19 訪れる変化
「よし、いっぱい買うぞ!」
ステラは早速旅に向けて買い物をするため、ショッピングストリートに出向いていた。
お金にも亜空間にも余裕がある。どんな場所に行っても馴染めるよう、いろんなパターンの服を買おうと意気込んだ。
「このスカート可愛い。でも走りにくいか……いや狩り前提で考えちゃだめだった。旅なんだからスカートくらい。あ、でもこっちのキュロットも可愛い」
自由に服を買えるようになってから、ステラはすっかり服選びが楽しくなっていた。
散財するような買い方はしない。今回も組み合わせを考え、素材を確認し、きちんと試着してから購入を決める。
「これは……」
ふと、魔法使い向けのローブ風ワンピースが目に入った。上から下まで白く、まるで聖女が着そうな清楚な服だ。
「お客様、こちらは魔術士向けに入荷したばかりの服なんですよ。もちろん可愛いデザインなのでどなたにもおすすめです」
リンデール王国では白のみの服は聖女以外の着用は認められていない。
だからドキリとしたが縁取りに差し色やスカートには青い刺繍が入っていて一般人が着ても問題ないデザインだ。問題ないが、普通の人は恐れ多くて着られないだろう。
おそらく他国からの輸入品に違いない。
「いえ、私は他の色にします」
ステラは申し訳なさそうに微笑みながら断った。
聖女の記憶や存在からできるだけ遠い所に――――前線からユルルクの距離と同じくらい離れていたい。いまもそう思っている。
だから聖女を思い出す上から下まで真っ白な服は苦手だ。
今まではユルルクの地が最大限遠かったけれど、来週からはもっと遠くへ離れられる。そう思うと、自然と沈みかけた気持ちが浮上した。
今は逃げたいというより、純粋に未体験の土地への大きな期待感と少しの不安が混ざっている。
不思議なことに不安すらも楽しみの一部になっている。
(ハルのお陰だな。彼と会ってからまた私の世界が広がってる。あ、もしかしたらハルの知り合いに会うかも。恥ずかしくないようにしなきゃ)
ステラは再び服選びに集中し始める。
リーンハルトの隣でも違和感のない服はどれか。彼はどんな服だと褒めてくれるのか。そう考えると難しくなり、いつもより服選びに時間がかかってしまう。
するとまた店員さんに声をかけられた。
「熱心に見られてますが、いつ着るか決まってるんですか?」
「知り合いの男性の故郷へふたりで旅に行くんですけど、彼の隣にいて合う服ってどんなのかなぁって。彼の好みとかは分からなくて……」
「まぁ初々しいですね。私も恋人と付き合い始めたときが懐かしいですぅ〜年上彼氏ですか?年下彼氏ですか?年齢によって合せる服が――――」
「いえ、友達なんですけど」
すると店員はぎょっとした顔になった。
ステラは何か変なことを言ってしまったのかと、オロオロと視線を泳がす。
「おほほ。相手の好みに合せるのって友達というより、恋人のためのことが多く、特に男性が相手ですと……ね?早とちりして、ごめんなさぁい」
「は、はい。あ、試着良いですか?」
ステラは手に持っていた服を着て鏡を見た。
(恋すると服を好きな人に合わせたくなるものなのか……知らなかった)
ライルの時は微塵も考えたことがなかった。服は動きやすく、丈夫であれば良くて、ライルに合わせたいなんて思ったことがなかった。
(合わせようと思ったら、オリーヴィア様のようなエレガントなデザインでキラキラした布が良いんだろうなぁ)
芸術品のように美しいライルとお姫様のようなオリーヴィアの並んだ姿はお似合いだった。
久々に彼らを思い出したが、辛い思い出ではあるものの、もう悲しみは湧いてこない。
無関心という言葉がピッタリだ。幸せになろうが不幸になろうがどうでも良い。
「すっかり過去のことなんだなぁ」
婚約破棄や、濡れ衣を着せられたことは未だに許せる訳ではないが、平和のためにもダンジョン踏破だけは頑張って欲しいとは思っている。
戦鬼である騎士団長ダリル・アドラムに挨拶は出来なかったけれど、あの人がいるなら大丈夫かと記憶の隅へ追いやった。
結局どんな服が良いのか分からなくなったので、店員おすすめを数着買って店を出た。
次に思い出したのは細身の元義兄レイモンドの姿だ。
(あれからレイ兄さんは風邪をひかずに過ごせているのかな。自分だけこんなに楽しく生活してていいのかな?)
私利私欲に溺れたヘイズ夫妻の目を覚まさせるのは難しい。尻拭いで苦労していないか、心労で体調を崩していないか――――今までは目をそらしていた罪悪感に、歩く足取りが重くなっていく。
「ステラ!」
考え事をしながら歩いていると、リーンハルトと遭遇した。いつもの格好なので、ギルドの帰りらしい。
「どうしたの?旅に出るのが不安になってきた?」
「え?」
「すごく暗い顔をしている。ステラには旅を楽しんで欲しい。俺に話せることなら聞くが……俺とステラの仲だろ?頼ってよ」
「ハル……」
無理やり聞こうとせず、甘やかすようなやり方は卑怯だと思った。ステラはどうしても頼って、話したくなってしまう。
「前に話した私を助けてくれた人なんだけど、その人がどうしているか気になるの。いままで何も連絡もしてないなんて薄情だけど、今より遠いところに行くと思うと、なんだか急に気になっちゃって……」
「なるほど。なら会いにいけば良いじゃないか。会えなくても、こっそり姿をみるとか」
「でもその人は王都にいるの。この国の中央から対称の西だから、往復したら最低二週間はかかるの……アマリア行きに間に合わない」
「俺の背に乗って飛んでいけばすぐだろう?アマリア行くついでに寄れば良いじゃないか」
まるで王都行きを買い物ついでのように言うリーンハルトに、ステラは目を丸くした。
アマリア公国の真逆の方角ではないが、王都なんて遠回りのルートだ。そんな労力をリーンハルトにかけるわけには――――そう思っていることを見抜いたように彼は告げた。
「全力で飛べばたぶん一晩で着くんじゃないかな」
「はやっ!」
「な?王都なんてすぐそこだろう?行こう」
「本当に……いいの?」
リーンハルトには全く関係ないことなのに、叶えてもらって良いのか。友達といえど、こんなにも甘えても良いのか。ステラは自問自答しながら聞いた。
そんな悩みは不要だとばかりに、彼はにっこり微笑んだ。
「もちろん!俺たちの仲だろ?」
「――――ありがとう」
「まだ、泣くな。会えたときにとっておくんだ」
「ゔんっ」
空を見上げて、零れそうな涙を湛えた。
心配なら早く出発しよう――――とリーンハルトの提案で予定より二日早めて、翌日ユルルクを発つことにした。
日がどっぷり沈んだことを確認し、森でリーンハルトはドラゴンへと姿を変える。
ステラは前回は無かったものに気付く。
「綱に鐙?」
「命綱の代わりだ。長距離だから飛び方も変わるしな。さぁ乗るんだ」
リーンハルトの上に乗り、革製のベルトを腰に回し、鐙に足を乗せた。操縦目的ではない綱を握れば、首に手を回す必要がなくなり、姿勢が安定した。
ちょうどいいサイズなので、ステラのために用意したのだろう。至れり尽くせりで何からお礼を言ったらいいか分からない。
ステラはただ一言「ありがとう」としか言えなかった。
「安全ベルトにきちんと繋げた?」
「うん!準備できたよ。お願いします」
「じゃあ飛ぶよ」
リーンハルトが翼を大きくひと仰ぎすると、一気に空へと舞い上がる。
ふたりは夜空に姿を紛れ込ませ、王都へ向かった。