27 アマリアの巡り合せ
街と森の境界に着くと、既に何体か魔物が倒されていた。
しかし同じ数だけ亜人も倒れていた。装備をしていないところを見ると、一般人だろう。ダンジョンの発生地と街があまりにも近く逃げ遅れ、魔物に襲われたようだ。
出血は少ないのに顔色が随分と悪く、毒持ちの魔物だと推察できた。ステラは怪我人と介抱している人の間に割り込む。
「治します」
「そんな若いのに医者か?もしヤブだったら」
「医者ではありませんが、任せてください。解毒、回復」
手をかざすとたちまち怪我人の傷は塞がり、血色が戻る。介抱していた亜人は瞳が落ちそうなほど目を見開いた。
「奇跡の使い手か!なんと幸運な。ありがとう!感謝する」
「いえ。間に合って良かったです」
亜人の国での回復術士の数は、人の国よりずっと少ない。その希少性から回復術士は尊敬の的だ。
周囲の亜人たちはあっという間に、ステラを頼るように囲んだ。狩人といえどダンジョンは怖いらしく、彼らの表情は固い。
「魔物を倒しに先に森に入った奴らがいる。きっと苦戦してるはずだ。怪我人はここに連れてくる。協力してくれないか?」
「連れてくる間、戦える人が減ってしまいますよね」
「仕方ねぇことだ」
「それなら……」
ステラはリーンハルトを見た。知らないうちに顔の下半分を隠した彼は、すぐに頷いた。
「このまま狩人たちとともに俺らもダンジョンへと走ろう」
「待て!奇跡の使い手をそんな危険地帯に」
すぐに走りだそうとするステラとリーンハルトを虎の狩人が慌てて止めに入った。
「彼女は俺が絶対に守る。それに魔物の発生が少ないうちにダンジョンを踏破しないと、魔物を倒す手が足りなくなり、街が破壊されるぞ」
「おまえさん、見た目は爬虫類の旅人だが、ダンジョンに詳しいのか?」
「あぁ、色々と経験は積んでいる方だ」
リーンハルトと虎の狩人が視線を交わし、ピリッと空気が締まる。数秒もしないうちに、虎の狩人がリーンハルトに手を出した。
「アンタの目は強者の目だ。俺は虎の狩人ゼノだ。お前さんに初動を任せた」
「分かった。街と近いのは不運だが、早期に発見できたことは幸運だ。ダンジョンの見た目も小規模で、地下型と違い隆起型で場所も明確。俺たちで踏破するぞ」
「はっ!そういう攻撃的なところ気に入ったぜ。俺はこの旅人に付いていく。他はどうだ!?」
虎の亜人ゼノはこの街では有名な狩人のようで、他の狩人からは異論がでない。
リーンハルトは森に向かって指を差した。
「高ランカーのみ付いてこい!低ランカーはここに待機し、俺らが狩り残した魔物から街を守るんだ。行くぞ」
リーンハルトが駆け出すと、ステラや狩人たち全員が彼の背中を追った。その人数は十五名。狩人たちの表情からは恐怖が消えたわけではない。しかし、それ以上に使命感に満ちている。
(アドラム団長の時もだけど、頼れる背中を見ると震えが止まるのは同じだ。やっぱりハルはすごい)
ダンジョンに近づくにつれて血生臭い風が流れてくる。ステラの鼻でさえも分かるほどだ。匂いのもとが亜人でないことを祈りながら、走る速度をあげた。
「いたぞ!」
ダンジョンの土肌が目視で見える距離に近づいたとき、魔物と戦っている先発の狩人を見つけた。
戦況は劣勢。出来たばかりのダンジョンからは低ランクであるものの、数多く魔物が生み出されていた。
魔物を倒すというよりも、怪我人を庇うので精一杯のようだ。囲まれ、逃げることもできずに孤立していた。
リーンハルトがすぐに判断を下す。
「接近タイプはとにかく魔物を倒せ!魔法が得意な者は三組に分かれ、距離を取りつつ、交代でダンジョン入り口に向けて魔法を打ち続けろ」
接近タイプの狩人たちが体の一部を獣化させ、剣や爪で魔物を切りつけていく。靭やかで速い動きはまるで鞭のようだ。急に増えた狩人の数に魔物は戸惑い動きを鈍らせる。
魔法が大穴に打ち込まれることで、魔物は怪我を負った状態で生み出されるようになった。
おかげで動きがより鈍くなり、接近タイプの狩人が有利に動けるようになった。
形勢は次第に逆転していく。
その間にリーンハルトとステラ、ゼノを筆頭に数名は怪我人たちの救助に向かう。
「ステラ、切り込むぞ!残り、援護頼む」
「了解。氷針」
ステラの魔法が魔物に降り注ぎ、魔物が痛みで動きを止めた。隙をつくようにリーンハルトが剣で薙ぎ払いながら、孤立した怪我人へと一直線に走る。
トドメは後ろからついてくるゼノたちに任せ、怪我人にたどり着くことを最優先させた。
リーンハルトとステラは魔物と怪我人の間に体を滑り込ませた。
「風盾」
「水壁」
リーンハルトの風で魔物の攻撃を弾き、僅かに出来た距離の間にステラの水の壁が出来上がる。怪我人たちを水壁で囲み、保護することに成功した。
「回復」
ステラはすぐに怪我人たちを全快させた。あまりに速い回復スピードに狩人たちは、口を開けて呆然としている。
そこへリーンハルトの叱責が飛ぶ。
「さっさと立つんだ!魔物を駆逐し、今ここでダンジョンを破壊しないと次は死ぬぞ」
「お、おう!」
狩人たちはすぐに武器を持ち直し、魔物へと立ち向かっていく。
「うあぁっ!」
「今行きます!ハル」
「任せろ!風刃」
狩人の悲鳴が聞こえたら、ステラはすぐに回復のために走り出す。その道をリーンハルトが風の魔法と剣で魔物を吹き飛ばしながら作っていく。
「――――っ」
ステラの体のすぐそばを魔物の爪が掠めた。もちろんリーンハルトによって、ステラに届くことはない。
夜の森は闇の中で、ステラの目には暗く見えづらい。光源を使いたいが、闇夜で急に使えば視力のいい亜人の目を逆に眩ませてしまう。
リーンハルトが守ってくれると信じて、彼の背についていくだけだ。
(ダンジョンを前にしているのに、全然違う)
リンデール王国のダンジョン討伐隊にいた頃をふと思い出す。今回のように前線はダンジョンの麓の近くではなかった。こんなにも数多くいる魔物の近くを横切って走ることも無かった。前線は松明や魔法で夜も明るく、視界が悪いこともなかった。
それでも今の方が恐怖が少ない。
一つ踏み外せば、死へと落ちるような橋の上を渡っているというのに、震えることなく立ち向かえている。
ひとりで戦場を走り回っていたときとは違い、今はリーンハルトがそばにいる。彼になら命を預けても構わない程に、信用していた。
魔力を温存するために、防御の魔法は発動させず彼に全て委ねた。
言葉を交わさずともリーンハルトに伝わったのか、ステラの周りには彼女を守るように風の流れが増した。
「くそっ!近づけねぇ」
一刻が過ぎた頃、ゼノが舌打ちをした。悪態をつくのも無理はない。魔物の数は減って来たが、ランクが徐々に上がってきたため、迂闊にダンジョンに近づけなくなってきたのだ。
ダンジョンを踏破するためには、山のどこかに埋まっている核を破壊しなければならない。
人が内部へ潜り込むような大きさのダンジョンではない。手段としては外側から山を崩すことで核を見つけて破壊するか、大魔法を大穴に打ち込んで内部から一気に破壊するかの二択。
どちらの方法にせよ、魔法の威力が落ちないようダンジョンに近寄る必要があった。
「た、助けてくれ!」
「こっちもだ!!頼む!」
体力の消耗とともに怪我人も増えてくる。ステラはそのたびに駆け寄り回復させていくが、彼女の体力や魔力ももちろん落ちてきている。
優勢だった状況のはずが、少しずつ天秤が傾き始めていく。だからこそステラは声を張り上げる。
「耐えてください。私も皆さんを支え続けます!」
狩人たちから「おぉ!」と鼓舞する声が上がる。生まれる一体感が力になってステラに返ってくる。
(あぁ、こうやって前線でも声をかければ何か違ったのかな?騎士のみんなは今頃あの巨大なダンジョンを相手にどうしているのかな)
そこにリーンハルトの声が響く。
「諦めるな!アマリアの狩人のプライドを見せるんだ」
ステラは脳裏に浮かんだ前線の騎士たちの姿を頭を振って奥へと追いやる。ダンジョンを前にするとどうしても思い出してしまう。
しかし今は目の前に集中しなければ、あっという間に崩れてしまいそうな戦況だ。
「応援は必ず来る!あと少しだ!それまで誰も死ぬなよ!そこまで応援は来ている!」
リーンハルトは確信しているかのような言い方をした。その自信が疲弊している狩人を更に奮い立たせた。
ステラも魔力ポーションを飲み、回復魔法だけでなく水魔法で支援をする。そのとき……
――――ズゥゥン
重低音を響かせ、ダンジョンを中心に地面が揺れた。大穴から魔物が絶え間なく出ていたはずなのに、ピタリと止まった。
静寂が森の中に戻った。
ダンジョン踏破には魔物を出し尽くし、溜まった瘴気の消失も含まれる。狩人たちが「まさか」と顔を見合わせ、嬉々とした表情を浮べようとしたとき――――
「全員ダンジョンと距離を取れ!大物が来るぞ!」
リーンハルトが叫んだ。
狩人は反射的にダンジョンから離れた。その瞬間大穴をこじ開ける様に黒い巨体が現れた。
狩人たちは全員息を呑んだ。
野生の獅子の四倍はあろうかという黒い獅子の魔物が、ステラたちの前に立ちはだかったのだった。





