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02 真の聖女

 

 ステラはテントに戻ると白い軍服を脱いだ。

 国一番の回復魔法の使い手に与えられる、希望の白色は土埃や負傷者の血で汚れていた。


 ついでに下着も桶に入れて、まとめて水魔法でかき回しながら洗う。その間に魔法で作った亜空間から洗濯済みの白服を取り出し着る。よく見ればもう真っ白なところは残っていないくらい使い込まれていた。



「はぁ、着替えがもう少しあれば傷むスピードも遅くなるのに」



 聖女は清廉なるものとして贅沢を控えることを求められ、無償で万人を助けるのが義務とされている。

 もちろん騎士団や国民の士気を上げるためのパフォーマンスだ。実際には秘密裏に国から実家に多額の支援金が納められ、そこから聖女は功労金を受け取れる。

 本来ならばそのはずなのだが、ステラには全く恩恵がない。



(どうせ男爵と夫人が苦労も知らずに遊びに使ってるんでしょうけどね……でもレイ兄さんの薬が買えているなら良いか)



 ヘイズ男爵家には病弱な一人息子レイモンドがいた。幼い頃は風邪を引くと、毎回命に関わるような熱を出してしまうほど弱かった。

 そんなとき、ヘイズ男爵はステラが他の子供に回復魔法を施しているところを偶然見つけた。

 男爵はすぐに孤児院にいたステラを養女として引き取った。 



 しかしステラの回復魔法でもレイモンドの病弱さは治せず、悪化しないように維持するので精一杯。屋敷にいる頃は毎日魔力が尽きて気絶するまで回復魔法を繰り返した。


 今は討伐で離れているため、回復魔法の代わりに多額の薬代が必要なのは確かだった。散財するクズ義両親はともかく、優しい義兄のためならば、貧しい援助でも我慢できる。



「この遠征が終わったらどんなご褒美をお願いしようかなぁ」



 おねだり先はもちろん義両親ではなく、婚約者のライルだ。正式に婚約すれば、我慢している甘い物や好きな服だって好きにして良いと言われている。

 こんな風にステラを甘やかしてくれるのはライルと義兄レイモンドだけ。



 騎士団の人間はすでにステラが怪我を治すのが当たり前と思っていて、初めは言ってもらえた「ありがとう」は久しく聞いてない。

 だからステラはライルとレイモンドのために頑張ろうと改めて決意し、簡易ベッドの上で短い夢の時間へと旅立った。









 そして夢の終わりの知らせは唐突にきた。

 一ヶ月後、ステラが本部に呼ばれテントに行くと、ライルが綺麗な女性を伴って告げた。



「実は新しい真の聖女が見つかり、称号の譲渡が決まった。オリーヴィア、彼女が君が来るまでのあいだ頑張ってくれていたステラ・ヘイズだ」

「はじめまして。わたくしは新たに聖女の称号を頂いたシアーズ侯爵家の娘オリーヴィアですわ。この度わたくしの実力が認められたため、この場に馳せ参じた次第でございますの。今後はお任せくださいませ」



 オリーヴィアの髪は稲穂のように波打つ金色で、優雅に腰まで伸びている。日焼けを知らない白い肌の上には、アメジストのような紫色の瞳が乗っていた。

 身に纏っているのは同じ白なのにデザインは全く違う。ひと目で最高級のオーダーメイドのオリジナル軍服だと分かる。まるで法衣のような、ドレスのような優雅さがあった。

 首にかかっている数珠繋ぎの赤い石のロングネックレスとのコントラストが、より白の清廉さを際立たせていた。



 第一印象は「聖女」というよりは「お姫様」だ。

 ステラは震える声で確認する。



「どうして今になって……」

「シアーズ家に伝わる、血縁者にしか使えない回復魔法の秘術がありますの。その習得に時間がかかってしまって……しかしようやく先日、奇跡の力に目覚めることができましたのですわ」



 そう言われてシアーズ家が回復術士の名門だと思い出す。

 回復魔法の才能が子に引き継がれることは稀だ。それでもシアーズ侯爵家は過去に優秀な回復術士や聖女聖者を何人も輩出していた。

 シアーズ家であれば誰でも――――というわけでないことを考えると、秘術も簡単なものではないのだろう。



「オリーヴィア様もご苦労なさったのですね」

「えぇ。でもお陰で聖女の称号も手に入れ、ライル様と婚約することが出来ましたわ。そう思えば苦労のうちには入りませんことよ」

「――――婚、約?」



 ステラは唖然とし、声は掠れ、口をハクハクさせた。声の代わりに「どういうことか」とライルへと視線を向けた。



「オリーヴィアの言うとおりだ。ダンジョン踏破のあと王都に帰還次第、婚姻の儀を執り行う予定だ。国王陛下もお認めになっている」

「ライル様はそれでいいのですか?ライル様の……お気持ちは……」



 国王の命で仕方ない。本当は望んだ婚約ではない――――否定の言葉をステラは望む。だがライルの冷めた瞳に揺らぎはない。



「国の宝である聖女を妻に迎える。これは私も望んだ婚約だ」

「――――っ」



 聞こえているのに、言葉が耳をすり抜けていった。問い詰めたいことがあるはずなのに喉は動かない。



「そういうことだ。魔物の発生が落ち着いている間にキャンプ地にいる者に公表しよう。明日からオリーヴィアが聖女、ステラ・ヘイズは救護班に所属とする。前聖女としての貢献を考慮し、引き継ぎ期間の白服の着用と、ダンジョン踏破まで個人のテントの使用は認めよう」



 それだけ言うとライルはオリーヴィアをエスコートしながらテントを出ていった。

 少しすると外から拡声器を通してライルがオリーヴィアを紹介する声が聞こえてきた。内容は数分前に聞いたものと同じで、嘘を聞かされたわけでないと実感してくる。



 ステラはふらりとした足取りでテントの外に出た。

 仮設舞台の上にはライルとオリーヴィア、数日前に腕を無くした騎士が立っていた。



「急に現れたわたくしに命を預けるのは不安があるでしょう。わたくしが選ばれた聖女であることを証明いたします」



 オリーヴィアが騎士の腕に触れ、呪文を唱えた。眩い光が手から溢れ、光は次第に腕の形へと代わり、光が収まったところには騎士の腕が戻っていた。



 僅かな静寂のあと、奇跡を目の当たりした騎士団からは歓喜の声があがった。



 ステラはどんな怪我でも治せる。腕が千切れたってくっつける事もできる。

 しかし完全に欠損した部位を生み出す力はない。オリーヴィアの回復魔法はまさに奇跡の力――――間違いなく聖女の名に相応しい力だった。



 先日までステラの頭を撫でてくれたライルの手は、オリーヴィアの肩を抱き寄せていた。

 仲睦まじく見える美しい二人の姿はまるで名画の一枚のようだ。



「そっか……ライル様ははじめから私ではなく、聖女と結婚したかったんだ。愛なんてなかったんだ」



 家柄も、回復術士としての力も、美しさもオリーヴィアには勝てない。オリーヴィアを差し置いて、ステラがライルに愛される要素は皆無。



「私も頑張ったんだけどなぁ……」



 立ち尽くすステラの呟きは、皆の歓声にかき消された。



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