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17 訪れる変化

 

「お断りします!絶対に行きません」



 ステラはピシャリと断った。中途半端にオブラートに包んでいては絶対にアーサーは引かないからだ。



「そんなこと言わずに。まずはお試しでユルルクの地で僕のパーティと過ごしてみないかい?僕が華麗にエスコートしてみせるよ」



 このセリフを聞いたのは何度目だろうか。

 しっかり拒否してもアーサーは諦めない。彼がユルルクにいる間はいつもこんな感じだ。


 イーグルの仲間はアーサー放置で酒盛りを始める始末。見慣れた懐かしい光景に誰も止めるものはいない。

 ステラひとりで対処しなければならない。



「いえ、不要です。お断りします!」

「僕と活動すれば冒険者の憧れ二つ名も得られるだろう。それも僕の『東の勇者』と対になる『東の聖女』という回復術士としては最高の二つ名が」

「絶対に無理。本当に無理。聖女名乗るとか死亡案件で無理。アーサーさんとは行けない。無理」



 確かに二つ名に憧れはあるが、『聖女』だけは駄目だ。これだけは受け入れられない。


 貴族や覇権に疎いステラでも、一年半前の罠の原因に心当りがついていた。

 オリーヴィアの指示なのか、実家シアーズ侯爵家の指示なのかは不明だが、命を狙われたのは事実。

 生きていると知られ、尚かつ聖女という二つ名なんて持っていたら、聖女の座を狙う不届き者として次こそ慈悲なく殺される予感がしている。



「聖女の名だけは絶対に受け付けません」



 そんなこと言わずに――――と迫るアーサーに対してステラは腕でバツを作って全身で拒絶した。



「では聖女以外の二つ名なら良いのだろうか。じゃあ希望の名を広めるようパーティに――――」

「そこまでだ。相手の気持ちも量れない者の誘いに頷けるはずがないだろう」



 ステラの肩を揺らしていたアーサーの手が離れた。リーンハルトが止めに入ってくれたのだった。



「亜人よ。ステラは素直になれない子なんだよ。だから僕がその壁を壊そうとしているというのに、横槍をいれないでくれたまえ」


 ステラはドキリとしたが、口を一文字にして、答えることすらせず黙秘する。

 リーンハルトは困惑の表情を浮かべるステラを見て、アーサーに冷たい視線を向けた。



「見ろ。ステラは素直に嫌がっている、と俺には見えるのだが?」

「なんだと?」



 リーンハルトとアーサーがギロリと互いに睨み合った。どちらも青と金の色を持つ同士。同じように見えて、性格は全く違うふたりだ。

 高ランカー同士の威圧がぶつかり、熱されていた宴の空気が冷え込みそうになった。

 そのときオジサマ冒険者のザラスが動いた。



「おいアーサー、帰ってきて忘れてることあるんじゃ〜ねぇか?」

「ザラス師匠!失礼しました。まずは師匠に最高のお酒のお土産を」

「そうこなくっちゃな!アーサー、今夜は俺と飲むぞ」

「もちろんです」



 アーサーはザラスにがっしりと肩を組まれ、ステラとは離れた席へと連れて行かれた。

 ステラとリーンハルトは心の中でザラスに感謝し、ひっそりと抜けたのだった。



 次の日からステラは、逃走スキルを最大限に活かしアーサーとの接触を避けた。ありがたいことに仕事中であれば彼は邪魔してこない。

 それにアーサーの容姿はステラから見ても麗しい。ステラ以外には見た目の通り正統派王子様風の性格だ。落ち着き、押しすぎず引き際を知っている、大人の男性という評価だ。

そのため他の冒険者の女の子はこぞってアーサーに秋波を送り、彼は囲まれていることが多い。その間にステラは逃げていた。

 


 しかし数日後、Sランクパーティのイーグルと森で遭遇してしまった。

 残念なことにちょうど昼時で昼ご飯を食べようと火を熾し終わったところ。ふたりのランチにアーサーがしれっと合流してしまった。イーグルの他の人たちは少し離れたところで休憩をしている。

 アーサーの会話のネタはやはりステラの勧誘だ。



「ステラよ。訓練なら僕たちイーグルと一緒に来たほうが個人プレイでも連携プレイでもバリエーション豊富にできるよ。何故、僕たちより彼を選ぶんだい?」

「マンツーマンでしっかり訓練したいんです」

「それなら僕も手取り足取り教えてあげられるじゃないか。まずは一緒に」

「もう、何で察してくれないんですか!相手はハルが良いんですぅー!」



 ステラは子供のように口を尖らせて、顔をプイッと横にした。

 リーンハルト以上に気軽に過ごせる人はいない。大切な友達(リーンハルト)より面倒な先輩(アーサー)を選ぶ理由が無かった。



 アーサーはずっと狙っていたステラをリーンハルトに横取りされた気分なのか、ジロリと睨む。

 一方、リーンハルトはステラお手製のサンドウィッチを頬張りながら完全無視だ。いつもより美味しそうに食べている。

 アーサーは「ぐぬぬ」と唸ったあと、諦めたように肩を落としてステラに視線を戻す。



「レディ・ステラ……君はユルルクだけで納まるべきでないのだよ。国中を回ったが、君以上の回復術士は見つからず、だれも足元にも及ばなかった」

「既にイーグルには回復魔法を使える人がふたりもいるじゃないですか」



 イーグルには双子の姉妹が魔術士として所属している。確かにステラほどの実力はないが、パーティを回復させるには十分すぎるほどの力の持ち主だ。


 だというのにアーサーがまだ回復術士を求める意味が分からない。逸らしていた若葉色の瞳で、アーサーを問うように見つめた。

 するとアーサーはふざけた雰囲気を消した。



「王都より西のダンジョンの存在は知っているよね?あのダンジョンは異常だ。まだ瘴気が消えることなく魔物を生み続けている。戦力の補強を目的に、国は内密に一部の冒険者の招集をはじめたようだ。イーグルにも打診がきている」



 ステラはドキリとした。

 噂どころか既にSランクへのスカウトが始まっていた。Aランク冒険者の指名依頼がはじまる日も近いかもしれない。



「ユルルクは高ランクの魔物が多い。冒険者の募集が公募になり高ランカーが不在になれば、ユルルクの魔物が増え、ザラス師匠や低ランカーたちの命が危うくなる。街に魔物が降りてくるようになるかもしれない。僕は公募を阻止するために、最強のパーティを組んでダンジョンに行きたいんだ」



 ユルルクの街はアーサーの故郷だ。ギルドの冒険者は全員家族だと公言し、大切にしているのも知っている。

 公募にならないように、自分たちの力だけでしっかりとダンジョンの魔物を倒す環境を整えたいという。


 回復術士にステラを迎えて、双子の姉妹は攻撃にシフトチェンジをすれば大陸でも一番を狙えるパーティになるかもしれない。

 アーサーの言いたいことは分かるが、ステラは同意できない。



「前線には本物の聖女がいます。選出する際には当時の貴族、冒険者関係なく回復術士を調べて、その上で圧倒的一番を選んでいるはずです」



 実力が途中で上下してはいけないので、二位と僅差である場合「聖女」の称号は与えられない。単なる宮廷回復術士としての扱いとなる。

 現在、ステラに匹敵する実力の持ち主は、オリーヴィア以外にいる可能性は限りなく低い。



「しかし今回の聖女は前聖女を外してまでその座についた貴族と聞く。ダンジョン踏破の途中で割り込むような交代など前代未聞。権力争いが原因なら、平民を治すような人だとは思えない」

「大丈夫です。聖女の名が保証してくれます」

「本当か?駆け引きが仕事の貴族に、聖女の心は宿るのだろうか」

「聖女の名を受け取ったのならば、平等精神が義務です。身分関係なく癒やさなければなりません」



 聖女は魔力ある限り、回復を求める声を拒否できない。

 ステラより能力が上ということは目撃済みだし、他の回復術士も多く駐在している。討伐隊よりも実力がありそうなSランク冒険者を蔑ろにすることはない。



「前線での回復魔法の心配はありません。私こそユルルクに残り、この街と冒険者を守るべきかと」

「……うむ、もっともな意見だ。ここは一旦引こう」



 アーサーは苦笑し立ち上がった。



「故郷でもないのにユルルクの地に、何故ステラがこだわるのか不思議だよ。じゃあまた口説きに来るから覚悟してくれたまえ」



 そう言ってアーサーはパーティを引き連れ、更に森の奥へと消えていった。



「ハルごめんね。最近巻き込んでばかりで」

「なんてことない。なぁ、ステラ。天気もいいし夜まで訓練して、久々に俺の背に乗って帰らないか?」



 リーンハルトの誘いにステラは力強く頷いた。



 夜になり、リーンハルトはドラゴンの姿になった。変わらず星空のように輝く青い姿に見惚れる。見るのは二度目だというのに感動は色褪せない。


 ステラがリーンハルトの背に乗ると一気に空へと飛び立った。今夜は街には向かわず、広い森の上をぐるぐる回っている。



「ステラは秘密主義者だ。俺も身内のことを打ち明けることが難しいから人のことは言えないが、話してもらえない事が最近寂しい」

「…………そうだったんだ」

「話せという訳ではない。もし俺を友達と言うのなら、言える範囲で答えてほしい」



 リーンハルトの声は落ち着き、強要するような感じは受けない。



「本当は旅に出たいのだろう?だが旅に出ると何者かに見つかる可能性があり、怖くて出来ない……そう見えるんだが、どうだ?」

「なんで、そう思うの?」

「俺の旅の話を聞くときのステラの目の輝きを見たら分かるさ。これも嫌なら答えなくて良い」

「ううん。ハルの言う通りだよ」



 ステラは素直に肯定した。

 優しいリーンハルトからは隠し事の核心に踏み込んでは来ない。

 それは彼にも隠し事があるというのもあるが、何よりステラを大切にしたいという気持ちと行動が伝わってくるからだ。少しだけ、心の内を曝け出しても良いのかなとも思った。



「私ね、この国で死んだことになってるの。大切な人が私を守るために仕組んでくれた嘘。その嘘がバレてしまうと私だけでなく、大切な人まで危険に晒す。それを避けたいの」



 元義兄レイモンドがリスクを負ってまで助けてくれた。それを無駄にしたくはない。

 ステラはレイモンドを思い出し、温もりを求めるように無意識にリーンハルトの首に頬を寄せた。



「じゃあ国内の役人にバレないところなら良いんだな?」

「そんなところある?」



 国外という遠くへ行くのなら、現地で冒険者としてお金を稼ぎながら移動しなければならない。

 それはアーサーの狙い通り、名を広めるリスクがある。



「あるよ。俺の故郷である亜人の国――――アマリア公国だ」



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