第四話 頑固オヤジ
バン爺さんの営む鍛冶屋。頑固者でよそ者嫌いな偏屈ジジイの営む店で、それ故によそ者である俺は、できる限り近寄りたくない店。
だがしかし、得物が壊れてしまった以上、遅かれ早かれ行かなくてはならない。何故なら、この村に鍛冶屋は一つ、バン爺さんの店しかないのだから。
「……なんか、寒気してきた」
「気のせい気のせい。ほら、入るわよ」
ミレイに手を引かれ、鍛冶屋の戸を叩く。中に入ると、いつも不機嫌そうなバン爺さんが奥に立っていた。
まず先に入ったミレイを見た段階ではなんともなかったのに、その後ろに俺がいると分かるや否や、ただでさえしかめっ面だというのに、さらに顔をしかめてしまう。
……入るだけでこれだから、できれば来たくないんだ。
「バンおじさん、おはよ」
「おう」
「こいつの武器、探しにきたの」
「どうも……」
挨拶をすると、返事もなく顔を逸らされた。そんなに露骨に嫌われると、ちょっと凹むな。
とはいえ、得物がなければ狩りもできない。どんなに嫌われていようと、この偏屈ジジイに頼るしかないのだ。
まあ……店内に並んである得物を選ぶだけなら、会話は最低限で済む。今日はミレイも付いてきてくれていることだし、さっさと済ませるとしよう。
前回……というより、俺がここに来てからずっと使っていたのは、親父さんがこの店で選んでくれた、そこそこ値の張る手斧。親父さんは本職の猟師なだけあって、得物の目利きも上手い。残念ながら、俺はまだその領域には達していないから、どれが良い斧でどれがそうでないのかまでは分からない。
「……前と同じのでいいかな」
「ごめん、そこまでは私も分からないの。前のは……これ?」
ミレイが指差したのは、壁の中段。その中央辺りに掛けてあった手斧だ。
シンプルな木の柄に、片刃の手斧。見慣れた形だ。
試しに手に取ってみると、やはり少しは違うが、すぐに手に馴染んできた。ここで変に形や大きさを変えてしまうと、その新しい得物に慣れるための時間が必要になる。この手斧で特に困ったこともなかったから、今回もこれでいいだろう。
「確かね。形とか大きさを変えちゃうと使いづらいだろうし……それにするよ」
「そうね。それでいいと思う」
ミレイの賛成も得て、あとは買うだけ、なのだが……俺からしてみれば、その『買う』という行為が一番難易度が高い。バン爺さんのこの店では。
選ぶのは、こうして選べばいいが、買うとなると必ずバン爺さんに話しかけなければならない。言葉を間違えば怒鳴られるし、恐怖でしかない。
手斧を持ち、恐る恐るバン爺さんの待つカウンターへ近付いていくと……『遅い』、と喝を入れるかのように、バン爺さんがぎろりと睨んできた。
「こ、これくださいっ……!」
駆け足で向かい、カウンターに手斧を置く。バン爺さんは不機嫌そうに手斧を眺めると、すぐに戻し、奥の部屋に消えた。
「……あれ、まさか売ってくれない?」
「そんなわけないでしょ。バンおじさん、怖いけど根は良い人だよ?」
根は……良い人?
ミレイからとても信じがたい言葉が発されたが、俺にはその優しさの片鱗も見せてくれたことがない。やはり、よそ者嫌いというのが相当大きく出ているのだろう。
少し待っていると、奥からバン爺さんが帰ってきた。その手には、黒い鞘に入った長物。まさかとは思うが……『あれ』、だろうか?
バン爺さんはその長物を、手斧の隣に置いた。そしてまた、ぎろりと俺を睨んでくる。
「……あ、あのぉ……」
「……クレイに言われて用意した。抜いてみろ」
「へ?」
「抜け」
その有無を言わさぬ態度に、『はいっ!』と素早い敬礼で対応すると、言われた通りにその長物を抜いた。因みに、クレイというのは親父さんのことである。
ここまで姿が露わになっているので、間違えることもないと思ったが……それは、やはり『剣』であった。装飾も何もない、銀色に輝く無骨な剣。いつも使っている手斧よりも重く、今はまだ、振り回せそうになかった。
「これって……」
バン爺さんの方を見た。バン爺さんは、顔を逸らしていた。
「今回のようなことがまだ起きないとも限らん。その手斧よりは、戦いに向いているだろう。グリズリーを殺った礼だ」
「ば、バン爺さん……」
よく見れば、耳の部分が少し赤かった。照れているのだろう。こんなバン爺さんは初めて見た。
隣では、ミレイもくすくすと笑っていた。どうやら、ミレイの言う通り、根は優しい人だったみたいだ。
「ただし、斧の分はきっちりといただく。壊したのはお前だ」
「はいっ。それはもちろん!」
斧の分の代金を置いて、斧と剣を受け取り、俺たちはバン爺さんの鍛冶屋を後にした。バン爺さんは最後まで顔を逸らしたままだったが、ずっと感じていたあの恐怖感は和らいでいた。
後になって聞いた話だが、バン爺さんのよそ者嫌いは、単にバン爺さんが『人見知り』だから起きている現象らしく、よそ者に悪いイメージを抱いているだとか、そういうことではないらしい。
要は、よそ者の俺と、どう接したらいいのか分からなかったのだろう。怒鳴り癖があるのも、照れ隠しらしい。ただそれでも、頑固者だということは変わらないようだが。
その日以降、俺はバン爺さんの鍛冶屋に入るのに、躊躇いがなくなった。一人で元気よく入店すると、バン爺さんが満更でもない顔をするのが、少し嬉しかったのだ。
鍛冶屋で思わぬ収穫を得た俺たちは、再び訓練場に戻ってきた。手斧の調整もそうだが、何より、今のままではこの剣をまともに振るうこともできない。
剣の重さに慣れていないことが一つ。そして何より致命的なのは……。
「……ステータスがっ、足りてないっ!」
「あちゃぁ……」
三上奏真
レベル4
職業:異世界人、不死の王、猟師
筋力:52
魔力:41
素早さ:55
精神力:460
幸運:30
スキル: 邨カ蟇セ蝗槫クー
俺の現状のステータスはこんな感じ。精神力は異常値だが、それ以外の数値はとても猟師とは思ないような数値だ。親父さん曰く、トレーニングをしたことがない中年オヤジくらいのステータスらしい。あるいは、俺よりも若い男の子くらいの数値か。
現に、今近くを元気に走り回っている十代前半の男の子たちのステータスは、俺よりも少し低い程度だ。それくらい、俺のステータスは壊滅的だということ。
ステータスにおける筋力という項目。これはそのまま力の強さを表しているが、要はこれが低すぎるから、剣を振り回せない。短剣や手斧程度ならどうにかなるが、ロングソードとなれば話は別だ。
「どうしようか?」
「どうしようかって私に聞かれても……レベルを上げるくらいしかないんじゃない?」
「それが簡単にできたら苦労しないんだけどなぁ」
村に来て一ヶ月。毎日狩りに出て、グリズリーも二頭駆除している。それで上がったのが、たったの3。
原因は分かっている。野生の獣というやつは、いくら狩ったところで経験値効率がよろしくない。レベルだけを上げたいなら、『魔物』と呼ばれるモンスターや、『魔獣』と呼ばれる獣たちを積極的に狩らなくてはならない。
詳しいことは知らないが……どうやら、そういった獲物を倒せば、レベルというのは上がりやすい……らしい。
だが、この村周辺で魔物や魔獣といった獲物たちは、まず見かけない。故に、急激なレベルアップによるステータスの向上は望めないのである。
そうなってくると、この剣も宝の持ち腐れになってしまうのだが……親父さんとバン爺さんがわざわざ用意してくれたのだ。無駄にはしたくない。グリズリークラスの獲物と戦うときに、手斧で戦うよりかは強力なことも確かだ。
「仕方ない……地道に筋トレでもしていくしかないか」
「ま、そういうことね。頑張って、ソーマ」
こくり、と頷いた。確かにステータスは重要だが、筋肉程度ならレベルを上げる以外に、普通の筋トレでも効果がある。それでダメなら、その時にまた考えよう。
今はとりあえず……満足に振れるようになるまで、頑張ろう。