルたん様は、アーサーたんよりステラたんのこと百倍理解してる様子だったの。乙女心ガッチリなの」
「そこまでか…………」
これは元気づけてもらうための独白ではなかったのか、と疑問に思いつつも不思議と心は軽くなっていた。
それほどまでに自分は酷く、振り向いてもらえなかったのが当たり前なのだと分かった。
「アーリャ、ミーリャ……僕はきちんと諦められそうだよ。聞いてくれてありがとう」
「こんな雑な扱いなのにぃー、ありがとう言えるアーサーたんはやはり単純すぎるぅ」
「メンタルの強さもさすがSランクなの!今度はきちんと誰かに先に相談すべしなの」
「とりあえず、ふたり以外に相談するよ」
アーリャとミーリャは「失礼な」と口を尖らせ怒ってくるが、実際は楽しんでやっていることは長年の付き合いから分かる。
「ひと狩り行こうかな」
冒険を恋人に出来たら良いのにと思うほど、やはりアーサーは根っからの冒険者だった。
そろそろ陽が落ちる時間帯だが、Sランカーの彼にとっては問題にはならない。未練を吹き飛ばすように魔物もぶっ飛ばして、気持ちを完全にスッキリさせておきたかった。
「ウチラも行くなの。治療院の仕事してて、暴れ足りないなの」
「魔力は大丈夫なんだろうね?」
「最強アーサーたんがいるからぁ、魔力切れそうになったら丸投げするので宜しくぅー」
「相変わらずイーグルの姫たちは、騎士の扱いが荒いなぁ。ははは」
金色の髪を乱すように頭をかいて笑った。「東の勇者」や「異国の王子」と異名はあるが、本質は「双子姫の騎士」がピッタリだなとアーサーは改めて思った。
「ゲイルとフランも行かないか?マイクは帰ったか?」
「お、ようやくリーダーも復活か。いいぜ。その代わり獲物は久々にSランクだからな?」
「アーサーさんがAランクで満足するようなポンコツのままだったら、パーティ抜けるところでしたよ。さぁマイクを宿から引きずり出して、最奥の谷に行きますよ」
どうせ暴れるのなら大物を狩りにいきたい。アーサーが近くで酒代を賭けてカードゲームをしていた仲間に声をかければ、反応は上々。むしろ予想よりも大掛かりな仕事になりそうだ。
三人ともアーサーや双子に負けないほど血の気が多く、狩りに生きがいを感じる根っからの冒険者だ。失恋はしたが、頼もしい仲間がいることに感謝した。
「場所は決まりだな」
アーサーが瞳をギラつかせ、立ち上がった。
他のメンバーも武器を取り出し、ローブを羽織り、すぐに出発の準備を整える。
Sランクパーティが覇気を纏わせ全員立ち上がれば、ギルドの緩んでいた空気が一気に引き締まった。
次はどんな伝説を作ってくるのか。どんな魔物を持ち帰ってくるのか。冒険者たちは期待に胸を膨らませ、目を輝かせた。
まだ出発もしていないのに、ギルド職員は賞金の準備を始める。
「これは手ぶらでは帰ってこれないなの。やる気出さなきゃなの」
「Sランクの魔物を見つけられなかったらぁ、寝坊してる索敵担当マイクにお仕置きだねぇ〜」
「がははっ!しっかり俺が叩き起こしてやるよ。Sランクも一体だけじゃあ駄目な空気だろ」
「安心してください。マイクの服に仕掛けたトラップ発動させたので、今頃飛び起きてますよ」
「じゃあ準備は良さそうだな」
アーサーは仲間を見渡した。全員から強敵に対峙する高揚感を感じ、口元に弧を描いた。
「さぁ、行こうか」
アーサーがマントをはためかせ、期待の眼差しを向ける人の群れを割って先頭を歩いていく。その後ろに双子、ゲイル、フランと続き、Sランクパーティ「イーグル」はギルドから旅立った。
読んでいただき、ありがとうございます。
番外編を望む声が多かったので書いてみました。
次回の更新は未定ではございますが、また書けたら投稿したいと考えております。