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25 アマリアの巡り合せ

 

 農村の人々の朝は早い。ステラたちも出発のために早起きしたつもりだが、部屋の窓から外を見れば、既に子どもたちが元気に遊び回っていた。



「うさぎのおねえーちゃん、また来てねー」



 村を出る前に転んで怪我をした子供を治せば、子どもたち総出で見送ってくれた。



「とても人懐こい子どもたちだったね。可愛かったなぁ」

「知り合いはみんな家族と言えるほどに、亜人の絆は強い。だから助けたことで、子どもたちはステラを家族と認めたんだろう」



 胸が温かくなり、体がくすぐったい。ヘイズ家の元両親のせいで悪くなっていた家族のイメージが変わっていく。



「じゃあ、ハルと私も家族?」

「そうなれたら良いとは思ってる。今は友達だ」

「そっか。友達だったね私たち」



 リーンハルトの中での家族と友達の違いがステラには分からない。しかし彼がそばにいてくれるなら何でも良いと思ってしまう。


 それからステラは景色を楽しんだ。特に遠くまで広がる大きな畑には感動した。これまで畑作地を見たことがなく、リーンハルトに何を育てている畑か何度も質問をした。

 道を通って畑作地からまた森へと入り、しばらくするとリーンハルトが一度足を止めた。



「ステラ、少し道を外れて寄りたいところがあるんだ。付き合ってくれないか?」

「もちろん」 



 彼の表情が僅かに固く見えた。獣道すらない森の中をまっすぐ進み、森が(ひら)けたところにたどり着く。


 そこへ踏み込んだ瞬間、ステラは眩しさで目を細めた。


 明るさに慣れ目を開くと、大きな湖が視界一面に広がっていた。湖面は静かに揺れ、太陽の光を集めて反射し、周りの木々を照らしていた。



「――――っ」



 大自然の圧倒的な迫力に、言葉もでない。すごい所に連れてきてもらえたと感動し、リーンハルトを見る。

 すると彼はステラに負けないくらい、湖の景色に当てられたように唖然としていた。



「すごいなぁ」

「ハル、知らなかったのに来たの?」

「俺が最後に見たときは、草一つ生えていなくて、抉れていた大地だったから。その前はただの森だった。どこかの川の水が流れ込んできたんだろうなぁ」



 リーンハルトは思いを馳せたような眼差しで湖を眺め、自然の力に感心していた。

 彼はその場に腰を下ろすとステラに隣を促した。

 ステラが座ると、リーンハルトはゆっくりと語りだした。



「三年前まで、ここにはダンジョンがあったんだ。出現してから二年経っても魔物の数が減らない、むしろ増えていく異常な地下型のダンジョンだった。騎士も狩人も体力の消耗も激しくて……」




 当時の光景を思い出しているのか、リーンハルトの金色の瞳は湖よりも遠くを映しているようだ。



「俺の本当の力は強すぎるからと、ずっと家族は使わないようにと言っていた。でも俺は仲間が倒れていく姿を見ることに耐えられなくなり、ドラゴンの力の全てを出してダンジョンも核も完全に破壊した。切り取られたかのように、そこだけ森が消えた」



 ステラは息を呑んだ。リーンハルトが強いことは知っていた。もちろんドラゴンが持つ力が強いことも。

 でも視界に収まりきらないほど大きな湖を作るほどの力だとは思わなかった。



「俺が怖くなった?」

「そうじゃないの。ただ単純に驚いてるだけ。ハルはアマリアを救ったんだね」

「一応な。俺は英雄と崇められた。でもすぐに病に掛かった。おそらく力の使いすぎだ。本物のドラゴンではないから、肉体が限界を迎えて朽ちようとしていたのかもしれない。それから俺は国を出た。みんなは死地を求めに出たと思っているから、そんな俺が帰ってきたと知ったら不必要な混乱を招いてしまう。だから今は正体を隠したいんだ」



 リーンハルトが胸のあたりを押さえ、視線を落とした。


 彼はアマリア公国の英雄。それも悲劇の英雄。完全復活した英雄の凱旋は国を挙げて歓迎されても良いはずなのに、彼は混乱を招くと危惧し避けている。それがどんな混乱かはステラには計りかねた。

 しかし故郷だというのに、秘密を背負って生きていくことは寂しい事だと気付かされた。



(身を削ってまで国に貢献したのに、何がハルを……)



 ステラはハッとして彼に詰め寄った。



「ドラゴンの力って、今は大丈夫なの?何度もドラゴンに変身して、私まで乗せて」

「飛ぶだけだから負担にすらなってないよ。当時は魔力を乗せたブレスを何発も連続で使うようなことしていたせいだし」

「良かった。少しでも違和感があったら教えてね!絶対に治してあげるから!無理にドラゴンの力は使わないで良いからね」

「ありがとう」



 リーンハルトは儚げに微笑み、彼は手を芝生に置かれたステラの手に重ねた。



「ステラの前では英雄でもなく、伝説扱いのドラゴンでもなく、リーンハルトとしていられる。だからこれからも変わらず、俺をひとりの人として接してくれないか?」



 肩書は重い。一度その肩書を背負ってしまえば、皆の思い描く肩書のように生きることを求められる。かつてステラが「聖女」であることを強いられたように。

 良くも悪くも、それは息を止めるようなことだ。



 ステラは自分とリーンハルトの姿が少し重なって見えた。



「当たり前だよ。自ら英雄を望んでいないのなら、私はハルをハルとしか見ない。だって私はハルが恩人としてではなく、友達として、ステラとして見てくれていることに、救われているんだもの」

「ステラ、俺たちは似ているな」

「そうだね。私も思った」



 境遇や立場は違えど、本当の秘密を隠しながら生きているところは同じだ。



「ステラが過去の一部を明かしたとき、俺も話したくなった。ステラに俺のことを知って欲しいと思った。聞いてくれてありがとう」

「私もハルのことが聞けて良かった。いつか、勇気が出たら、きちんと全部話せるときがきたら、また私のことも聞いてくれる?」

「もちろん。約束だ。どんな話でもステラを受け入れよう」



 リーンハルトが小指だけ立てた手を出してきたので、ステラも真似をして小指をだした。すると彼の小指が絡んだ。



「ゆびきった」



 そうして振り解くように小指が離された。



「アマリア式の儀式?」

「子どもがよくする、約束を破ったら小指を切るっていう契約」

「こ、怖っ!何それ……子供でも本当に切っちゃうの?」

「約束を破らなければ良いだけさ」

「それはそうだけど……」



 ステラが(おのの)いていると、リーンハルトは悪戯が成功した子供のように笑った。



「騙したのね!」

「ごめん、ごめん!それだけ約束に対してきちんと守るよ、という決意表明ってところかな」

「びっくりして損したぁ。もうっ、ふふ。真面目なハルでも冗談言うんだね」

「たまには言うさ」



 気が抜けて、ステラは草っ原にそのまま寝転んだ。


 重い過去を聞き、騙されたというのにステラの心は沈まなかった。リーンハルトが自分を信用して過去を打ち明けてくれたことが、冗談を言う彼の新しい一面を見られたことが嬉しかった。



 どんどんリーンハルトの事が知りたくなっていく。どんなことも受け入れようとも思った。

 だから傲慢にもどんな過去を持っていても、リーンハルトにも受け入れて欲しいとステラは願ってしまった。



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