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26 アマリアの巡り合せ

 

 その夜の野宿は湖上でしようとステラは提案した。


 魔物は陸上動物を模したものばかりで、水の中で生きたり、空を飛ぶものは存在しない。瘴気が溜まりにくい環境のせいもあるだろう。

 湖の上なら泳いで近づいてくる魔物や動物にだけ気をつければ良い。近づいてくれば水音や波の揺れで気が付きやすい。

 陸上より遥かに安全だと説明すると、リーンハルトは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。



「その発想は無かった。やはり冒険者としての経験はステラの方が上だな」

「ふふん」



 最近のステラはリーンハルトに新しいことを教わっているばかりで、久々に教える側になって得意顔だ。

 しかしこの経験は冒険者になってからではなく、追放されて樹海でひとり生き抜くために試した技だ。その時は池の上だったが、悪くはなかった。



「でもどうやって……俺は何も準備していない」

「そこは任せて!」



 ステラは亜空間から水を通さない布を出した。折り畳まれた布を広げて、魔法で空気を送り膨らませる。木の葉のようになった小舟を湖に浮かべれば完成だ。

 屋根などはないが、それは野宿でも同じだから問題はないはずだ。



「こんなもの初めて見た」

「ずっと前にオーダーメイドしてあった物なの。それでも少し広く作ってもらったから、ふたりで寝そべっても大丈夫なはずだよ」

「え?一緒に寝るのか?」

「うん!そうしないとハルも私も同時に寝れないでしょう?お互いに疲れはしっかりとらないと」



 普通に野宿した場合、リーンハルトが見張り番をすると言って休まなさそうだ。案内役ばかりに負担はかけたくない。そんな意図もあって湖上を提案したのだった。



 しかしリーンハルトの表情は優れない。嫌悪というよりは戸惑っているようだ。



「本当に俺も舟にお邪魔してもいいのだろうか」

「もちろん。少し狭いかもしれないけど、遠慮しないで」

「分かった。俺は少し枝を拾ってくる。ステラは夕飯の食材の準備を頼む」

「え、もう夕飯の準備?まぁ良いけれど」




 リーンハルトは覚悟を決めたような神妙な顔付きで、森の中へと入っていった。


 そのあとは湖の周辺を散策しながら、アマリアにしか生えていない植物や薬草についてステラは教わった。

 夕飯を済ませ明日の予定を確認をすれば、今日も終わりだ。火の始末をしてからステラはリーンハルトを小舟に誘った。



「寝るまでの少しの時間寝そべって話でもしようよ」

「……そうだな」



 ステラが先に乗って座り、リーンハルトを正面に座らせる。彼の表情も動きも少し固い。



(小舟に馴染みがなくて緊張してるのかな?リンデールもアマリアも運河や海には馴染みがないもんなぁ。ここは慎重に)



 魔法を使ってゆっくりと陸から離れ、小舟を止めるとステラは先に寝そべり、空を指さした。



「ほらハルも寝て。街の明かりも無いから、星がすごく綺麗だよ」



 リーンハルトはゆっくりとステラに並ぶように横たわった。小舟がちゃぷんと小さな波音を立てると、あとは静寂が支配する。あまりの静かさに、星の瞬きから音が聞こえてきそうだ。



「本当に綺麗だな。こんなにゆっくり星を見るのは初めてかもしれない」



 実際にステラの鼓膜を揺らしたのは、星ではなくリーンハルトの声だ。大きな声ではないのに、周囲が静かすぎるが故に片耳が彼の吐息まで拾う。



(あ、あれ……?)



 リーンハルトの声は聞き慣れたもののはずなのに、ステラは妙な胸騒ぎに違和感を覚えた。

 何故だろう――――と横を向くと、今更ながらリーンハルトとの距離の近さを実感し、心臓がドクンと強く鼓動した。慌てて横向きになると、心と同じように舟が揺れた。



「ハル、おやすみ」

「うん。おやすみ、ステラ」



 唐突すぎる一日の終わりの挨拶だったが、リーンハルトに不審がられないことに安堵する。

 リーンハルトも横を向き、二人は背中同士を重ねるように寝入りの体勢になった。



(うるさい!こんなに胸がドクドクするなんて、どうして……困ったよぉ。寝れないよぉ)



 心臓の鼓動がステラの体を揺らす。鎮めようとするが、なかなか収まらない。

 そのとき途中で鼓動がふたつあることに気が付いた。ひとつはステラ。もちろんふたつめは背中合わせのリーンハルトのものだ。



「――――っ」




 背中を通して彼の心臓の音が響いていた。ステラよりもリズムは遅いが、大きい彼の命の音に、恥ずかしさと愛おしさが芽生える。



 似ていた。



 苦い思い出として別れを告げた気持ちに。でもその時よりは妙に実感が強く、友達に対する気持ちとは別の甘さを含んでいた。




(今はだめ。カッコいい人に少し特別扱いされただけで意識するなんて、前回の二の舞じゃない。ハルは友達なんだから!ハルも友達だから旅にも誘ってくれたんだし。これは友情への裏切りになっちゃう。そう、ハルは友達ったら友達!友達、友達、友達……)




 完全に自覚する前に懸命に打ち消す。そうしている間リズムの早い自分の鼓動の音と、心地よい舟の揺れと、背中から感じる彼の温もりでステラの意識は薄れていく。

 リーンハルトの鼓動がステラに負けないくらい強い理由に気付くことなく、彼女は眠りに落ちた。



 翌朝、お互いに気恥ずかしい雰囲気を出しながら起床し、湖から次の街へと出発した。

 野営をしたのは湖の一回だけで、それから一週間は空き家を借りたり宿に泊まったりと平和な夜を過ごした。



 ステラは旅を満喫していた。魔物から作られた珍しいアクセサリーや武器を見かけては足を止め、いくつか購入した。肉だけでなく、骨や皮、角に牙など無駄なく使う亜人に感心してばかりだ。

 建物もステラの視線を奪う。街によってレンガの積み方が異なっていたり、デザインも色使いも違う。

 リンデール王国でも街によっては違うのかもしれないが、王都とユルルクくらいしか知らないステラにとっては、全てが目新しく映った。



「ステラ、危ないよ」



 リーンハルトがステラの手を引いた。



「ごめん。どれも凄くて見惚れてた」

「仕方ないなぁ」



 苦笑しながらもリーンハルトは怒ることなく、ステラの手を握って街を案内してくれる。

 ステラがすぐに目移りして足を止めてしまい、何度かはぐれそうになってからリーンハルトは手を繋ぐようになった。

 すっかり子供扱いだが、幼少の頃に経験できなかったステラにとっては、これも新鮮で楽しい。


 しかし、他人から見ればそれは親子のような関係に見えるはずはなく――――



「ベッドが……ひとつしかない!?」

「あの女将め。きちんと()()()()用意してあると言ってたが……まさか」



 昼過ぎに部屋を取り、観光してから宿に戻ってきた。そして鍵をひとつしか渡されず、女将の言葉から「ベッドがふたつある部屋」と思っていたら、大きなベッドがひとつだった。



(確かにふたり分だけどさ!目的と意味が違うよ。同じ部屋だとしてもベッドは別々でお願いします。女将さーん!)



 頭を抱えて、心の中で叫んだ。ステラとリーンハルトが宿に入ってくるとき手を繋いでいたので、女将が勘違いしたのだと気付く。


 リーンハルトがすぐに女将に部屋の取り直しを相談しに行ったが、時間はもう夕刻。他の宿も含めてお手軽料金の空室を取るのは難しい。

 女将が朝食サービスと宿泊費を半額にしてくれたことで、仕方なくこの部屋に泊まることとなった。



「……」

「……」



 どことなく気まずさを感じ、お互いに無言になる。

 ステラはおみやげの整理をしつつ湖での野営を思い出し、今から妙な動悸が止まらない。

 リーンハルトはずっと地図を見たまま微動だにしない。



「ステラはベッドを使いなさい……と言っても無駄だよな?」

「もちろん!ハルを床で寝かせられないよ。それなら私が……ってそれはハルが許してくれないでしょう?」

「当たり前だ。選択肢は他にないのに、何言ってるんだろうな」



 リーンハルトが呆れたように笑った。ステラもつられて笑うと、肩の力が抜けた。



「寝ようか」

「うん」



 ふたりは両端に寄るようにベッドに横たわる。小舟よりは広いため、ふたりが横になっても体の一部が触れ合うことはなかった。

 それだけで随分と心の余裕が違った。



「明後日はついに首都だね。ハルの家族はそこにいるんだよね?」

「両親と弟とその子どもがな」

「元気だと良いね。それと再会を喜んでくれるといいね」

「そうだな。俺は少し緊張しているよ」



 リーンハルトは気持ちを落ち着かせるように深呼吸をした。そして首だけをステラには向けて微笑む。



「おやすみ、ステラ」

「おやすみ、ハル」



 ステラの心は彼の笑顔で一瞬で浮ついてしまう。なんとか平静を装い、彼女も深呼吸をして目を閉じた。





 深夜――――妙なざわつきを感じたステラは目を覚ました。リーンハルトも同じだったのか、彼は上半身を起こして窓の外を睨んでいた。



「ハル、どうしたの?」

「嫌な気配がむこうからする」



 そう言うや否や、カンカンカンと街に警鐘が鳴り響いた。



「魔物の襲撃を報せる鐘だ!しかもこれは……っ」



 リーンハルトは険しい表情でベッドから飛び降り、装備を整え始めた。ステラもすぐにうさ耳とマントを着けて身なりを整えた。

 ふたりは宿を飛び出し、リーンハルトが魔物の気配を感じるという方角へと走る。



 他の宿からも狩人らしき亜人が飛び出してきていた。身体能力が高く、屋根を走る者までいる。

 街の中心から外れ、建物が減り、森が見えてきた。その奥には数時間前までは無かった隆起した土の塔が見えた。




「ハル、もしかしてあの小さい山みたいなのは!」

「あぁ!ダンジョンだ」



 その時、森を揺らすような魔物の声が響いた。




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