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32 アマリアの巡り合せ

 

 ステラはオリーヴィア・シアーズの事を今も鮮明に覚えていた。


 稲穂のように輝く金色の髪に、アメジストの瞳のお姫様のような美女。ドレスのような白の軍服に映えるように、数珠つなぎの真っ赤なロングネックレスが彼女の首元を飾っていた。



 単なる偶然だと、自分を陥れた人物だから疑ってしまうのだと言い聞かせても、ステラの脳裏から離れない。



 オリーヴィアは秘術を使って、ステラよりも強い能力を手に入れたと言っていた。

 魔力量や得意属性はある程度遺伝しても、回復魔法だけは別だ。なのに何故シアーズ家は過去何人も力の強い回復術士を輩出できたのか。秘術を用いたから――――で片付けられるのか。

 そしてオリーヴィアの生家は歴史ある侯爵家でお金も私兵も潤沢。亜人を捕まえることも可能な組織力がある。



 偶然だと一蹴できないほどに揃いすぎた条件に、ステラの体は芯から冷たくなった。




「ステラ殿、何か知っているのか?何でもいい!」

「アレク急かすな。ステラ、顔色が悪い。少し休もうか?」



 ステラはどちらの問いにもまだ答えられない。これはもう知っていると肯定したのも同然だ。オリーヴィアについて話すべきだと理解はしている。

 しかし説明するにはステラが聖女だった事や、いま前線にいない理由まで話す必要があった。 



(どうやって説明すれば良いの?濡れ衣を被せられたと言ったら、逆恨みではないかと思われるかもしれない。冤罪だと信じてもらえないかもしれない。じゃあ新聞で公表されたのと同じく病んで失踪……でもハルは私が表向き死んだことを知っている……不自然さが多すぎるし、辻褄が合わない)



 色々と言い訳を並べるが、本当に怖いことは過去を明かすことではない。



(私の証言で戦争が起きてしまったらどうしよう)



 もしステラの予想通りオリーヴィアのネックレスが賢者の石だった場合、リンデール王国は条約を反故にしたことになる。アマリア公国に宣戦布告したに等しい。



 ステラはレイモンドやユルルクの冒険者をはじめ、いまはリンデール王国に大切な人がいる。同時にアマリア公国で亜人たちとの交流を通して彼らも好きになった。戦争になれば賢者の石とは関係ない人たちが傷つくことになる。

 戦争のきっかけになることを酷く恐れた。



 思い詰めていると、冷たいステラの手に温かいリーンハルトの手が重ねられた。



「ステラ落ち着いて」

「ハル……」

「もし知ってることがあるなら教えて欲しい。ヒントだけで良い。何があっても俺はステラの味方だから」



 リーンハルトの金色の瞳が真っ直ぐステラに向けられた。

 国や仲間のことが大切なのに、それ以上にステラのことを気遣ってくれる言葉に涙が出そうになった。




(そうだ。ハルはずっと私の味方をしてくれたじゃない。どんな話でも受け入れてくれると約束してくれた。彼は信じて秘密を明かしてくれた。だから次は、私も誤魔化さず……勇気を――――)



 ステラは瞼を強く閉じてから、ゆっくりと開けた。



「私は一年半前までリンデール王国の聖女として、ダンジョンの前線にいました」



 五年目を迎えたとき、新しい聖女オリーヴィア・シアーズによって立場を失ったこと。そのオリーヴィアの首元には鮮血のように赤いネックレスがあったことを話した。

 他には欠損を元に戻す力の強さや侯爵家の歴史のことなど、知っていることと不審な点をあげていく。



 リーンハルトとアレクサンダーは一度も言葉を挟むことなく、静聴していた。



 さらにステラはオリーヴィアの護衛に命を狙われたことも語った。返り討ちにして捕らえたら、逆にオリーヴィアに濡れ衣を着せられ、生き延びるためにキャンプ地を飛び出したこと。

 生還したものの、元義両親の搾取から逃すため、義兄のレイモンドがステラの死を偽装したことも明らかにした。



「私が生きていることが知られたら、またオリーヴィア様に命を狙われるかもしれません。そういう方面でも、レイ兄さんの機転には助けられました。それから私は生存がバレないように、ずっと国の中央から一番遠いユルルクの街に留まっていました。つまり私が知っているのは、一年半前の前線でみたオリーヴィア様に関する古い情報のみです」



 ステラは声を震わせながら語り終えた。

 リーンハルトたちの反応が怖くて視線は上げられなかった。



「ステラ、大変だったな。話してくれてありがとう」

「ハルは今の話、信じてくれるの?」



 ステラはようやく顔を上げた。リーンハルトの表情は穏やかだった。



「もちろん。ずっと一緒にいて、君が俺に嘘をつく人ではないことは知っている。不都合なことは黙って隠すタイプだろ?聖女だということは少し前から確信していたし、冤罪のこともステラの言葉を信じている」

「確信していたって……どうして?」

「俺は病を治すために、ユルルクでステラに会う前にヘイズ家に立ち寄っていたんだ。既に元聖女は亡くなっていると知らされ立ち去ろうとしていたとき、レイさんが言ってくれたんだ。諦めなければ最東で良き出会いがあるでしょう、と」

「レイ兄さんが……そんなことを」



 今振り返れば気付くヒントはたくさんあった。リーンハルトがレイモンドに貴重なドラゴンの笛を渡したのも、それだけの恩があったからだ。

 国に存在を知られる可能性があっても、レイモンドの薦めた土地――――ユルルクを拠点に留まっていて良かったと心底思った。



「あのとき既に末期で……気休めでも、もう望みは彼の言葉しか無くて。半ば諦めていたのに予言が現実になった。俺は君たち兄妹に救われたんだ。だから――――アレク、俺はヒトを恨みたくない」



 リーンハルトの視線はステラからアレクサンダーへと移った。アレクサンダーの表情は険しいままだ。



「それは、シアーズの所業が本当だとしても、戦争を避けろというのか?同胞がやられたというのに、報復をせぬというのか」

「そうじゃない。元凶は徹底的に潰すべきだ。しかし国の外を旅して、亜人でなくても親切な人はたくさんいると知った。無関係者を巻き込むのは最小限にし、国には戦争以外の方法で制裁を加えられないだろうか」



 アレクサンダーは顎に手を当て、黙り込んだ。



「私からもお願いします。賢者の石と関係ない人が傷付くことは避けたいのです。リンデール王国には大切な知人がいます。アマリアを訪れて亜人も好きになりました。どちらも傷ついて欲しくありません。事件解決に協力するので、ご検討ください」



 ステラは深く頭を下げた。続いてリーンハルトも頭を下げた。

 数分の沈黙ののち、アレクサンダーはふたりの肩に手を乗せた。



「ではこの件、ふたりに任せてみようと思うが、良いか?シアーズの疑惑の真偽を確かめよ。白であれば即撤退だ。ステラ殿を嵌めるような性悪な貴族に弱みを見せてはならない。黒であればシアーズを吊るしあげるためにリンデール王国と交渉せよ。王兄の立場を存分に使い、徹底的に有利に話を進めるのだ」

「分かった。アレクありがとう。最善を尽くす」

「ステラ殿はこの事件に責任感を持つ必要は何一つない。あなたも被害者だ。ただ、リーンハルトのそばにいてくれ。正義感で突っ走るところがあるが、あなたの言う事なら聞いてくれそうだ。リーンハルトを頼めるかい?」

「私で良ければ、そばにいます」



 アレクサンダーは笑みを深めると、席を立ち、すぐに調査に必要な準備を手配し始めた。


 亜人の命がかかっているため、明日にはアマリア公国を出国することになった。

 調査隊が編成され、リーンハルトが代表、他には銀翼隊の隊長レンを始め隊員が十名、医師が二名、この事件を追っていた宰相補佐が二名、それにステラを含めた計十六名の集団だ。



「ステラ殿」


 出立の直前、城の裏門で待機しているとアレクサンダーから声がかかる。

 リーンハルトは指揮をとっており、見えるところにはいるがステラのそばにはいない。



「どうかしましたか?」

「リーンハルトと仲睦まじく旅行を楽しんでいたときに、中断させて悪いな。落ち着いたらまたアマリアに来てくれ。きちんとリーンハルトの良き人として出迎え、皆に紹介したい」



 アレクサンダーの口ぶりはステラとリーンハルトが特別な仲と思っているようだった。

 ステラは一度訂正しようか迷うが、亜人の認識はヒトとは異なることは何度も身にしみている。自意識過剰ではないかとも思ったが、やはり認識の擦り合わせをしないと落ち着かなさそうだ。



「亜人の良き人とはどのような関係をさすのですか?」

「番のことだ。違うのか?」



 ステラの背筋がピーンと伸びた。亜人の番とは恋人や夫婦の意味だ。



「誤解です。ハルは私を恩人だから親身に優しくしてくれているだけで、番としてでは無いと思います」

「まさか……」



 アレクサンダーが顔を近づけ、ステラの首元で鼻をスンと鳴らした。



「いや、こんなにもあなたからリーンハルトの香」

「アレク!」



 リーンハルトがステラの背後から現れ、アレクサンダーの顔面を鷲掴みにしてステラから遠ざけた。



「近すぎる。ヒトと亜人では距離感が違うんだから気を付けてくれ」

「ははは、そうか。そのようだ」



 兄弟とはいえリーンハルトが現王に失礼をしたというのに、アレクサンダーは嬉しそうにした。

 ステラは見た目がチグハグな兄弟のじゃれ合いを微笑ましく見た。



「では行ってくる」

「リーンハルト、白でも黒でも亜人にとっては不幸なことだ。くれぐれも頼む。何よりも兄上がまた元気な姿で戻ってくるのを待っている」

「俺にはステラがいるから大丈夫だ。ドラゴンの能力を活用して、同胞を見つけて帰ってくる」



 リーンハルトは白い虎に獣化したレンに乗り、跨がった。



「ステラ殿、もうあなたは我らの同胞も同然。シアーズが亜人の件で白だとしても、あなたが望めば報復に手を貸そう」

「アレクサンダー様のその気持ちだけで嬉しいです。いってきます」

「気を付けて。ステラ殿との再会も待っている。兄上と一緒にまた来てください」

「はい」



 ステラは銀翼隊の女性騎士に跨った。小麦色の毛並みをした、精鋭の銀翼隊とは思えないほど可愛らしい顔をした大型犬の亜人だ。



 アマリア公国に入国して二週間、ステラは再びリンデール王国へと引き返すこととなった。


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