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24 アマリアの巡り合せ

 

 大きな体と翼を持っているとは思えないほど、リーンハルトは静かに着地した。

 ステラはこれまで三度リーンハルトの背に乗ったが、ドラゴンの姿で降りるのは初めてだ。急落下することなく、心臓に優しいが、少しだけ寂しさを感じた。



「ありがとうハル」

「どういたしまして」



 ステラが降りるとリーンハルトは人の姿に戻った。

 青い髪に金色の瞳、近くでよく見れば人の姿になっても肌には薄いガラスを敷き詰めたように鱗が並んでいる。



「ステラ、近い」

「ごめん!」



 ステラは急いで一歩下がった。

 落下の時のあまりにも近い顔の距離に恥ずかしく思い、人の姿での着地を断ったというのに、無意識で見惚れてしまった。



(最近ついハルを見てしまう……だって幻想的で綺麗なんだもん!うぅ、気を付けなきゃ)



 そう思ったそばからステラはチラリとリーンハルトを見上げた。ジトっとした目の彼と目が合い、ステラは再び「ごめん」と笑って誤魔化した。



「コホン、じゃあアマリア公国を旅をするにあたって注意点を確認するぞ。ステラ覚えてるか?」

「うん。ひとつ、できるだけ人間と知られないようにする。ふたつ、単独行動はせずにハルから離れない」

「よし、良いな!」



 まるで子供の遠足のような確認をする。

 亜人の国は閉鎖的で人はほとんどいない。まず人というだけで注目されてしまう。偏見はあまりないがゼロではない。旅を楽しむにあたって、隠したほうがトラブルに巻き込まれにくいとの事だ。



「ステラには亜人に見える道具を用意したから身につけてみてくれ」



 リーンハルトは魔法リュックから見覚えのあるマントを取り出した。出会った当初に彼が着ていた藍色の異国風のマントだ。

 ステラは受け取って袖を通した。丈が短くなり、ふわりとしたシルエットに形が変わっていた。



「可愛い……」

「急いで店で仕立て直してもらったんだ。サイズも良さそうだな。この織り模様はアマリアの民族衣装にも使われているから、周りに溶け込みやすくなるはずだ。新品でなくて悪いな」

「ううん。ハルが気に入っていたマントじゃなかったの?ありがとう。大切に着るね」

「どういたしまして。雷熊に破られて俺のサイズでは仕立て直しても着られなかったから、ステラが着れて良かった。あとはこれだな」



 リーンハルトはまた魔法リュックに手を入れ、変装道具を取り出した。



「こ、これは……っ!」

「あぁ、これをつければステラも亜人に見えるはずだ」



 ステラが震える手で受け取ったのはうさぎの耳がついたカチューシャだった。ピンと耳が立っているタイプではなく、耳がペタンとなっているタレうさ耳だ。



「うさぎ族の天然の立ち耳は感情の起伏でよく動く。もし動かないと不審に思われるから、動きがなくても不自然ではない垂れ耳にしてみたんだ」




 リーンハルトはこともなげに説明していくが、ステラはゴクリと唾を飲んだ。




(分かってる。ハルは真面目に考えてくれた結果で、オッサンズではない。ではないんだけど……!)



 思い出すのはギルドで酔っ払ったオジサマ冒険者たちに二次会に誘われた夜の事だ。ザラスたちから「可愛いうさぎ」を見に行くぞと誘われ、喜んで付いていったらセクシーなお店だったのだ。



 その店の名は『バニーと戯れNight』



 うさ耳を着けた綺麗なお姉さんが布面積の少ない衣装を着ており、オッサンズが珍しくエロオヤジーズな目線で酒を飲んでいる姿に衝撃をうけた。



「ハル、うさぎを選んだのはどうして?」

「雑貨店の人に獣系の偽耳で何が作れるか聞いたら、テンション高めにうさぎがおすすめだと言っていたんだ。人気商品だとも言ってたのだが、つけている人を見たことないんだよな……何故だ?」



 リーンハルトは腕を組み、首を傾けた。



(夜の店で売れてるんです。バニーちゃんいっぱいいるんです。大人気なんですぅー!)



 ステラは心の中で訴えた。同時にリーンハルトが夜のお店を利用していないことにも、少しホッとする。



 ステラの中でリーンハルトは最高の紳士なのだ。



 それを再確認したところで、ステラは覚悟を決めてうさ耳を頭につけた。不自然に見えないようにカチューシャ部分を亜麻色の髪で隠し、うさ耳の根本に付属品のリボンを着けた。



「どうかな?」

「似合う。じっくり見られない限りバレる事はなさそうだな」

「ありがとう」



 リーンハルトの対応は期待通りだった。物足りなさを感じるほどに、爽やかだ。

 変装を終えたところで、早速移動を始める。リーンハルトが避けているのか、偶然なのか魔物と遭遇することなく昼前には村にたどり着いた。



「わぁ」



 ステラは小さく感嘆の声を漏らした。猫耳に犬耳に角まで生やした亜人が何人もいた。

 リーンハルト以外の亜人を見るのは初めてだ。特に路地裏を駆け回るモフモフ系の子供の可愛らしさに顔が緩んでしまう。

 少しだけオッサンズたちのバニーちゃん好きの気持ちが理解できた瞬間だった。



「おーい、ステラー!お腹空かないか?あの露店で何か買おう」

「はーい!」



 ステラの足は止まってしまい、リーンハルトと少し離れてしまっていた。少し慌てて駆け寄った。

 露店は炭火焼きの肉を売っていて、皮が焼ける香ばしい匂いが立ちこめていた。手慣れた様子でリーンハルトが注文し、串に刺さった肉を受け取った。

 かぶりつくと肉汁は少ないが、口の中でホロホロと肉が解けて、旨味が広がった。



「美味しい。初めて食べるお肉かも。なんのお肉?」

「これ、魔物の肉」

「むっ――――」



 吹き出しそうになり、ステラは慌てて口を押さえた。目を見開いたまま、リーンハルトを見た。



「黒狼のもも肉だよ。やっぱり初めてか」



 ステラはお肉を口に入れたまま、何度も頷いた。

 人の間では魔物の肉は瘴気が含まれ、身が穢れたり、呪われて魔物になってしまうと言われていたため口にした事がなかった。

 実際に魔物になった人は見たことはないが、森の魔物には瘴気に長くさらされた元動物も含まれている。そんなことからステラも信じていたひとりだ。



「大丈夫。殺した時点で瘴気は抜けてタダの肉になる。魔物になんかならないから安心して食べな。美味しいだろう?」



 そう言われ、ステラは肉をゴクンと飲み込んだ。



「初めて聞いた。なんで人の間では広まってないのかな」

「魔を食べたら魔になる……人は迷信や縁起を強く信じる一族だからな。書物によると、大昔はドラゴンの血を飲めば不老不死になると信じる人もいたようだし。不思議だよな〜ドラゴン自体が不老不死じゃないのに信じるとは」

「そうなんだ。先入観って怖いね。でも待って、こんなに美味しいのに食べないなんて、今まで捨ててた素材すごくもったいないじゃん」

「そうなんだよな。ギルド見てて、俺が食べるから、くれよって思ってた」



 そう言いながらリーンハルトは串焼きにかぶりつく。食べても何ともないと知れば、ステラにとって魔物の肉はごちそうだ。

 お互いに「食いしん坊」の称号を押しつけ合いながら、他の露店でも買い漁り、二人ともペロリと完食した。



 この村には宿はない。その代わり空き家を貸してくれるため、場所を確保した。

 亜人は農家も多いが、狩人と呼ばれる人も多い。薬草採集や護衛任務など何でもありの冒険者と違い、狩人は魔物専門ハンターだ。

 そういった人向けに村は空き家を壊さずに残してあるところが多いのだとか。寝具はないが格安で、野営よりはずっと快適だと言える。



 夕食と水浴びを済ませると軽い打合せをする。リーンハルトが地図を広げ、現在地を指さした。



「ここの村には乗り合い馬車も貸し馬もない。街に着くまでは徒歩になる。ゆっくり行くのと、身体強化でパッと移動するのとどちらが良い?ゆっくり行くと一晩野営することになる」

「ハルが良ければ、ゆっくりで。景色も植物もしっかり見ていきたいな」

「分かった。じゃあ明日の野営に備えて今夜は早く寝よう。ステラおやすみ」

「ハルもこの数日寝ずに飛んでくれてありがとう。おやすみ」



 そうして、それぞれ個室に入った。

 ステラは亜空間から寝袋を出して、フレームだけのベッドに乗せて腰掛けた。



「ついに国を出ちゃったんだ。私、旅をしてるんだ」



 まだどこか夢心地で、足は浮つき、心臓の鼓動は速い。

 一日目だけでも新しいことばかりで、ますます明日が楽しみになる。

 壁一枚向こう側にいるリーンハルトにむかってステラは感謝の祈りを捧げた。




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