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40 聖女の因果

 

 前線の有事の知らせは、時間を置かず国王たちの耳に届いた。その早さは悠長にテントで待機していたオリーヴィアの耳に入るよりも先だった。



 ステラとリーンハルトは国王の許可を得て、リンデール王国の王宮内にある転移門を使い、すぐに第二キャンプ地へと移動することになった。

 レンはアマリア公国の代表として残し、代わりに銀翼隊から四人連れて出発した。


 第二キャンプ地に着くなりリーンハルトはドラゴンへと姿を変え、ステラはその背に乗った。銀翼隊は獣化し、王宮から連れてきた近衛を背に乗せ走り出す。



 まもなく前線に辿り着くというとき、見えてきたダンジョンの全貌にステラとリーンハルトは息を呑んだ。



「あれがダンジョンなの?」

「なんて大きさだ。大穴もひとつじゃない」



 先日アマリアで見たダンジョンがおもちゃの家に見えるほど、目の前のダンジョンは大きかった。大陸の中でも広い敷地面積と高さを誇るリンデール王国の王宮と同等の大きさから、魔王城と呼びたくなるほど。

 しかも大穴が目視で四箇所もあり、裏も含めたら倍ほどありそうだ。



 今まで空から確認する手段がなかったため、ステラは初めて見た長年の敵の姿に衝撃を受けた。

 リーンハルトは目を細めて、ダンジョンを睨んだ。



「どれだけの瘴気を溜め込んで出来ているダンジョンなんだ。リンデールはよく六年も耐えてきたな。瘴気溜まりが無くなるまで、まだ数年はかかる大きさだろう。俺がやるしかなさそうだ」



 リーンハルトが前線の空を大きく旋回するように飛ぶが、誰もドラゴンに気づかぬほど下の状況は悪い。

 怪我人が多いのか、その人たちを守るので精一杯で撤退が進んでいない。そして怪我人を治すべき白い服を着たオリーヴィアの姿は見つからない。




「やはりオリーヴィア様は逃げたわね」




 ステラは手綱をギュッと握った。周囲を見渡すが、どれだけ探しても集団から見つけられない。するとリーンハルトが高度を上げて見渡した。



「白い服を着たのがひとり後方に取り残されているぞ。蛇に狙われてる」

「オリーヴィア様だ!ハル、行って」



 リーンハルトが教えてくれた場所にはオリーヴィアが這いつくばり、コブラが大きな口を開けているところだった。



氷槍(アイスランス)水回復(アクアヒール)



 ステラは見つけるなり黒コブラの首を串刺しにし、オリーヴィアと護衛に回復魔法を乗せた水を落とした。

 黒コブラは無防備だったため、簡単に仕留められた。




「何故助けた?」

「罪の重さから簡単には逃したくなかったの」

「確かにな。楽に死んでもらっては困る――――じゃあ、そろそろやるか」



 リーンハルトはそれ以上ステラに聞くことなく、ダンジョンに視線を向けた。後方から追ってきた近衛を乗せた銀翼隊も到着するところだ。オリーヴィアは彼らに任せれば良い。



「ステラ、しっかり掴まってろよ!」

「うん!」



 リーンハルトが旋回をやめ、宙に留まった瞬間――――彼の口から閃光が放たれた。

 光を凝縮したような魔力の塊が竜巻を纏い、ダンジョンを抉った。山は切り取られたように、閃光が触れたところだけ消失していた。山から跳ね返った衝撃波が灰色の厚い雲を割り、夕陽で染められた茜色の空が姿を現した。暗かった地上に陽の光を与えた。




「ちっ、少ししか削れないか。もっと魔力を込めなければいけないようだ」

「え?まだ本気じゃないの?」

「六割ってところだ」



 リーンハルトは満足していないが、ステラにとっては信じられないほどの威力だった。


 ステラが唖然としていると地上から魔法が放たれた。リーンハルトは難なく避ける。騎士たちは突然現れたドラゴンを敵と思ってしまったらしい。

 ステラは手綱を掴んだまま背から降り、ぶら下がった状態で地上に叫んだ。



「攻撃を止めてください!このドラゴンはアマリア公国より支援に来てくれたお方!私達の味方です!」



 人間(ステラ)の姿を見たことで敵ではないと分かってくれたのか、攻撃が止んだ。



「国王陛下からの伝言です。これよりこのお方がダンジョンの破壊を行います。リンデールの騎士は撤退に専念せよ!とのこと。私もそちらに参ります――――ハル、行ってくる」

「ステラ、絶対に死ぬなよ。俺もすぐ行く」

「じゃあ、あとでね」



 ステラは手綱から手を離し、怪我人が集中する場所に向かって落下する。地面にぶつかる前に水でクッションを作り、着地した瞬間に魔法を唱える。



回復(ヒール)拡大(エクスパンド)




 周囲に光が広がり、あっという間に怪我人は全快した。その回復の速さと人数の多さ、そして魔法を使ったステラの姿に騎士たちはみな目を見開いた。



「死んだはずでは……」

「説明は後です!魔物はまだいるのです。戦わなければ死にますよ!誰かアドラム団長かライル殿下のもとへ案内を」

「はいっ!」



 鍛え抜かれた騎士たちはすぐに動き出す。怪我が治ったお陰か、先程まで苦戦していたとは思えないほど軽快に魔物を切り捨て、ステラを導いてくれる。ときに騎士たちは盾になり、己よりもステラの命を優先し騎士服を赤く染める。



回復(ヒール)

「死なずに済みました」



 傷が塞がった騎士はすぐに立ち上がり、ステラを背にして剣を握った。背中から絶対にステラを守ろうという気迫が伝わってきた。

 そして駆け出す騎士たちの姿にステラは聖女時代の彼らを思い出す。相変わらず彼らからの礼の言葉はない。しかし聖女を蔑ろにしていたわけではないと気付いた。

 彼らはステラを守ることのみに集中し、すべての意識を魔物に向けていただけのことだった。



(私の方こそ何度もみんなに守ってもらって、当たり前のことだと感謝の気持ちを忘れていた。彼らがいなければ私こそとっくにこの地で死んでいたかもしれない。どっちが偉いとか、救っていたとか関係ない)



 上空ではリーンハルトから閃光が何度も放たれている。その度に地上は激しく揺れ、転びそうになるが、懸命に足を動かし前に進んでいく。



「みなさん、守ってくれてありがとうございます。以前も、今も頼りにしてます」



 足を止めずにステラがそう言うと、騎士たちは感極まったように一瞬だけ目を見張り、剣を持つ手に力を込め直した。



「我らこそきちんとお礼を言えず悔やんでおりましたが、再びこのような機会に恵まれたこと感謝しております」

「駆け付けて下さり、ありがとうございます。道は我らが開けます。怪我人を頼みました!」

「はい!」



 そうして駆けること数分後、ひとりの騎士が剣先を遠くへ向けた。



「あそこです!」



 上からでは見つけられなかったライルとアドラム団長の姿は同じ場所で見つかった。

 ほとんど最前線に出たことがないライルが、ぐったりとしたアドラム団長を庇い、騎士たちに混ざって魔物と対峙していた。



「アドラム団長がっ!援護をお願い!」

「はっ!炎槍(フレイムランス)

風刃(ウィンドエッジ)



 ステラが指示を出すと騎士は前方を横切る魔物へと魔法を放った。魔物は傷つけられ動きを鈍らせる。

 ステラはその隙きを突いて魔物を躱し、アドラム団長まで一直線に滑り込むように到達した。



回復(ヒール)!」



 固く閉ざされていたアドラム団長の瞼が開かれた。



「くっ、おまえ……ステラなのか?」

「間に合って良かったです。朗報です。強力な助っ人を連れて、助けに参りました」



 ステラが空を指差せば、アドラム団長はニィっと口角を吊り上げた。

 そして起き上がると大剣を振りかざし、ライルたちが相手にしていた魔物を一刀両断した。



「神の使いを助っ人に連れてくるたぁステラ、死んでついに本物の天使になってしまったのか?随分と輝いて見える」



 死にかけた人は、助けてくれた人が無条件で天使に見えるらしい。ステラは真顔で答える。



「説明が面倒なので、それで良いです。それよりライル殿下、陛下より伝言がございます」



 ステラは驚いた顔で見つめているライルに国王の伝言を伝える。

 ダンジョンの破壊はアマリア公国より来たドラゴンに任せ、前線組は第二キャンプ地まで後退。第二キャンプを新たな前線として、魔物の残党を処理せよ。後退時の先頭はライル、殿(しんがり)はアドラム団長とする――――と。

 久しぶりにライルを目の前にしたが、ステラの心は何ひとつ揺れることはなかった。



「伝言ご苦労。ステラはどうするのだ?」

「私はアドラム団長と共に殿(しんがり)に残ります」

「一番危険が伴う場所だぞ?それなら私と」

「いいえ。私は彼の一番近くに」



 ステラは空を見上げ、ひとりダンジョンの破壊に挑んでいるリーンハルトに視線を向けた。

 するとちょうど近衛を乗せた銀翼隊のふたりが駆けつけた。



「大丈夫です。私にはアマリアの銀翼隊がついていますから。殿下は近衛の方と一緒に前方へ。お早く!」



 まだ何か言いたそうなライルを追い払うように突き放した。



「――――分かった」



 ライルは、すぐに背を向け前方へと向かった。彼が指揮をとれるようになったことで麻痺していた命令統制が立ち直った。

 ステラの活躍で多くの怪我人が回復したことにより、騎士たちに本来の動きが蘇っていった。

 順調に撤退作戦が進みだした。



 到着から三十分が経った頃、魔物の数は減り、遂に地上の揺れが止まった。

 ステラが上空を見るとリーンハルトが探しものをするように旋回していた。



「ハルーッ!」



 ステラが呼ぶとリーンハルトは高度をさげてくる。騎士たちが割れるように場所を空けると、リーンハルトはドラゴンの姿のまま着地した。

 ステラは駆け寄り彼の首に腕を回した。短い別れの時を埋めるように、強く抱きしめた。

 リーンハルトはすぐに人の姿に戻り、軽く抱きしめ返しながら安堵の表情を浮かべた。



「ステラが無事で良かった」

「私は大丈夫。ハルこそどうなの?」



 と聞きながらステラは勝手にリーンハルトに回復魔法をかけた。すると彼は困ったように微笑み「ありがとう」と言った。

 その口元には吐血の跡があり、やはり無理をしたのだと分かった。


 リーンハルトは深呼吸をして胸のあたりを確かめたあと、少し離れて交戦中のアドラム団長に向かって声を張り上げた。



「ダンジョンは破壊し沈黙した。もう新たに魔物は生まれない。あとは貴殿の指揮に任せる!もう俺はドラゴンの力が使えないが援護しよう」

「はっ、ドラゴンというのは俺たちの六年を簡単に超えちまうのか――――ブルードラゴンの青年よ!感謝する。そこの天使を守れないか。そいつがやられたら殿(しんがり)は潰れる」

「承知した!」



 ダンジョンが破壊されたとはいえ、すでに生み出された魔物は倒さなければならない。

 多くの騎士が撤退するためには少人数の殿(しんがり)だけで、高ランクの魔物を屠らねばならない。アドラム団長でも怪我を回避しきることは難しく、回復魔法は必要不可欠だった。



 リーンハルトは剣を抜き、ステラの護衛に専念することとなった。銀翼隊の二人もいるため、守りは万全だ。



 おかげでステラは回復魔法に集中できた。ポーションを無理やり二本飲み干し、吐き気とも戦いながら荒地を走り抜け、騎士の傷を癒やしていく。

 しかし傷が癒えても、体力と気力は戻らない。だからこそステラは声を出した。 



「みんなで生きて帰りますよ!絶対に諦めちゃ駄目です!」

「おぉ!」



 ステラの声に騎士たちは鼓舞され、気合を入れ直した声で応えた。

 時には互いの呼吸を読み、連携をとって動く。この僅かな時間で生まれた信頼から、ステラはようやく初めて仲間になれたような気がした。




 月が夜空の真上に届いた頃、ステラたちは無事に第二キャンプ地に到着した。

 ステラたち殿(しんがり)を追ってきた魔物たちは、第二キャンプ地で待機していた騎士の大魔法で一掃された。ダンジョン防衛の最後の砦として温存されていた魔法は凄まじく、一帯を更地にしてしまった。



 この夜をもって最西のダンジョンは踏破され、終焉を迎えたのだった。





 ステラとリーンハルトは第二キャンプ地に到着してすぐ、近衛の案内でテントの前まで連れられた。

 テント前には銀翼隊の四人がすでに待っており、表情は険しい。アマリア関係者が揃ったところで、みなでテントの中へと入った。


 そこには近衛に囲まれ、顔が半分ほど爛れたオリーヴィアがいた。




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