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狩籠師  作者: 篠崎砂美
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翕然主 玖

「ようこそ、狩籠師の屋敷へ」

 少し大仰(おおぎょう)に、凜華は言ってみせた。

 声をかけられた男の子が、その凜華の姿を見て思わず立ち止まる。そのまま、少しうつむいて顔を赤らめた。

 中にいた凜華は、白い長襦袢一枚の姿だったからだ。そのうえ、胡座(あぐら)を崩して、立て膝のまま裾から片脚の太腿をのぞかせている。左手に持った幽明の太刀は、軽く肩に引っかけた形だ。これで右手に(しゅ)(さかずき)でもあればもっと(さま)になっていただろう。

「男みたいだ」

 ぽつりと男の子が言った。

 今さらに言われても、凜華としては、苦笑するしかない。

 余計なことは言いだすなよとばかりに、凜華は先んじて軽くペちっと幽明の太刀をはたいておいた。

「一人のときぐらいくつろいでもよかろう。それよりも、なんの用かな。ええと……」

「俺は、(にび)っていう」

 凜華の聞きたいことを察して、素早く男の子が名乗った。頭の回転は早いらしい。

「お前、蘇芳様を知ってないか。同じ狩籠師のお方だ」

「ああ、いつぞやもそう訊ねていたな」

 凜華は右手も幽明の太刀にもたせかけると、ちょっと考え込んでみせた。

「もし、蘇芳(すおう)様のことを知っているんなら、俺に教えてくれ」

 鈍が懇願(こんがん)した。先に聞き損ねたため、意を決してここまで聞きに来たらしい。

「教えたら、私の知りたいことを教えてくれるのかな」

「ああ、いいよ」

 鈍が、しっかりとうなずいた。当然、凜華の知りたいことなど察しがついているのだろう。

「よかろう。狩籠師として言質(げんち)はとった」

 凜華は、ほくそ笑みながら鈍を見据えた。

「私も、さすがに古い記憶を(よみがえ)らせるのは手間だったのでな。先ほどまで、すっかり忘れていたというのが正直なところだ」

 凜華は、そう前おいて話し始めた。

「その狩籠師の名は、昔聞いたことはある。まだ私が狩籠師となる前の修行時代の話だ。青黛上人(せいたいしょうにん)のお側近(そばちか)くにいる弟子の一人と聞いていたが、それ以上のことは知らぬ」

「それじゃ、今どこにいるかは」

「知らぬな」

 凜華は素っ気なかった。

「それじゃ、聞いた意味がないじゃないか」

 非難を込めて鈍が叫んだ。

「私は知っていることを述べたまでだ。お前の聞きたかったことを、お前の望みどおりに述べたわけではない。それでは嘘になってしまうではないか。それとも、お前は嘘を聞きたかったのか?」

 正論であるがゆえに、凜華の言葉は鈍には冷たかった。

「約束は果たした。今度はお前の番だ」

「こんなの、答えになっていない」

「約束は約束。私は蘇芳について知っていることを話した。何も(たが)えてはいない。なのに、お前は約束を違えようというのか。仮にも狩籠師と関わったことがあるのならば、言質の重さぐらい知っていような」

 駄々をこねかけた鈍に、凜華は幽明の太刀を立てると、音をたてて軽く床を叩いた。

 目の前で凄まれて、鈍が言葉を詰まらせる。逃げださないのは、動けないのか、凜華の言葉を理解しているからなのか、どちらなのであろうか。

「だいたい、お前はその狩籠師のことを調べてどうしようというのだ」

「翕然主を(しず)めてもらうんだ」

 鈍が、きっぱりと答えた。

「あれは、蘇芳様がお造りになった鎮守(ちんじゅ)の神様だったんだ。それがあんな化け物になってしまった。だから、蘇芳様に戻ってもらって、なんとかしてもらうんだ」

 それで自分をつけ回していたのかと、凜華は納得した。けれども、狩籠師であれば他の狩籠師の動向をすべて知っているだろうとは、やはり子供の考えだ。

「やれやれ、なぜ、お前がそんなことをしなければならない。こんな山など、さっさと捨ててしまえばいいではないか」

「そんなことできるか。俺の父親はこの山で禰宜(ねぎ)をしていたんだ。だから、俺もこの山の神様を守らなきゃならないんだ。翕然主がみんなを苦しめるなら、俺がなんとかしなくちゃいけない。それに、蘇芳様を連れてきたのは俺の父親だ。だから、もう一度俺が蘇芳様を見つけだして、きっと翕然主を鎮めてもらってお山を守るんだ。俺には、そのぐらいしかできないから……」

 神主は、この山が戦場となったときに亡くなっていたらしい。それで、当時の神官としては次席であった禰宜が狩籠師を連れてきたのだろう。

「そんな必要はないな。蘇芳とやらは見つからないだろう。いや、見つける必要もない」

「なんでだよ」

「狩籠師ならば、もうここにいるからだ。私が翕然主を滅する」

 すっくと立ちあがって、凜華は言った。その姿が、鈍にとってはとても大きく見える。

「お前の父親が翕然主を生みだした狩籠師に関わったというのであれば、あ奴の本体がどこに棲むかも知っていよう。それを教えてもらえればすべてがすむ。さあ、お前の父親はどこにいるのだ」

「もういない。蘇芳様にお仕えしているときに、妖魅に喰われた」

「そうか……」

 凜華はすっと前に出ると、片手で鈍の(こうべ)をその胸にいだいた。突然の予期せぬ出来事に、鈍がどぎまぎして身を(こわ)ばらせる。

「教えてくれ。私との約束だ。そうすれば、私は、翕然主からこの山を解放しよう。狩籠師、凜華の名において約束する。その上で、お前は身の振り方を自分で決めろ。いいな」

 鈍にむかって、凜華はささやきかけた。

「村長は迷ってるんだ、あなたの強さを見ても。みんな、狩籠師を信じちゃいない。でも、蘇芳様は、父が信じたお方だ」

「お前は、私を信じられぬのか?」

 凜華は問いかけた。

「明日の朝だ」

 そう叫んで凜華の手をふりほどくと、鈍が小屋から駆けだしていった。

『やれやれ』

「甘やかしすぎかな。それとも私はずるいか?」

『俺は何も言っていないぞ』

 凜華のつぶやきに、幽明の太刀が先回りして否定した。

「人を束ねるには、相手から言いださせることが必要だからな。おっと、これは誰かさんの受け売りか」

『やれやれ。すんなりと、事が運べばいいがな。いずれにしろ、一つ処にこだわりすぎるのはよくないことだ』

 幽明の太刀が懸念を示したが、とりあえずそれは杞憂(きゆう)に終わった。翌日の早朝、鈍が戻ってきたからだ。

 すでに身支度を整えていた凜華は、毅然(きぜん)とした態度でそれを迎えた。鈍がくることを信じて待っていたという意思表示だ。


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