01 真の聖女
大陸にはダンジョンと呼ばれる魔物が発生する特異点がある。地面が陥没した地下型、土壌が隆起してできた山型など形はいくつかあり、そこにできた大穴から魔物は出てくる。
姿はどれもインクを被ったように黒く、野生動物を模した凶暴な魔物は人類の天敵だ。
リンデール王国の最西の森でも今まさにダンジョンから発生した魔物と人との戦いが起きていた。
「特異点方向より新たにBランク三体、Cランク六体接近!」
「騎士四班、第二ライン準備!騎士二班、第一ライン撤退!魔法士二班、構え――――撃てぇ!」
騎士団が陣を敷く平原まで魔物を最大限に引きつけて、火属性の魔法で燃やす。
しかし強い魔物は魔法だけで全部倒れてはくれない。
魔法と同時に飛び出した騎士たちが確実に命を奪うために剣を振るう。
このような戦いを繰り返してまもなく五年――――緑地だった大地は人間と魔物に踏み荒らされ、両者の血で赤黒く染まっていた。
人間と魔物が入り乱れる中で、小さな花火が数か所で打ち上げられた。
「救援弾、四箇所確認。救援班は負傷者を回収し回復術士のところへ」
「駄目です! 全員、先の救援弾で出てからまだ帰ってきてません。団長も最前線に出てます」
「魔物と応戦中か!誰か空いている奴は――――」
現場司令官が監視塔の上から控え組を見て、苦虫を噛み潰した。
先程撤退してきたばかりの騎士たちは疲労困憊だ。少し前に生まれたSランクの魔物の討伐で体力が消耗され、前線に戻っても人を運べる体力は残されていない。
休憩組を出せば、次の魔物の波に耐える備えが無くなる。どうすれば――――と司令官に迷いが生まれた瞬間、澄みきった声が通る。
「私が行きます。魔導通信にて位置を教えて下さい」
「聖女様お待ちを――――」
司令官の制止の声を背に、唯一の白い軍服を着た女性が単独で戦地へと走り出した。
聖女と呼ばれたのは国一番の回復術士であるステラ・ヘイズ。緩くみつ編みで束ねられた亜麻色の髪は風を受けてなびき、若草色の瞳は強い意志を宿していた。まもなく二十歳を迎えようとしている。
彼女は足に身体強化の魔法を纏わせ、魔物の攻撃を軽やかに避けて負傷した騎士の元へ駆ける。
「聖女様っ」
「お待たせしました。回復」
ステラが負傷者のお腹に手を当て呪文を唱えれば、そこから優しい光が生まれた。数秒後、光は収まり傷は消えていた。
「助かった。これで動ける」
「みなさん、もうひと踏ん張りです。これを凌げば魔物の発生は落ち着くでしょう。では」
立ち去るついでに騎士たちの剣についた魔物の血を水魔法で洗い流していく。剣は輝きを取り戻し、切れ味もいくらか回復させた。
魔物を恐れず、ステラは繰り返す。
濃紺の騎士服、黒い魔物、赤い大地の中で唯一の白いステラは、人間にとって希望の光のようだった。
魔物の発生の波が一旦落ち着いたタイミングで、ステラは前線から撤退した。向かったのは前線より後方にある第一キャンプ地だ。
その中で本部となっている一番大きいテントに入った。
「大丈夫だったか。良かった」
「ライル様」
魔物討伐隊の総司令官で、この国の第二王子ライルの落ち着いた声がステラの疲れを癒やす。
燃えるような赤髪に、対照的な冷たいアイスブルーの瞳、整いすぎた容姿は未だに見ているだけでステラの鼓動を早める。
「心配していた。よく頑張ってくれた」
ステラの頭にポンとライルの手が乗る。彼の表情からは何の感情も汲み取れないが、構わない。心配し、頑張りを労ってくれているのは事実で、何よりステラは彼が好きだった。
「ありがとうございます」
「過去の事例の通りであれば、あと数か月もしないうちにダンジョン踏破が叶うだろう」
ダンジョン踏破には大きく分けて三種類ある。
ひとつめは、魔物を倒しながら大穴からダンジョンに侵入し、内部にある瘴気を発する核を破壊すること。
ふたつめは、ダンジョンと核を一緒に丸ごと砕き破壊すること。これには複数人で編みだす大魔法が必要だ。
みっつめは、核から瘴気が抜け、魔物の発生がなくなるのを待つこと。瘴気がなくなったダンジョンはただの空洞化した山や地下層になるだけ。
リンデール王国にできたダンジョンは巨大であり、大穴に入っても核の場所を探すのも困難。大きすぎるがために、ダンジョンごと破壊するのも難しい。
そのため今回の作戦はみっつめの手段を選んでいた。
「もう少し耐えてくれ」
「あと数か月ですね。そうすれば……やっと」
ライルの婚約者として国が認めてくれる――――ステラは心の中で願っている将来を想像した。二人はダンジョン踏破が叶ったら婚約しようと約束している仲だ。
ステラはヘイズ男爵に養女として引き取られた元孤児。男爵の庇護下であっても最下層と変わらぬ身分のステラが、最上層の王子ライルと結ばれるには聖女として功績を残す必要があった。
だからまだこの婚約は国と口約束の状態だ。
「さっきも休憩中に前線に行ったのだ。とにかく今は休め。聖女に何かあっては大事だからな」
「はい。ライル様」
本当なら抱きしめて欲しいし、肩書ではなく名前を呼んで欲しい。
しかし総司令官として重責を背負うライルに我がままは言えない。ここが崩れれば国民に甚大な被害が出る。
それにこの遠征が終わればいくらだって機会はある。堂々とライルに甘えられる――――このような夢がステラの支えになっていた。
十四歳のときにダンジョンに連れてこられ、もう五年の月日が経とうとしていた。
ステラはライルに微笑みだけ向けて、自分のテントへと戻った。
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