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第一話 居候の男

——一ヶ月後。



 親父さんの愛娘である齢十六のミレイが狩りに同行するのは、これが初めであった。不慣れな弓を持ち、一目見て分かるほどのミレイの緊張を解こうと、あれやこれやと手を尽くしたが、効果はなかった。


 その実の父親である親父さんは、ミレイの後ろで手を組み、のんびりと構えていた。気を抜きすぎなようにも思えるが、そもそも、この森には凶暴な獣などいない。そのくらい気を抜いていても、なんら問題はないのだ。


 故に、数値上は親父さんよりも弱い俺が先頭にいたとしても、おかしくはない。元々、今日の狩りは俺とミレイとの二人で行う予定だったもの。それを、どうしても心配だと言って、親父さんが無理やりついてきたのだ。この森は安全だと言い切ったのは親父さんだというのに、俺に任せるのは怖いと言う。


……いや、心配なのは俺がミレイを守り抜けるかどうか、ではない。ミレイが俺を怖がらないかどうか、だ。



「どうだ、ミレイ。獣の気配は感じるか」

「獣の気配って何……そんなの分かるわけなくない……?」


 愚痴るように、ミレイがそう返した。


 親父さんはいつも、俺を狩りに連れ出す時も、『獣の気配』だと言って、俺が見つけるよりも先に獣を狩ってしまう。ミレイにもそれを伝えようとしているのだろうが、上手く伝わっていない。


 というか……、


「親父さん。残念ながら、親父さんがいつも言ってる『獣の気配!』……は、俺にも分からないよ」

「なにぃ!? ソーマ、お前それでもオレの弟子かっ!?」

「弟子ではないけど……まあ、弟子ってことにしとこうか」


 俺は一度も、親父さんに弟子入りした覚えはないのだが……まあ、戦い方も狩りの仕方も親父さんに教えてもらったから、師弟関係にあると言われればそうなのかもしれない。親父さんはこじれると面倒臭いので、もう弟子ということでいい。


 その不甲斐ない弟子にも分かるように、親父さんはいつもの如く、獣の気配とやらの解説を始めた。賢い人間のように指を立てて見せるが、その内容はスカスカなものだった。


「いいか? 獣の気配ってのは、要するに獣の気配だ。獣がどこかにいる、ってことを感じるんだよ」


 ミレイは、思わずため息。


「何言ってんの、お父さん……」

「ミレイ、俺も理解できてないから大丈夫だよ」

「お前らなぁ……」


 仕方ない。これで理解しろ、と言うほうが無茶なのだ。言っていることの意味は分かるが、俺たちが聞きたいのはそういうことではない。いや、そういうことなのだが、もっと具体的な内容が欲しいのだ。



 だらだらと親父さんのよく分からない説明を受けながら、森の中を歩き回る。この辺りには元々、(ラビート)や小さな野鳥など、コツさえ掴めば誰でも狩れるような獣しか生息していない。ミレイの狩りデビューにはうってつけの場所ということだ。



……しかし、不思議だ。



 ミレイは狩りのような血生臭い仕事は嫌いで、一ヶ月前までは弓もナイフも握ったことがなかったらしい。


 なのに、ここ最近になって、急に狩りに興味を持ち始めたというのだ。親父さんを見習い始めたのか、はたまた、『居候』である俺が真面目に働いているか監視したいのか。


 どちらにせよ、ミレイはまだただの素人だ。ステータスが飛び抜けて高いわけでもなければ、天性の才能があるわけでもない。魔法を使うことはできるが、親父さん譲りなのか、あまり得意ではないようだ。


 本当に、何故今になって、いきなり狩りをしてみたいだなんて言い出したのか……もっとも、一番驚いていたのは親父さんだったが。ミレイがそれを言った日なんて、驚いて椅子から転げ落ち、足を捻挫してしまったくらいだ。おかげで、その翌日は俺の仕事が倍に増えた。許せない。



「まったく……ミレイはともかく、ソーマ。お前、まだ分かってないのか」

「俺、多分元は農夫とかだったんだろうねぇ」

「こいつ……」


 こんなやり取りにも慣れたものだ。良い人だと思う、本当に。



 そんな風にのんびりと森を散策していた時だ。俺たちの前方に、この辺りではまず見かけないであろう『あるもの』を見つけ、俺と親父さんは顔をしかめた。


「……こいつぁ、妙だな」

「うん、妙だね」

「妙?」


 状況を理解できていなかったミレイが、ひょこりと顔を出す。


 俺たちの目の前には、『大きな足跡』があった。人のそれよりも大きく、そして、形も違う。それは明らかに『獣の足跡』だった。


 同じライン上に二種類の足跡があり、大きさや形がほんの少し異なる。だが、系統的には同じものだ。恐らく、四足歩行か……二足で歩くことはできるが、移動時は四足歩行になる動物。


 この足の形状、そして大きさ。(ウォルフ)(ボアー)ではない。似たような形状の動物といえば……。



(グリズリー)か」

(グリズリー)かな?」



 親父さんと声が重なった。考えていることは同じだったようだ。



「お前もそう思うか」

「うん。この形、そうっぽいよね。それに、相当大きなやつだ」


 足跡の大きさからして、通常サイズのグリズリーではないだろう。異常発達した個体に近いものと予測される。


「どっかから流れてきやがったな。近くにはいねぇみてぇだが」

「ちょちょちょ……!」


 『ちょー!』と、手刀をしながら会話に割り込んでくるミレイ。少し静かだと思ったら、今度は急に騒がしくなった。


「どうした、ミレイ」

「『どうした、ミレイ』……じゃなくって! グリズリーってやばいやつじゃん……! 大人の人、何人も殺されてるよね……!?」

「そうだなぁ。サイズにもよるが、普通は猟師が何人かでやる獲物だ。狩るのが目的というよりは、駆除だな」


 巨大グリズリー駆除。それは特に珍しいものでもないらしく、現にこの一ヶ月で俺が経験するのは二度目。ミレイもその危険さについてはよく知っていた。


 だから慌てていたのだろう。確かに、本来の、そして普通の巨大グリズリー駆除ならば、大人の猟師が数人から数十人で行うものであり、少なくとも猟師二人と女の子一人で行うものではない。


 何せ、プロの猟師でさえ、気を抜けばグリズリーに喰い殺されてしまうのだ。何度も言うが、本来であればそれほどまでに危険な獣なのである。


 更に言えば、グリズリーの肉は硬くて筋張っており、それでいて臭いので、お世辞にも『美味しい』とは言えない。毛皮はそれなりに高く売れるが、リスクとリターンが見合っていないため、『狩り』としてグリズリーを狙う猟師はまずいない。あくまで、身を守るための『駆除』が目的だ。


「肉は不味いし、狩ったところで吊り合わないんだよ。でも、駆除しておかないと、いずれ人里に降りてくる可能性がある」

「いやいやいや、そういうことを聞いてるんじゃなくてっ!」


 ミレイはそんなことは分かっている、と俺の言葉を一蹴し、自分と、そして俺を交互に指差した。


「私、戦えない。ソーマ、ステータス低い」


 そして今度は親父さんを指差し、まいった、のようなポーズで崩れた顔をした。


「なんだ、変顔か?」

「違うっ!!!」


 違ったようだ。俺も、そう思ったのだが。どうやら、俺とミレイは足手まといになり、戦えるのが親父さんだけでは、とてもグリズリーには敵わない、ということを伝えたかったようだ。それならそれで、口で言えばいいものを。



「ね、ねえ、帰ろうよ……もし襲われたら、みんな死んじゃうって……」


 徐々に泣き崩れながら、ミレイが膝をつく。無理もない。彼女にとっては今日が初めての狩りであり、その狩りでこれほど危険な獣と出くわすだなんてことは想像もしていなかったのだろう。


 俺たちでさえ、想像していなかった。確かに、今月はこれで二度目。親父さん曰く、たまにこういったことが起こることもあるらしいが、それが今日と重なるとは。


 あまりにも……不運だ、としか言いようがない。


「そうだなぁ……このメンツじゃあ、どっちかが一人で残って戦うしかないだろ」

「そうなるかな」


 もしこの場にグリズリーが現れた場合、戦うのは一人だ。もう一人は、ミレイを連れて村に戻る。そうしないと、戦えないミレイが標的にされる可能性があるからだ。


 俺か、あるいは親父さんが残って時間を稼ぐ。もしくは、一人で倒してしまうか。グリズリーの強さにもよるが、これだけ大きな足跡を残しておいて、ただの雑魚、というのは奇跡でも起きない限り無理な話だ。



 そんな風に考えていると、森の奥から、巨大な雄叫びが聞こえてくる。野鳥たちが一斉に空に向かって羽ばたき、小動物たちは物陰に隠れてしまった。もうここまでくると、今日は狩りどころの話ではない。



「……近いな」



 ぼそりと、親父さんが呟いた。


「みたいだ。親父さん、どうする?」

「どうするったって……どうするよ」

「逃げるしかなくないっ!?」


 ミレイが必死に叫んでいた。残念ながら、三人揃って逃げるという選択肢はない。


「さっきも言ったけど、今逃げたところで、またあとで駆除しにこないとダメなんだ。それまでに被害が出ないとは限らない」


 グリズリーが必ずしも人里に降りてくる、とは限らない。奴らは肉も食うが、雑食だ。気の迷いか、森に食べ物がなくなるかでもしない限り、好んで降りてくることはない。


 だが、こちらからテリトリーに踏み込んだ場合は別。村には親父さん以外にも大勢の猟師がいる。その猟師たちがグリズリーのテリトリーに踏み込み、喰い殺される可能性だって大いにある。一度人の肉の味を覚えたグリズリーは、好んで人里に降りてくるようになるだろう。


 ならば、やはり被害が出る前に駆除するのが吉。早いうちに手を打っておかないといけない。


 幸い、村でグリズリーを見たという報告は受けていない。つまり、俺たちが発見者だ。今なら、被害を最小限に食い止められる。



 そう言うと、ミレイに肩を掴まれた。首がもげそうな勢いで揺すられる。



「で、でもそれって、今駆除できるならって話でしょ!? 無理だって、私とソーマは足手まといじゃん!」

「だってよ、ソーマ」

「あはは……」



 正論に織り交ぜて俺をディスるのはやめてもらいたいが、ミレイの視点から言うとそうなるのかもしれない。


 何度も言うが、彼女は今日が初めての狩り。俺とこうして森に出るのも初めてだ。


 そして彼女が言う俺の強さは、あくまでも『ステータスの数値』での話。俺の数値は、親父さんよりも数段低い。おまけに、レベルが全然上がらない、上がっても数値の上昇幅がしょぼいときた。まさしくただの『雑魚』。




 だから、彼女は知らない。俺のことを、何も(・・)




 ため息を吐き、ミレイの手を肩から外す。


「じゃあ……親父さん、任せてもいいってことだよね?」

「それは構わんが……またお前に任すってのもなぁ」

「え、じゃあ、親父さんやる?」

「冗談。勘弁してくれよ、喰われて終わりだ」



 冗談混じりに言ったつもりだったのだが、存外真面目に受け取られてしまった。



 まあ、いいだろう。村には居候している身だ。面倒事……特に、腕っ節が必要な面倒事は積極的に引き受けていかないと、皆への恩返しにもなりやしない。逆に、この程度で居候させてもらえるなら、安いものだ。


「えっ、えっっ!?!?」


 ミレイの驚きと困惑をよそに、俺は雄叫びがしたほうへと歩き出した。親父さんたちを置いて、一人で。






「ちょちょ、ソーマっ!? お、お父さん、ソーマどこ行く気っ!?」

「そりゃお前、グリズリー駆除だろ」


 ごく当たり前に、むしろミレイがおかしなことを言っているかのように、父は言い放った。


「無理でしょっ!? ソーマのステータス知ってるでしょ! お父さんよりも低いんだよっ!?」

「おう、知ってるぞ。あいつ、本当に数値上は俺より弱いんだよ、何故か」


 よく知っている。いつも一緒に狩りをするのだ。それくらい、当然知っている。


 そして同時に、知っていた。ソーマという男は、確かにステータス上はこの男よりも劣っていたが、彼の有する『謎のスキル』によって、その結果が逆転していることを。



「ミレイ、よく覚えとけよ。ソーマはな、確かにステータスが低い。ただ、それだけだ(・・・・・・・・)



 父の言う言葉の意味がよく分からず、ミレイはただ呆然として、ソーマの向かった先を見つめていた。そしてその少しあと、追いかけようとしたところを父に抱えられ、泣く泣く村へ帰ることになる。

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