16 訪れる変化
騒動の翌日、ステラはマダム・シシリーに今後の臨時治療院の方針について相談した。
ユルルクに染まっていないリーンハルトの見解も必要だと思い、彼にも同席してもらっている。
ひとつ、臨時治療院の開設を週三回から基本週一回に減らすこと。
ふたつ、一週間で自然治癒したり、狩りに支障がなさそうな怪我の治療は見送ること。もし治りが悪ければ次の開設日に回復魔法を施す。
みっつ、重傷者だとしても怪我を全回復させないこと。怪我はある程度治すが、傷跡を残すことによって怪我の恐ろしさを忘れさせないようにする。
この提案はいまのステラが思いつく、みんなの守り方だった。
「怪我をしてから命を守るのではなく、命を守るために余計な怪我をさせないようにする。なるほど♡冒険者の意識を変える必要があると考えたのね」
「はい。ハルに指摘されて今のままじゃ駄目だって思ったんです。急なお願いで申し訳ないのですが、協力お願いします」
「俺からもお願いします。ステラに依存しない体制づくりが必要だと思います」
ステラとリーンハルトは一緒に頭を下げた。
「謝らないで。悪いのはステラちゃんの治療院に依存しているギルドと冒険者だわ。ステラちゃんに治療院を辞めると言われても文句は言えないレベルの話よ。それなのに考えてくれて嬉しいわ♡ギルドマスターには私から話しておくわね」
「ありがとうございます」
ステラはお礼を言うと、リーンハルトと顔を合わせて顔を綻ばせた。
一度甘やかされた冒険者に急に受け入れてもらうのは難しいだろう。
それでもこうやってリーンハルトやマダム・シシリーのような理解者が増えれば、いい方向に変わる予感がした。
「本当に私も含めてみんなステラちゃんに甘えすぎていたわね♡こんな凄腕の回復術士がギルドに長期滞在していることが稀なのに」
回復術士は数の少なさと有用性から冒険者パーティに大人気だ。たった数回でも回復魔法が使うことができれば、引く手数多。
つまり数十回も使えるステラの力量は群を抜いて高く、まさに桁違いなのだ。
ステラに断られたパーティやコンビを組もうとした冒険者の数は知れない。
パーティは国中渡り歩くことが多く、高ランクパーティは他国に行くことも当たり前。
動き回ったらステラの存命が国に知られるリスクが高くなるため、ステラは絶対に首を縦に振ることができないのだ。
いまではパーティを組まない人としてもユルルクでは有名になったため、誘われることはほとんど無くなった。
「ステラちゃんがユルルクにいてくれるのは助かるし嬉しいわ♡でも他の街に出たくなったら周りは気にせず行っていいんだからね。縛られない。それが冒険者なんだから♡あ、でも事前に教えるのよ。急にいなくなったら行方不明だと思っちゃうわ」
「はい。必ず伝えます」
マダム・シシリーは満足そうに微笑むと、ステラからリーンハルトに視線を移した。
「ねぇハル君はAランクの昇格試験はいつ受けるのかしら♡」
「Aランクになると指名依頼の縛りが強くなるんですよね?俺が亜人というのもありますし、儲けは十分あるので受けません」
清々しいほどの笑顔でリーンハルトは返した。
それに対してマダム・シシリーはプリプリと怒ったふりをする。
「んもうっ!エース二人してつれないわね♡まぁハル君は元々ステラちゃん引率が目的だったものね〜最強攻撃タイプのハル君と最強支援系タイプのステラちゃん、いい組み合わせだわ。仲良くするのよ♡」
「はい!友達ですから。ね、ハル!」
「そうだな」
二人で応接室を出てホールに行くと、オジサマ冒険者ザラスが騒動を起こした冒険者を引き連れて待っていた。
昨日ステラが飛び出したあと、ザラスが入れ替わりで帰ってきたようで、事の顛末を聞いて説教をしたようだ。
そして冒険者たちはステラに謝罪を申し入れに集まったらしい。
「治してもらえることを当たり前だと思っていた。それに人にモノを頼む態度でもなかった。すまない」
「アンタは治したくないと意地悪したわけじゃないのに、責めて悪かった。この通りだ」
喧嘩の筆頭であった若者冒険者と中年冒険者が代表して謝罪を口にすると、騒動の輪に加わっていた冒険者たちが一斉に頭を下げた。
いつものステラなら「気にしてませんから」とヘコヘコ言うところだが、ぐっと堪え、ひと呼吸おいてから口を開いた。
「謝罪を受け入れます。そして昨日、重い人は治すと言いながら勝手に飛び出してすみません。その人は今から治します。これでお互い水に流しましょう」
ステラがニッコリと微笑めば、皆が胸を撫で下ろした。
でもそこで簡単に手を緩めたりしない。
「私の人生なので、これからはもっと自分を優先することにしました。自分の訓練を減らすつもりは一切なく、むしろ今後増やします。それによる弊害の文句は受け付けません。言ったらそれ相応の対応をしますので予めご了承ください」
つまり森の中で前のように救けるつもりはない、と言ったのだ。
回復魔法を盾にするのは卑怯だが、念を入れて釘を刺しておく。
水に流す=前と同じく森で巡回し治療する――――と都合よく解釈し、助けてもらえる前提で油断し、森の奥に入る人が絶対に出てくるからだ。
実際に何人か悔しそうな表情を見せた。非情かもしれないが稼ぎを優先するか、命を優先するかは本人の判断任せだ。
「さぁて、仲直りにはやっぱり酒だろう!若いやつはこのザラス様が一杯ずつ奢ってやる。先輩の話を聞いて狩りに活かせ。利用しろ」
「は、はい!」
「おい、俺と同世代。デケェ顔したきゃ新人を大切に育てろ。うまく行けば俺みたいに師匠として甘い汁吸えるぞ」
「お、おう!」
ザラスは腹から出すような笑い声を上げて、幾人かの冒険者を食堂に引き連れていった。ちなみにいまは昼前だ。
リーンハルトは不思議そうにその背を見ていた。
「ザラスさんはギリギリCランクなのに、どのベテランも高ランカーも関係なく慕っているんだな」
「今は不在だけどユルルク出身のSランクパーティの新人時代の世話をしていたの。しかもザラスさんが認めた新人は高ランカーになる人も多いから、認められたいがために悪いことできないって話だよ。何よりあの性格が一番の魅力なんだろうけどね」
「そうだよな。力だけが全てじゃないよな」
「まぁね。じゃあ私は自分の仕事をするかな」
ステラは気持ちを切り替えて、残っている怪我人に回復魔法をかけた。
終わらせるとステラもリーンハルトも二階の食堂の輪に加わった。
はじめはぎこちなかった会話も、お酒が進めば減っていく。お酒というのは魔法の水と言っても過言ではない。
若者冒険者――――といってもステラのふたつほど年下の青年が、リーンハルトに絡む。
「ハルひゃん、やっぱりずるいっすよぉ」
「何が?」
呂律の回らない若者冒険者に水を出しながら、リーンハルトは聞いた。
「回復術士で可愛いステリャひゃんと二人きりで狩りにいくとか。どう口説いたんれひゅか!ステリャひゃんは誰とも組まないって有名で、俺も皆もあきらめてちゃのに」
「そうなのか?普通に申し出たその日に承諾をもらったんだが……タイミングが良かったんだろうな」
「それはどうにもなりゃねぇ」
若者冒険者はテーブルに突っ伏した。リーンハルトは苦笑しながら水の追加をコップに注ぐと、若者冒険者に渡す前に横から奪われた。
コップの水は剣士スタイルの冒険者が飲み干してしまう。金髪に青い瞳、褐色の肌はエキゾチックで整った容姿をしていた。砂漠の国の王子様と見紛う風貌だ。
「亜人か。お前がステラと組んでいるだって?」
「あぁ」
「ほぅ、ようやく彼女も仲間の素晴らしさを知ったんだね。だがお前じゃない」
突然現れた金髪褐色肌の剣士の眼力は、リーンハルトですら僅かに動揺する圧力と貫禄があった。
剣士はリーンハルトにコップを押し付け、ステラの前に闊歩し跪いた。
「ステラ……」
「アーサーさん」
ステラのほろ酔い気分はスッカリ吹っ飛び、身構えた。
剣士の名はアーサー、二十八歳。
Sランクパーティ「イーグル」に所属し、ソロでもSランクというユルルク出身の最強の冒険者。
容姿もキラキラと輝いていることから「東の勇者」と例えられ、憧れる冒険者も多い。
このレベルにくると平民からの人気も高く、まさに理想の男。
しかしステラはドが付くほど苦手だった。なぜなら――――
「プリンセス・ステラ!やっぱり君以上の回復術士はどこにもいない。さぁ今度こそ僕のパーティと旅に行こう。国中に……いや大陸中に僕たちの二つ名を轟かせよう。僕は君が必要なんだ。君の力を愛しているんだ!」
今もなおステラを執拗にパーティに誘ってくる稀な冒険者で、ステラ限定でうざい系ロマンチストだったからだ。





