21 訪れる変化
ステラは部屋をもう一度見渡した。
「そういえば、このお店とお家はどうしたの?」
「実は両親が借金していた商会のものなんだ。両親逮捕のときに返金の相談をしにいったら、あまりにも俺が可哀想だと同情してくれてね。残っている絵画や調度品を全て譲る条件で、借金をなかったことにしてくれたんだ」
ついでに屋敷の売却を任せたら、商会の手伝いを条件にこの一軒家もただで貰えてラッキーだったとレイモンドは笑った。
そして一階を店舗に改装し、質屋に入れられ持ち主がいなくなった骨董品を売っているという。外部の人と関わることができないほど病弱で引きこもりだったというのに、彼は想像以上の世渡り上手だった。
「日中は商会から出向で数名店舗には来るけど、二階には来ないよ。ゆっくりしていったらどうかな?」
「ごめんね。このあとハルとアマリア公国に旅に行く約束があるの。今回も私の我儘で急遽ここに寄っただけだから、すぐに出発するつもり」
「ん?それってふたりだけで?」
「うん!ハルが誘ってくれたの」
レイモンドの表情が一瞬ピシリと固まった。しかしすぐにいつもの柔らかな笑顔に戻り、リーンハルトに顔を向けた。
「ハルさん、くれぐれも宜しく頼みますよ」
「――――はい」
リーンハルトは妙に緊張した様子で頭を下げた。彼が畏まるのは珍しい。
「レイさん、俺から質問しても良いですか?」
「何かな?」
「王都の様子が妙なんですが、理由をご存知でしょうか」
「あぁ、それはね」
理由はダンジョンの討伐の長期化が原因だった。これ以上の長期化にも耐えられるよう、戦力の増強を目的に冒険者を募集するという話だ。
王都周辺のギルドからは、既にスカウトされたSランク数組が王都入りしているという。アーサーの言う通り、噂ではなく現実的に高ランカーの公募が近いのかもしれない。
ダンジョンの討伐隊に加わればリスクが高い分、報奨金はギルドの何倍も高くなる。募集人数が限られた場合、我先にと手を挙げられるように王都に冒険者が集まってきているようだ。
そして王都の人々は見慣れぬ武装した冒険者の姿に怖さを感じ、出歩く人が減った――――というのがレイモンドの見解だ。
(イーグル以外にもSランカーが既に動いているのね。でも私より能力のあるオリーヴィア様へと聖女は代替わりし、怪我で離脱する人が減る分むしろ戦力は温存、増強されたはずなのに……どうしてこんなにも冒険者を集めるのかな。やっぱりおかしい)
瘴気がなくなるのを待たずに、大穴からダンジョンに潜り直接核を壊しに――――そこまで考えたものの、もう自分は関係ないとステラは頭を振った。
「早くダンジョンが踏破されて、王都にも平穏が戻ると良いね。レイ様も落ち着かないでしょ」
「そうだね。それよりもステラの事を聞かせてよ。俺のことばかりじゃなくてさ」
「あのね。別れてから言われた通りすぐ東のユルルクに向かってね――――」
ユルルクに着いてすぐに運よくマダム・シシリーと出会い、住む場所と仕事を紹介してもらえたこと。冒険者のBランカーとして頑張っていること。好きな服が買え、前線では口に出来なかったケーキも食べられるようになったこと。
ステラは楽しい生活を送っていることを熱心に語った。
レイモンドは興味津々で質問し、ステラは興奮気味に答える。その様子をリーンハルトが微笑ましく見守り、空が白む頃まで続いた。
アクビを噛みながらレイモンドが朝食代わりのスープを出してくれた。ステラは申し訳なさそうに受け取った。
「仕事があるのにごめんね。体調は……」
「はは、もう心配しすぎだよ。それより本当に今夜は泊まらないのかい?ステラとハルさんの部屋はそれぞれ用意できるんだよ」
「ううん。これ以上いたら寂しくなっちゃうから、レイ様が仕事にいくタイミングで私たちも出るね」
ステラは笑顔を作り、スープをゆっくりと口に入れた。口に広がるのは強めの塩と固めの野菜だ。
「ふふふ」
「やっぱり微妙かな?」
「私が初めて作ったスープと同じ味だよ。一緒だね」
そう言ってステラはまたスープを口に運んだ。つい最近まで家事とは無関係の貴族だったレイモンドにしては上出来だ。
「ハルさんは……」
「美味しいです。俺の初めてよりはずっと上手です。とりあえず煮れば美味しくなるというのは幻想でした」
「それは……スープ作りって難しいと思うのは俺だけでなくて良かったよ」
「全くです。ステラが森の中で美味しい即席スープを出したときは感動したくらいです」
「羨ましいね」
レイモンドはリーンハルトが顔を緩ませ食べる姿を見て、胸を撫でおろしたようだった。
そして時間はあっという間にレイモンドの出勤時間を迎えてしまった。
ステラたちは裏口から外に出る。
するとリーンハルトが思い出したように、懐から何かを取り出した。
「レイさん、この笛を渡しておきます」
「変わった形だね。綺麗だ。ここから吹くのかな?」
受け取ったレイモンドは少し掲げて笛を見た。手のひらより小さい青い皿を二枚貝のように重ねた形をしていた。
「はい。どうしても困った時に吹いてください。どこにいても音が俺の耳には届く笛です。必ず助けに駆けつけます」
「亜人の耳が凄いのか、この笛が凄いのか……見るからに特別な笛だ。俺がもらっても良いのかい?気になってすぐに吹いてしまうかもしれないよ?」
「お世話になったお礼です。しかし一度吹くと音の共鳴で割れてしまうので、気を付けてください」
「なるほど。ありがたく受け取って、大切にしまっておくよ」
レイモンドが笛をポケットに入れる。
リーンハルトは「ありがとうございました」と一晩お世話になった以上の深い礼をしてから、ステラに前を譲った。
「レイ様、きちんと食べて寝てね。無理はしないでね」
「ステラもだよ。元気に旅を楽しんでおいで」
「うん……」
ステラはモジモジと手を下の方で擦り合わせ、なかなか「いってきます」が言い出せない。別れが名残惜しくなるからと、早めに出立を決めたのに意味がなくなっていた。
レイモンドは首を傾け「どうしたんだい?」と聞いてくるが、子供のような自分が恥ずかしくてステラはなかなか理由を言えない。
「ステラ、俺は先に歩いているからな」
見かねたリーンハルトが馬車乗り場に向けて、ステラたちに背中を向けた。彼が通りの角を曲がり姿が見えなくなると、レイモンドが手を広げた。
「ステラ、おいで」
「―――っ」
少しの葛藤のあとステラはレイモンドの胸に飛び込んだ。
「レイ……兄さん。また来て良いかな?」
「また兄と呼んでくれるんだね。当たり前だ。ステラは俺の唯一の家族なんだから。大切な妹なんだから……また必ず来るんだよ。待ってるから」
「うん!絶対にお土産持ってまた来るね。楽しみにしててね!ハルに置いていかれちゃうから、レイ兄さん……バイバイ」
「ステラ、バイバイ」
少しだけ強く抱きしめると、すぐに体を離し、ステラは通りに向かって走った。
角を曲がると、案の定リーンハルトが待ってくれていた。
「ハル、ありがとう」
ステラはレイモンドと二人きりになれるよう配慮してくれたことを感謝した。
レイモンドもリーンハルトの前では少し遠慮していたらしい。互いに以前のような関係で甘え、別れを言えたのはリーンハルトの少し焦らすような態度のお陰だ。
「本当にありがとう」
何よりリーンハルトがいなければ、レイモンドにまた会いに来る勇気も出ず、前の別れが今生の別れになっていたかもしれなかった。
それも含めて、ステラは感謝した。
「お安い御用だ。さぁまた隣町に戻って、夜になったら森から出発だ」
「うん」
相変わらずリーンハルトは「何ともない」というような態度だ。だからステラは甘えてしまう。
もう命を救った恩返しはじゅうぶんに受け取ったとステラは感じていた。
それでも「もう恩返しは必要ないよ」と言い出せないのは、まだ彼に甘えたくて、隣にいて欲しいと思っているからだ。
友達に対する感情にしては強い想いに戸惑いつつ、気付かないふりをしてステラはリーンハルトの隣を歩いた。
そして二人は来た道を戻り、その夜アマリア公国に向けてリンデール王国の地から飛び立った。





